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.国際  投稿日:2020/11/13

米大統領選、実は当然の結果(中)コロナに敗れたポピュリズム その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・大統領選挙の直前から、全米で銃の売り上げが急増したとの報道。

・内部告発はいちじるしく具体性に欠けるものが散見された。

・「代表権制度」下では「トランプ大統領の大逆転」は不可能ではない。

米国大統領選挙が始まる前、こんなことを言う人たちがいた。

「今次の選挙は、どちらが勝っても内戦の引き金になる」

どういうことかと言うと、トランピスト(熱狂的なトランプ支持派)の中には、ミリシアとかプラウドボーイズなどと呼ばれる、極右の武装民兵が含まれており、トランプ候補が負けたら彼らが黙っていない、ということであったらしい。

実際問題として、彼らが武装して投票所周辺にたむろし、有色人種やコアな民主党支持者を威嚇するという挙に出るのではないか、と心配されており、このことも(最大の理由はもちろん新型コロナ禍だが)7000万以上もの投票が郵送で行われた理由のひとつであると言われる。

そして結果は、バイデン候補が勝利した。報道されている通り、直接投票の開票ではトランプ候補がリードしていたのに、郵便投票が開票された途端に、逆転してしまった州が複数あったわけだが、前述の経緯を見たならば、トランピストに含まれる極右にとっては「自業自得」だった。少なくとも、私の目にはそう映る。

一方、それならばなぜ「トランプ候補が勝っても内戦」などと言われていたのか。

『週刊文春』に、面白い記事が出ていた。中国出身の女性政治活動家エレン・リーチェウさんが、在米の日本人映画評論家(同誌にコラムも連載している)に語ったことだが、概略紹介すると、トランプ候補の再選に反対する環境保護団体や黒人団体は「グローバリズムの資本家に操られており、武器も供給されている」ので危険極まりないのだとか。

「銃を買いなさい!、私はもう買いました」

とも明言している。それからトイレットペーパーも、というのはオチだろうか笑。

この件については、雑誌記事を読んでいただくとよいので、これ以上は掘り下げないが、グローバリズムの資本家という単語だけは、次回トランプ政権を総括する際、きわめて重要なキーワードとなるので、今のうちに頭に入れておいていただきたい。

ただ、もうひとつ、一部トランピストのこうした言動が、あながち笑いごとでないのは、実際に大統領選挙の直前から、全米で銃の売り上げが急増したとの報道があったからだ。まったくもって理解に苦しむ「お国柄」だ。

▲写真 トランプ大統領とサポーター 出典:Flickr; Evan Guest

それ以上に度し難いのは、日本にも、ネットの一部にカルトじみたトランピストがいて、

「トランプ大統領が必ず逆転勝ちする」

などと言い張っていることである。

日本時間10日には、トランプ大統領自身が、選挙結果は「不正な投票を無視するメディアによる捏造である」などという演説をTVで行ったところ、複数のキャスターが、

「大統領は、事実に合致しないことを延々とまくし立てている」

として中継を打ち切ってしまった。すると、日本のネットが沸騰し、やっぱり偏向報道じゃないか、というコメントが殺到したのである。

私などは、日本のキャスターたちにも、こうした権力におもねらない気概が欲しいものだ、と感じ入りながら見ていたものだが、まあ、ものの見方・考え方は人それぞれだろう。

翌11日(同じく日本時間)には、ある郵便局員が、

「4日に集配した数千通の投票用紙の消印を3日以前に改竄するよう、局長に強要された」

と実名で告発し、ネットではそれなりに有名な反共サイトがこれを取り上げた。すると、賞賛の声と同時に、マスメディアはどうしてこれを報じないのだ、となったわけだが……

その内部告発が、いちじるしく具体性に欠けるのである。消印を改竄させられたと言うが、どのような手段で、どれくらい時間をかけて行ったか、なにも語られていない。

そもそも、郵便投票は葉書ではなく封書である。消印を改竄した封書の中身が全部バイデン票であったとする根拠は、なにかあったのか。

さらなる「そもそも論」を言うなら、大統領選挙に携わるスタッフは、どちらの党においても、経験豊富な選挙のプロが揃っている。もしも民主党が、組織的な不正投票をしたとして、こんな、すぐバレるような幼稚な手段を用いるものか、どうか。3日以前に投函すれば、なにも問題は起きなかったのではないか。

▲写真 大統領選 郵便投票(イメージ) 出典:Pixabay; conolan

このように奇妙な「告発」を実名で行ったのは、たしかに勇気が要ることだったろうが、だから真実に違いない、という話にはなるまい。マスメディアがまともに取り合わないのは、それこそフェイクニュースになりかねない、と見なしたからに過ぎないのだ。同種の告発や宣誓供述書は他にも数多く出されており、トランプ陣営はそれを根拠に訴訟を乱発しているわけだが、48時間を経ずして退けられた案件まである、ということをご存じか。

こうした次第で、米国内では、今や共和党支持者の間にさえ「内戦」どころか、

「もう諦めた方がよい」「さすがに見苦しい」

といった声が、日を追って広まりつつある、とも報じられた。まあ、なにを語っても、それは偏向報道だということになりそうだが。

問題は、それでは「トランプ大統領の大逆転」は本当に不可能なのか、ということだが、実は制度上あり得ないことではないのだ。

最高裁でバイデン候補の当選取り消しを勝ち取れる可能性は皆無に近いが、このような時間稼ぎの結果、来年1月15日までに新大統領が正式に就任できなかった、としよう。

すると法の定めるところにより、下院議員による投票で、あらためて大統領を選出することになっているのだ。現在、米国下院では民主党が過半数を維持しているが、ここにもうひとつ仕掛けがある。なんとこのシステムにも、前回紹介した「選挙人制度」とよく似た「代表権制度」が設定されており、紙数の関係で詳細は省いて結論だけでお許し願うが、代表権を持つ下院議員の数という段になると、26対20で共和党が優勢になってしまう。特異な選挙制度を利用した「2匹目のドジョウ」が、トランプ陣営の本当の狙いなのか。また、日米のトランピストは、これでも「正義は勝つ!」と言い張るのか。

真面目な話、本当にここまでやったら、クーデターにも準ずる民主政治の否定である。

……前シリーズで、菅政権の隠蔽体質と驕りが垣間見えると述べたところ、ヤフコメでずいぶん非難された。多くが菅政権の評価よりも、記事の書き手である私への個人攻撃で、そのことに苦言を呈するコメントもあったが、今回もまた荒れるかも知れない。

当方、書いたものが批判的に受け取られるのも仕事のうちだが、かと言って、無内容な「荒らし」など、誰の利益にもならない。そこで、あらかじめ当方から質問させていただくとしよう。

◯メディア王マードック氏の支配下にあり、一貫してトランプ大統領を応援してきたFOXでさえ、すでに「トランプは敗北した」と報じた。これも偏向報道なのか?

◯本当に「トランプ大統領の大逆転・再選は確実」だとすれば、いち早くバイデン氏に祝電を送った菅首相らは、おっちょこちょいか、もしくは嘘つきだということにもなりかねないが、その理解でよいのか?

わざわざコメントして下さる読者に対して、このような表現は心苦しい限りなのだが、日本人トランピストや、彼らに容易に煽られてしまう量産型ネット民の諸兄におかれては、味噌汁で顔を洗ってから現実を見つめなおすことをお勧めする。

その1の続き)

トップ写真:トランプサポーター 出典:Flickr; Gage Skidmore




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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