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.国際  投稿日:2020/12/23

日本のトランプ人気について ネット規制の危機その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・日本人トランピストと情報鵜呑みの量産型ネット民だけが負け認めず。

・米メディアの偏向は法的・倫理的に問題なし古い記者は理解できず。

・共和党重鎮がバイデン氏に祝意。トランプ陣営の抵抗は「悪あがき」

江戸時代の武士は、斬り捨て御免と言って、武士身分ではない町人などを斬殺しても罰せられない特権を与えられていた、と思っている人が多い。

司馬遼太郎が『この国のかたち』(文藝春秋)の中で述べているが、幕末の動乱期を別とすれば、江戸幕藩体制の全期間に起きた殺人事件など、今の日本の1年分くらいではないか、と彼は考えていたようだ。当時の人が、バッタバッタと人が斬られる今の時代劇を見たら腰を抜かすのではないか、とも述べている。

武士は世襲の特権階級であったけれども、それだけに高い倫理性が求められており、また、そうであったからこそ250年以上にわたってこの国を平和裏に支配できた、というのが正しい歴史解釈であろうと私も考えている。

これはほんの一例で、外国のことであったり、日本の話でも時代が異なったりすると現実を理解することが難しくなり、どうしてもメディアを通じて作られたイメージに引きずられがちなものだ。しかも、一度ひとつの考えを信じ込んでしまうと、先入観という表現では収まらないほど、言動を強く支配されてしまいがちなものである。

日本におけるトランプ支持派がまさにその典型で、12月14日、全米各州で選挙人投票が行われ、バイデン氏の当選が確定したわけだが、ニュースサイトのコメント欄には、

「誤報です。正式な開票は1月6日」

などというコメントが見受けられた。ただし数はどんどん減ってきていて、代わりに、

「今度こそトランプ逆転勝利とか、何度目だ?」

といったように、支持派を揶揄するコメントが増えてきているが。

この選挙人投票に際しては、米国のトランプ支持派が抗議デモを呼びかけたものの、全米で特に大きな混乱もなく投票が行われた。また、現地からの報道によれば、ワシントンDCはすっかり平穏な日常に立ち戻っているという。

早い話が日本人トランピストと、その情報を鵜呑みにした量産型ネット民だけが、最後まで負けを認めようとしないのだ。まさしく彼らは、国中が焼け野原になってもなお、

「最後は神風が吹いて、この聖戦は必ず勝利する」

と信じ込んでいた、ある時代の日本人の直系なのだろう。

これは単なる判じ物ではなく、日本においてトランプ人気がここまで高いのは、彼の強烈なキャラクターと並んで、今次の騒動に見られる「最後まで諦めない姿勢」が、少なからぬ数の日本人の琴線に触れたのかも知れない。古くは昭和のスポーツ根性漫画から、最近の『鬼滅の刃』に至るまで、こういったキャラが人気を博した例は枚挙にいとまがない。

もうひとつは、そもそも2016年にトランプ大統領を誕生させた原動力ともなった、反エリート主義=反グローバリズムである。

ここであらためて多くを語るまでもなく、前世紀の終わり頃から世界は新自由主義の時代となり、グローバルなビジネスで巨万の富を得る人が現れたかと思えば、他方で、地道に働くしかないという人は、より安い賃金で働く途上国の労働者との厳しい競争にさらされ、実質賃金はどんどん目減りしていった。

早い話が、グローバル経済のせいで貧しくなった、と実感した人たちが、移民労働者を締め出して中国との「貿易戦争」にも必ず勝利する、と声高に叫ぶドナルド・トランプという政治家に拍手喝采したのである。

日本は未だ、米国ほど移民問題が深刻ではないが、それでも「在日特権」などということを言う人はいるし、それ以上に、高い社会的地位を得た人のことを「上級国民」などと呼んで敵視する風潮が広まってきている。

こうした風潮を背景に、ジャーナリズムで仕事においても反中嫌韓の立場をとるような人は、

「日本の安全保障のためにも、トランプ大統領にはぜひとも再選してほしい」

といった考えに傾くのだろうし、ネットにおいては。

「6回も倒産の憂き目を見ながら、ニューヨークの不動産王にまでなったトランプと、政治家として利権をあさってきたバイデンと、どちらが世界のリーダーにふさわしいか」

などという問いを投げかける人が、後を絶たないのだろう。お前はどう思うのか、と問われたなら「どっちもどっちじゃね?」としか答えようがないが。いや、真面目な話「バイデンの米国」とどのように向き合うべきかは、新年特集で考察させていただく。

今はその話題より、私にとって意外であったのは、海外取材の経験を積んできたジャーナリストの中にさえ、

「CNNなどの偏向ぶりは目に余る」

といった考えを開陳した人が少なからずいたことだ。同社において「トランプを落選させたい」という発言を含む会議の音声が流出し、真偽を確認する前に日本のネットが炎上したのは、記憶に新しいところである。

▲写真 CNN本社(2012年5月29日 米・アトランタ) 出典:flickr; llee_wu

CNNに限ったことではなく、米英のマスメディアは、おおむね支持政党を明確にしている。前出の音声が本物の録音であったとしても、反トランプを訴えるに際して「たとえ虚偽のニュースを流してでも……」という前提条件がつかない限り、法的にも倫理的にも問題はない。げんに、これで鬼の首を取ったように騒いだのは、日米のトランピストくらいなものであったが、まさか著名なジャーナリストまでが乗せられるとは…… 

メディアは公正中立でなければならない、というのは日本の、古い世代の、大新聞で職を得ていたような人たちの間でしか通用しない「ジャーナリスト精神」なのである。

12月14日には、Newsweek電子版が、こんなことを伝えてきた。

フロリダ州の地方紙『オーランド・センチネル』が、現地時間の11日、読者に謝罪する内容の社説を掲載した。同紙は、11月の大統領選挙と同日に行われた連邦議会選挙に際して、共和党のマイケル・ウォルツ氏を下院議員候補として推薦していたが、当選したウォルツ議員が、大統領選挙の結果を覆そうとする、トランプ陣営の訴訟に加担していることを非難した。その上で、彼を推薦したのは「痛恨のミス」であるとして、

「当時は、ウォルツに民主主義を堅持する気がないことを知るすべがなかったのです」

と社説欄において読者に謝罪したのである。

これが米国の新聞の全体像ではないのであろうが、少なくとも健全なジャーナリスト精神が滅びてはいない。バカバカしい騒ぎの中、一服の清涼剤であった。

12月15日には、共和党上院議員団のトップが、バイデン氏に「新大統領誕生を祝す」メッセージを送った。もはやトランプ陣営の抵抗は「悪あがき」でしかない。

一方では、訴訟の乱発や、前回述べたようにもはやカルトじみた陰謀論が横行する事態を受けて、本誌の読者もおそらく利用しているであろうYouTubeが、

「今後、大統領選挙で不正があったと主張する動画は、削除の対象となり得る」

と発表した。これについては、次回。

(続く。このシリーズその1

トップ写真:トランプ大統領と支持者(2020年12月5日米 ジョージア州) 出典:Donald J. Trump facebook




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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