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.国際  投稿日:2020/12/8

文在寅捜査に向かう尹錫悦検察


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・残す任期1年半、文大統領に多くの不正疑惑が持ち上がる。

・文大統領「脱原発政策」推進する一方、北朝鮮には新たに建設か。

・チュ・ミエ法務部長官へ検察組織全体が反発。

残りの任期があと1年半となった文在寅大統領のレイムダック化と退任後の刑事訴追可能性が日毎に大きくなっている。文政権に絡む様々な不正疑惑が次々と持ち上がり捜査が進んでいるからだ。

文在寅大統領に直接からむ3つの疑惑

文在寅政権と与党「共に民主党」に絡む疑惑は、数え上げればきりがない。玉ねぎ男と言われる前法務長官チョ・グクにまつわる疑惑、玉ねぎ女と言われる法務長官チュ・ミエ(秋美愛の様々な疑惑、そして任ジョンソク前大統領秘書室長を始めとした漢陽大学卒業生グループのオプティマス資産運用詐欺に関する疑惑、また青瓦台の前政務首席秘書官カン・ギジョン(姜琪正)を始めとした政権・与党関係者の関与が騒がれるライム資産運用詐欺疑惑などなどだ。

▲写真 前法務長官チョ・グク氏 出典:Youtube; Gwangju Munhwa Broadcasting Corporation

こうした疑惑の他にも文在寅大統領が直接刑事責任を問われる疑惑がある。それは大きくは3つだ。

1つ目は、最近2審でも有罪となった最側近のキム・ギョンス(金慶洙)現慶尚南道知事が、2017年の大統領選挙を前にして起こした「トゥルーキング」世論操作事件である。この集団は9000万のコメントをネットに流して文大統領の当選の世論作りを行った。この問題には大統領夫人の関与も囁かれている。

2つ目は、文大統領の30年来の親友ソン・チョルホ(宋哲鎬)を蔚山市長にするための「ウルサン(蔚山)市長不正選挙事件(2018年6月13日に行われた)」だ。ソウル中央地検は2020年1月29日、現職市長と政府高官ら13人を公職選挙法違反などで在宅起訴した。この事件の起訴状には、文大統領の名前が40数回出てくる。

そして3つ目は、「脱原子力発電」を掲げてウォルソン(月城)原子力発電所(以下月城原発)1号機早期閉鎖への政治介入と北朝鮮への原発秘密供与疑惑だ。

これら3つの事件は、いずれも文大統領が、直接刑事責任を問われるものだが、特に月城原発1号機の早期閉鎖問題では、監査が進む過程で驚くべき疑惑が飛び出した。

▲写真 文大統領 出典:Flickr; Republic of Korea

原発にまつわる2つの重大疑惑

韓国監査院は昨年10月に月城原発1号機の早期閉鎖に関する産業通商資源部(以下産業部)への監査を進めていた最中の昨年12月2日、産業部・原発担当者のパソコンを押収したところ、保存されていた内部文書444件が削除されているのを発見した。削除されたのは監査前日の夜11時30分から2時間の間だった。その中から文大統領の政治介入と見られる証拠が出てきたのだ。それは大きくは2つだ。

一つは、文大統領が2018年4月2日に廃炉を急がせる「指示」を出したことから、2020年頃の廃炉予定が急遽早まったことと、それを正当化するために運営コストを高めにし、稼働率を低めにした公文書の捏造が行われた問題。

もう一つ「北朝鮮原発建設推進」報告書が10件余り含まれていたことだ。この文書はすべて2018年5月初めから中旬にかけて作成されたものだが、その時期は、2018年4月27日の板門店南北首脳会談から5月26日の板門店南北首脳会合の直前に符合している。

文在寅政権は、「脱原発政策」を推進し、「新たな原発の建設はない」と言ってきたが、北朝鮮には原発を新たに建設してやるというとんでもない案を秘密裏に検討していたということだ。

▲写真 ウォルソン(月城)原子力発電所 出典:Flickr; IAEA Imagebank

敗北した秋長官による尹検察総長除去作戦

監査院から産業部と韓國水力原子力 株式會社(韓水原)職員の証拠隠滅事件」に関する7000ページに及ぶ調査報告書を送付された韓国テジョン(大田)地方検察庁は、11月5日、韓国水力原子力本社、産業部と韓国ガス公社、企画先などに家宅捜索に入り、立件への証拠固めを行い、11月24日産業部のムン原発政策局長、チョン課長、キム書記官の拘束令状要求承認を大検察庁に求めた。これをユン・ソンヨル(尹錫悦)検察総長が承認した直後、チュ・ミエ(秋美愛)法務部長官から「尹検察総長職務執行停止命令」が発せられた。拘束令状要求書類は、秋長官派の大検察庁シン反腐敗部長によって保留にされた。

▲写真 チュ・ミエ(秋美愛)法務部長官 出典:Youtube; Transitional Justice Working Group

秋長官は、尹検事総長の解任を進めるために、12月2日に懲戒委員会を開くことを決め、6つの項目を上げて裁判所に大検察庁押収捜査の令状を求めた。しかし6つのうち1つしか認められなかった。それは主要事件裁判所判事に対するいわゆる「不法査察」というものだった。

法務部には捜査権がないにも関わらず、秋長官は、大検察庁監査部に指示出し大検察庁の捜査情報企画官室を強制捜査させたが、そこのパソコンからは、それらしい証拠は何も出てこなかった。

この空振りにも関わらず、秋長官は、11月24日に、尹検察総長の「職務執行停止命令」を出したのである。この措置に対して尹総長は25日、直ちに執行停止の仮処分を裁判所に申し立てた。

この申立を行政裁判所が11月30日午前11時から1時間ほど審議し、12月1日午後4時半に「職務停止は尹錫悦総長に回復困難な被害を与える」とのユン総長側の主張を認めたのである。

秋長官の誤算はこれだけではなかった。11月27日に予定していた監察委員会を、法的手順を無視して12月10日に延期させようとしたのだが、これも失敗した。失敗しただけでなく、12月1日に開かれた監査委員会では、監査委員全員が「秋長官の尹総長への懲戒請求、職務停止、捜査依頼、そのすべてが不適切」と満場一致で議決した。

監察委員会では、手続きの不備が糾弾され、検察総長の懲戒報告書で「懲戒無理」だとした文章が削除されたとのイ・ジョンファ検事からの暴露も行われた。懲戒委員会はこの議決に拘束はされないが、秋長官に大きな打撃となった。

尹総長は12月1日午後5時10分に職務に復帰し、テジョン(大田)地検から送られてきた産業部職員3名に対する拘束令状要求に署名した。

テジョン地裁はそれを受け、12月4日、月城原発1号機閉鎖に関連した内部資料、444件の削除に関する容疑で、拘束が求められていた、産業部のムン原発政策局長、チョン課長、金書記官のうち、ムン局長とキム書記官への拘束令状を発付した。

これでチュ長官の目論見は完全に崩れた。なお行政裁判所裁定の直後、秋長官を支えて、懲戒委員会の委員長を務めることになっていた高・法務次官は、このままでは自身の名誉も守れないと考えたのか、12月1日に直ちに辞表を提出した。これも秋長官の大きな誤算といえる。

秋美愛を追い詰めた検察官の歴史的反抗

秋美愛法務長官による尹錫悦検察総長への指揮権発動に続く職務停止の暴挙は、職級と地域を問わず検察組織全体の反発を呼び起こした。

11月26日午前、高等検察庁長6人が声明を出して尹総長の職務執行停止と懲戒請求を再考してほしいと求めた。9人の高等検察庁長の中で、法務部次官と最高検察庁次長、法務研修院長を除いた全員がこの声明に参加したのだ。午後には検事長17人が連署した声明書が検察内部掲示板に掲載された。

不法な指揮権発動に批判の声を高めていた平検事たちも、こうした流れに合流して秋法務長官の暴挙に反対する行動を繰り広げ、59の検察・支庁の平検事全員1789名が尹総長職務停止反対の行動に立ち上がった。

秋長官に忠実なイ・ソンユン検事長が指揮するソウル中央地検でも、副部長級検事たちが声明を出した。そればかりか第1,2,3,4次長がイ・ソンユン中央地検長に辞職を要求した。このほか、一部の庁次長・部長検事も掲示板に文章を載せて参加した。

これまでも、検事の集団抗議の意思表示は時々あったが、今回のように最高位級幹部から新任検事まで一丸となって意思表示をしたのは初めてのことである。チュ長官は一部の最側近検察幹部を除いた検察庁検事のほとんどから不信任を受けたということだ。

加速するムン政権のレイムダック化

秋長官の暴走に対する反発は、検事たちだけでなく全国民の中にも広がっている。最近のリアルメーターの調査では、秋長官の措置に対して「よくやっている」という回答は38.8%にとどまり「間違っている」は、56.3%に達した。

大韓弁護士協会と左派系の参与連帯も「尹総長の職務停止に対して国民が納得できるような証拠を提示できなかった」「検察の捜査独立性を傷つける先例」と強く批判した。

直近の世論調査で文在寅大統領の支持率が岩盤の40%を割り込み37%となったのは偶然ではない。与党共に民主党の支持率も誤差の範囲ではあるが、野党「国民の力」の支持率を初めて下回った。

文在寅政権のレイムダック加速は、来年4月のソウル市長選挙とプサン市長選挙に大きな影響を与えることは間違いない。ここで与党が敗北すれば2022年5月の大統領選挙もどうなるかわからない。それはそのまま彼らが目論んできた左派執権20年構想を挫折させることになる。

トップ写真:ユン・ソンヨル(尹錫悦)検察総長 出典:韓国検察庁




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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