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.社会  投稿日:2021/4/2

同調(圧力)よりカネ配れ!(下)日本メルトダウンの予感 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・今や「働く日本人」のおよそ半数は非正規雇用

・ハローワークの職員たちが、失業の危機に直面している

・政府がコロナ失業の問題に真剣に向き合っていないのは明白では。

 

日本は貧しい国になってきている。

いきなりなにを言い出すのかと思われた向きもあるやもしれぬが、これは事実だ。

正社員の立場で働いている人でさえ、過去30年間での賃金上昇分は、たかだか7万円程度である。これが、平均賃金となると目を覆いたくなるような状況で、具体的にはG7加盟国ではおおむね1割以上増加している実質賃金が、日本だけは逆に1割程も下落してしまっている。

無理もない。今や「働く日本人」のおよそ半数は非正規雇用なのだから。

そこへもってきて、最低賃金の上昇率では今や韓国にも追い抜かれようとしている。韓国の場合、財閥系など大企業と中小企業との賃金格差が、日本よりはるかに大きいという問題もあるので、単純な比較はもちろんできないのだが、少なくとも、

「優秀かつ勤勉、それゆえリッチな日本人。それに引き換え……」

といった<量産型ネット民御用達の世界観>は、もはや成立しなくなったと言える。

こうした状況下で新型コロナ禍に見舞われた。

最大の被害を受けたのが、もともと世界的にもひどく安い賃金で働かざるを得なかった、非正規雇用の人々であったことは、今さら多くを語るまでもない。

新宿などで、ホームレスや生活困窮者のための炊き出し(昨今は弁当を配るようになったそうだが)を続けているNPO法人の責任者が、メディアの取材に応じて語ったところによると、行列の長さが前年同時期の4倍に達する日が珍しくないそうだ。一見してホームレスと分かるような人たちばかりではなく、若い女性が並んでいる姿も、よく見かけるようになったとも語っていた。

また、こんな報道もあった。

コロナのせいで収入が減り、あるいは仕事を失った人たちは、ハローワークで再就職先を探すケースが多いわけだが、そのハローワーク自体が、経費削減のためとして契約職員のリストラに乗り出したとか。

私の場合、小さな頃から優等生ではなかったが若い頃から自由業だったので、それほど縁の深い場所ではなかった。アルバイトは色々と経験したが、大体いつも友人の紹介だったり、自分で歩いて見つけたりした。

そうしたわけで、というのは言い訳にならないが、なんとなく先入観でもって、公共機関だから働いている人もみんな公務員なのかと思っていたのである。まあ、考えてみれば、役所や公立学校にも非常勤・非正規の職員は大勢いるが。

いずれにせよ、これまで就職・再就職のあっせんをしてきたハローワークの職員たちが、失業の危機に直面しているのである。

これひとつ取ってみても、政府がコロナ失業の問題に真剣に向き合っていないことは明白ではないだろうか。

失業の原因がコロナであると認められれば、雇用保険(世にいう失業手当)の受給資格など、様々な優遇処置が講じられることになっているが、そうであれば、雇用保険を扱うのもハローワークなのだから、窓口の負担は確実に増しているはずだ。よりによってこの時期に、どうして経費削減などという発想が出てくるのか。

これは前にも触れたことがあるが、このように「自助・共助」の道をさぐる人たちの足を引っ張るようなことをしておいて、給付金の支給を渋り続け、

「いざとなれば生活保護がある」

などとうそぶいていたのが、菅政権である。その際も指摘したように、実際に生活保護の申請や相談で役所の窓口を訪れた人のうち、実際に支給が受けられるのは7%に満たないというのに。

ひとつ補足しておくと、ここまで受給のハードルが高い理由は「扶養照会」というシステムがあるせいだ。

申請に際しては、家族関係などを書類に書き込む必要があり、それに基づいて、

「この人を扶養できませんか」

といった問い合わせがなされるのである。

生活保護がないともはや生きてゆけない、というような人は、往々にして何年も家族と連絡を取っていなかったりする。自己責任、と言い切ってしまうのは酷薄に過ぎる事情を抱えている人も少なからずいる。そもそも、社会保障と国民それぞれの家庭の事情に、本質的な関係性があるのだろうか。

何年も会っていない近親者に、困窮している状況を知られたくない、まして迷惑などかけたくないと、申請を取り下げるケースが後を絶たない。律儀な人ほどセーフティネットから漏れてしまうのが実情なのだ。

▲写真 出勤風景 東京(2021年3月22日) 出典:Yuichi Yamazaki/Getty Images

前回、マスクや時短の意問題を「同調圧力」という言葉で表現したのも、根底にはこうした問題意識があった。

堀江貴文氏の「マスク騒動」を引き合いに出したのも、話がここにつながってくる。

GoToを利用したり、遠くの町まで餃子を食べに行けるような人の声は、ネットを通じて反響を呼ぶが、コロナのせいで生活基盤を失わんとしている市井の人たちの声には、政治家もネット民も耳を貸そうとしない。

そのような中、コロナのせいで仕事も住居も失ったという人は、一体どうすればよいのか。悪い冗談だと責められることを覚悟して言うと、コロナに感染するのもひとつの手段だ。

『相談役 島耕作』(広兼憲史・著 講談社)という漫画の主人公が感染したことで話題を呼んだが、彼はただちに隔離療養のため、都心のビジネスホテルに連れて行かれ、個室と与えられ、弁当を支給される身となった。当人が、

(家がないような人にはよいかも)

などと考える描写もある。

彼は感染したと言っても、味覚障害が起きた程度の「無症状」なので、割と?暢気に構えておられるし、私もネタにしていられるのだが、重症化したら、もちろん笑えない。また、本当に1円も払わなくてよいのか。大企業の会長まで勤め上げ、今や相談役になっているセレブと違って、国民健康保険にも加入できない人はどういう扱いを受けるのか。やはり漫画だけで世の中の動きを知ろうとするのは無理がある。

真面目な話、経済的な問題と並んで医療体制やワクチンの問題も深刻だ。

これもまた、日本は感染者数・死者数共に「欧米より格段に少ないことは事実なので、単純な比較はしにくいが、対策の立ち遅れまでは否定できない。

経済的にも医療・感染防止の面でも本質的な解決策をとらず、マスクや時短のことばかり言っているのは、国難と称して

「欲しがりません 勝つまでは」

などというスローガンのもと、国民には忍従を強いながら、核武装した軍隊を竹槍で迎え撃とうとした、昭和の大戦末期と二重写しにしか見えないのである。

その1その2その3その4、全5回)

トップ写真:ホームレスの人々(2020年4月) 出典:Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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