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.社会  投稿日:2021/3/25

同姓強制、うっせえわ!日本メルトダウンの予感 その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・選択的夫婦別姓導入検討した埼玉議会へ、国会議員が反対文書送りつけた。

・姓の名乗り方は各国様々。法的義務ではなく単なる習慣であること多い。

・夫婦別姓と家族制度・夫婦の絆は本来直接関係がない。

 

以前この連載で、日本に女性の首相が登場するのはまだまだ先の話だろう、と述べた。その際、丸川珠代国務大臣(東京オリンピック・パラリンピック担当)の名前も出させていただいたが、その時は、もともと彼女は政治的関心がそれほどなかったようなのに、知名度と美貌が「選挙の顔」に最適だといった理由で担ぎ出されたのではあるまいか、という趣旨のことを述べるにとどめておいた。

しかし最近、本当に困った人だと思わざるを得ない問題が起きた。1月30日、自民党国会議員の有志50人が連名で、田村琢実・埼玉県議会議長らに、ある文書を送り付けたのが事の発端である。

田村議長は、選択的夫婦別姓の導入に賛成の立場で、昨年末、導入を求める意見書を県議会で取りまとめようとしたが、一部議員の強硬な反対で頓挫した。これを受けて、前述の文書が送付されたものらしい。

その「有志」の中に、丸川大臣の名前もあった。すでに多くのメディアで報じられているように、丸川は旧姓で戸籍上の姓名は大塚珠代なのだが、現在も旧姓での政治活動を続けている。言行不一致ではないか、との批判が高まったのも当然の成り行きであろう。

しかも丸川大臣は、五輪担当の前は男女共同参画担当であり、彼女をその地位に留めていた菅内閣はジェンダーの問題解決を公約としてきたので、これは閣内不一致ではないか、との指摘もあった。文書を送りつけられた側の田村氏は、メディアの取材に対し、「地方議員をなんだと思っているのか」と憤りをあらわにしている。

国会でも取り上げられ、社民党の福島瑞穂党首から前述の点を追求された丸川大臣は、「個人の信念」「大臣として署名したわけではないので」などと言うだけで、最後まで明確な答弁をしなかった。

公平を期すために述べておくと、彼女は公文書への署名など「旧姓使用の拡大」を切望していると、かねてから発言している。そうであるなら、

「旧姓使用の拡大さえ実現するのなら、選択的夫婦別姓制度を設けるまでもない」との趣旨であったと答弁しておれば、少なくとも支持者からは、それもひとつの見識だといった評価を得られた可能性が高い。それを答弁拒否だと新聞に書かれるような「塩対応」をするから、この人には明確な政治的信条と呼べるものはなく、単に保守層に媚を売るために名前を出したのではないか……などと思われてしまうのだ。

これも念のため述べておくが、私は、夫婦同姓が旧弊で別姓は進歩的だなどという、浅薄な論理を奉ずるものではない。たとえば、世界最大の人口を擁する中国では昔から夫婦別姓だが、これは、嫁に来た女は一族に数えないという、旧弊などと言うも愚かな家父長制の考えに基づくものである。

したがって、男女平等を求める声も高まってきてはいるのだが、それは夫婦同姓ではなく「きょうだい別姓」を広めよう、との主張であるようだ。父系社会の伝統で、ほとんどの子供は父親の姓を名乗り、まれに母親の姓を名乗る子供は、父親が婿養子だと思われるのだが、これを改めて、兄弟姉妹の姓が別々になってもよいではないかと考える人たちが、ネットなどでそうした意見を発信しはじめている。

スペインの場合も、ちょっと面白い。ホセ・ロドリゲス・ペレスという人がいたとしよう。日本で言えば佐藤一郎みたいな姓名と思っていただければよいが、彼の名はホセで、ロドリゲスは父親の姓、そしてペレスが母親の姓である。友人からはホセと呼ばれるが、ビジネスや社交の場ではセニョール・ロドリゲスと呼ばれるのが普通だ。

その彼が、マリア・ゴメス・ベラという女性と結婚したとしよう。この場合、マリアさんの姓が変わることはない。夫婦別姓なのである。かつては姓名の最後にdeをつけて夫の姓を書き加え、既婚であることを示していたが、今ではこの風習はすっかりすたている。いちいち面倒、と考える人が増えたことが理由であると聞く。

で、ホセを父、マリアを母として息子が生まれ、カルロスと名づけられたとしよう。この場合、彼の姓名はカルロス・ロドリゲス・ゴメスとなるが、これでお分かりのように、夫婦別姓と言っても、父方の姓がずっと残って行く父系社会であることに変わりはない。

▲写真 トニー・ブレア英元首相と夫人のシェリー・ブレア氏 出典:Remy Steiner/Getty Images for Global Citizen Forum

英国はどうかと言うと、今も90%以上の夫婦は同姓、それも結婚に際して女性が夫の姓に変え、子供は父親の姓を名乗っている(内務省の統計などによる)。

ただし、これはそうした習慣が守られているというだけの話で、法的な義務などはなく、最近では、別姓のまま結婚の手続きをとったり、両家のいずれでもない新しい姓を考えて登録するケースも増えてきている。

丸川大臣と同様に旧姓で仕事を続ける既婚女性も、いないことはない。

たとえばトニー・ブレア元首相の夫人は、著名な弁護士にして筋金入りのフェミニストとして知られ、弁護士事務所では旧姓(シェリー・ブース)で通していたが、夫が首相に、そして自身が勅命を受けて王室の顧問弁護士となって以降は、ブレア姓を名乗るようになった。理由はよく分からないのだが、聞くところでは、王室からの任命=勅命は必ず戸籍名でなされる決まりなので、従う他はなかったのだとか。

子供が父親の姓を名乗る、というのも同様。単なる習慣であって法律上はどうでもよいことになっている。げんに私の知人で、国際結婚した日本人女性が、近く生まれる予定の子供の姓名について市役所の窓口に相談に訪れたところ、「どんな名前でも問題ありません。<ミッキーマウス>という出生届でも受理しますよ」と真顔で言われたそうである。

英語圏ではまた、ミドルネームというものがあるし、上流階級では姓を二つ重ねる例も見られる。ジョン・F.・ケネディ元大統領のFはフィッツジェラルドの頭文字で、母方の姓がミドルネームになっているのだ。

姓がふたつ重なるのは、今すぐ思いつく例で言うと、英国近現代史にあって、最後の貴族出身の首相である(現在のジョンソン首相は、貴族の家系ではあるものの爵位は持たないのでカウントされない)アレックス・ダグラス=ヒューム伯爵がいる。

ここまで読まれた読者は、最近のヒット曲にちなんだ(有り体に言えばパクった笑)、うっせえわ、というタイトルが、「夫婦別姓を認めると、家族制度や夫婦の絆が損なわれる」として反対し続ける人たちに向けられたものであることが、ご理解いただけたと思う。

夫婦の姓の問題と家族制度との間に直接の関わりがあると考えるのは難しいし、そもそも法律で夫婦同姓を義務づけている(民法第750条)国など、日本以外にあまり例がない。

それ以前の問題として、「選択的」夫婦別姓というのは、別姓にしたい人はしてもよいですよ、という理念を法制するものに過ぎない。これで誰かが損害や迷惑をこうむるのだろうか。反対論者の中に、「同姓でいいじゃないか。みんな天皇の子供なんだから」と語った政治家もいたようだが、こんな皇国皇民思想を奉ずる人が今も政界で大きな顔をしているようでは、女性の社会参加を拡大して行く政策など、実現を期待できない。

その1その2

トップ写真:丸川珠代国務大臣 出典:Du Xiaoyi – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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