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.国際  投稿日:2020/11/20

米大統領選挙、実は当然の結果(下)コロナに敗れたポピュリズム その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・コロナ禍がなければ、トランプ大統領の再選は間違いなかった。

・僅差州の再開票で票差はむしろ拡大。勝敗は動かしがたい。

・「選挙結果は盗まれた」と信じる人は早く現実に目覚めるべき。

(上)ですでに述べた通り、私は今次の米国大統領選挙に関しては「中立」だった。

トランプ大統領など再選されなければよいのに、という気持ちは正直なところ抱いていたが、と言って、バイデン候補にも魅力を感じなかったからである。

しかしながら、彼の当選が確実になるや、トランプ大統領びいきのネット民たちによって、あまりにもひどい言われ方をしているので、日を追って同情的な気持ちになった。

マドリードで闘牛を見て、ついつい「負けるな、牛!」という気分になったことがあるが、あの時とよく似ている。

バイデン候補の当選が確実となってから1週間以上が経つが、トランプ大統領は未だに敗北を認めることを拒否し続けている。一般に敗北宣言と呼ばれているが、早い話が、当選を決めた候補者に対し、祝福のメッセージを送るだけなのだ。相手は支持者を前に、

「今、XX候補から祝福の電話がありました」

と発表する。こちらが勝利宣言と呼ばれるものの実態だ。

スポーツで、試合が終われば、もはや敵味方ではないとして健闘を称えあう。心の内ではリベンジを誓っていようとも、結果の出た試合については、それを受け入れ、互いに礼を尽くす。政治の世界にもスポーツマンシップあり、という考え方なのである。

ところがトランプ大統領ときたら「選挙に不正があった」の一点張りで、訴訟を乱発して、政権移譲に協力する姿勢をまったく見せていない。日本時間の15日には、

「彼(バイデン候補)の勝利は、不正選挙の事実を報道しないメディアの中だけのこと」

などと、敗北を認めるニュアンスとも思える投稿を行ったが、半日を経ずして、敗北は決して認めない、と言い直した。単に口が滑っただけだったのか(ツイッターだから、指が、なのか笑?)。

しかし、彼が乱発した訴訟も、同じく日本時間15日までの段階で、早くも「棄却・取り下げラッシュ」となっており、一部の弁護士事務所が撤退するまでになった。

もはや「逆転勝利」の可能性は日を追ってゼロに近づいている。いや、この前日、すべての州で開票が終了し、あまりに僅差だった州では手作業での再集計も行われたが、その結果はと言えば、バイデン候補の当選が確実と報じられた7日の時点よりも票差が開いていた。もはや結果は動かしがたいのだ。

▲写真 ジョー・バイデン前副大統領 出典:flickr; Gage Skidmore

この報道が流れるや否や、これまでトランプ大統領に対する応援一色だった日本の右派サイトが、急にバイデン次期大統領への個人攻撃を繰り返すようになってきたのである。

バイデン氏に「認知症疑惑」ありとして、彼が「核のボタンを押す恐怖」などと発信した人までいる。ちなみに、結構有名なサイトだ。どうせネタだろうが、万が一、

「核のボタンと言うからには、大統領がボタンをぽちっと押したら、即座に核ミサイルが発射されるようになっているに違いない」

と信じているのであれば、ご自身がまず、医師の診断を受けることをお勧めする。

……他にもあるが、いちいち取り合っていてはきりがない。

米国の新政権と、日本はどう向き合って行けばよいのかは、新年特大号のテーマとさせていただこう。乞うご期待。

世界の憲政史上、もっとも往生際の悪い「権力者」のせいで、あらぬ話題で紙数を費やしてしまった。(上)(下)を読まれた方の中には、コロナに敗れたポピュリズムというタイトルに違和感を覚えたという方も、おられるかも知れない。

話の順序として、ひとまず2016年の選挙を振り返らなくてはならない。

すでに述べたことだが、この選挙に際して、世論調査ではヒラリー候補が優勢とされており、また実際の結果も、得票率・得票総数ともにトランプ候補を上回っていた。

▲写真 ヒラリー・クリントン氏(2016年3月21日 米・アリゾナ州) 出典:flickr; Gage Skidmore

にもかかわらずトランプ大統領が誕生したのは、選挙人制度という特異なシステムの賜物であったが、しかしながら、それが全てだと断ずることもできないだろう。

「アメリカファースト」という彼のスローガンは、日本でも有名になったが、そこには、グローバリズムの弊害から米国の労働者層を救済する、との意味が込められていた。

日本も含め、先進国では共通して見られる現象だが、製造業が、地代や人件費の安い途上国に生産拠点を移していった結果、自国の労働者は。より安い賃金で働く人たちとの競争にさらされ、実質賃金がどんどん目減りしていった。

この事実は、2016年の選挙において、激戦州と呼ばれる地域だけでなく、北東部のラストベルトでもトランプ候補が勝利を重ねる、という結果に結びついた。ラストとは錆のことで、製造業が衰退した結果、錆びついた工作機械だけが残り、失業率が上がり続けていた地域が、こう呼ばれた。かつて自動車産業の中心地であった、デトロイトなどが典型だとされる。労働者の街で、歴史的に民主党の地盤だが、ここを切り崩したのだ。

さらには移民労働者の問題。安い賃金で長時間働く移民のせいで、自分たちの仕事がなくなる、といった危機意識は、やはり先進国の多くに共通して観られる現象で、移民排斥を訴える政治家も各国にまま見受けられるが、

「メキシコからの移民が、麻薬や性犯罪を合衆国に持ち込み続けている」

などと決めつけ、

「メキシコとの国境に壁を築き、その費用はメキシコに負担させる」

とまで言って大統領選挙に立候補したというのは、あまり類例のないケースであった。

▲写真 メキシコとの国境に設置された「壁」を視察するトランプ大統領(2020年6月23日 米・アリゾナ州) 出典:flickr; The White House (public domain)

これには、ローマ法王までが、

「橋をかけずに壁を築く人は、キリスト教徒ではない」

と苦言を呈したが、とにもかくにも彼は当選を果たした。そして実際、トランプ政権となってから、失業率は大きく下がり、株価は上がり続けた。もしも新型コロナ禍に見舞われなければ、まず間違いなく再選を果たしたことであろう。

ところが、よく知られる通りの事態が起きた。

トランプ政権の初動対応は決して鈍くはなく、世界に先駆けて国民一人当たり1000ドルの給付金も配ったし(同時期の日本では、マスク2枚!)、ダメージが深刻だった航空業界や観光業界には公的資金も投入された。

しかしその一方では、前任のオバマ政権が進めていた、国民皆保険制度を目指す福祉政策(いわゆるオバマケア)を白紙撤回してしまったため、コロナ禍で失業した人は医者にもかかれなくなり、街には怨嗟の声があふれたのである。

なんと言っても、新型コロナ禍を乗り越えて経済と国民生活を再建するためには、国際社会と協調しつつ、国内的にも人種やイデオロギーの違い、あるいは貧富の差を乗り越えて、国民は一致団結しなければならない。

それなのに、大統領が先頭に立って国の内外で断絶と対立を煽っているようでは、あと4年も国のかじ取りを任せてなどおけないーーそのように考えた人たちが、史上最多の得票を記録してバイデン氏を当選させたのだ。

▲写真 人種差別抗議デモ(2020年6月6日 米・ニューヨーク市) 出典:flickr; Eden, Janine and Jim

もちろん、異なる考え方をする人も大勢いた。バイデン氏が史上最多の得票を記録したと述べたが、トランプ大統領の得票も、これまでで最高であった、オバマ大統領が誕生した時のそれを上回っていたのだ。

投票率も史上最高だったからこその記録で、この点に限って言えば、次の首相が密室で決められてしまう、ということが繰り返され、政治に対して「しらけムード」が蔓延している日本と比べて、うらやましく思える面も、たしかにある。

だが、それとこれとは別の話なのであって、事ここに至っても、

「極左の民主党と偏向メディアが選挙結果を盗んだ」(トランプ大統領自身の発言)

などと信じている人たちは、一日も、いや、一分一秒でも早く現実に目覚めてもらいたいと願うばかりである。

その1その2の続き)

トップ写真:トランプ米大統領 出典:flickr; Gage Skidmore




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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