無料会員募集中
.社会  投稿日:2021/5/28

五輪損切り、消費税凍結を選択肢に(上)「コロナ敗戦」不可避か その5


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・米ワクチン接種、スピーディーに進み、2億回の目標達成。

・日本の目標、一日100万回達成への道のりは遠い。

・五輪開催権を返上すれば、IOCから損害賠償を求められる。

 

この春、日本の高齢者のもとへ米国政府発行の小切手が次々に届いたことが報じられ、ちょっとした騒ぎになった。当初は、新手の詐欺かなにかではないか、と疑った人も少なからずいたと聞く。しかし、すべて本物の小切手であった。額面は1400ドル(約15万円)。

実はこのカネ、米国バイデン政権がコロナ対策の経済支援の柱と位置づけている給付金だったのである。

バイデン大統領は3月11日、コロナ対策の経済支援として1兆9000億ドル(200兆円以上)の財政出動を決定。年収7万5000ドル(約820万円)以下の米国市民を対象に、一人当たり1400ドルの給付金が支給されることとなった。

日本では「市民権」という考え方自体、あまり浸透していないのだが、要は米国で合法的に働いていたり、米国人の配偶者がいたりすれば、市民権が得られる。きわめて大雑把な説明でお許しいただけるなら、日本でも外国籍のまま永住権を持つ人がいるが、似たような制度だと思っていただければよい。実際には似て非なるものだが。

それが今回の「小切手騒動」とどのような関係があるのかと言うと、かつて日系企業の駐在員として米国で働き、社会保険料を支払っていたような人たちは、それに見合う年金を受け取ることができる。

また、これは日本でも、最近よく知られるようになってきたが、米国市民は「社会保障番号」で納税や福祉などを一括管理されている。日本でもマイナンバー制度が導入されてはいるが、機能の点では今のところ足元にも及ばない。

ともあれそうしたわけで、日本の年金生活者のもとにまで小切手が送られてきたというわけだが、受給年金額が一定以下の人すべてに小切手を郵送したためであるらしい。とは言っても。米国人の配偶者がいるなど一部の例外を除いては、在外の米国市民という受給資格を満たしてはいないので、小切手は換金せず米国の税務当局に返送する必要がある。「いよーっ、大統領!さすが太っ腹」などと言って15万円もらえるほど、世の中は甘くないのだ笑。

そうではあるのだけれど、ここまで読まれて、米国人がうらやましい、と思われた読者も少なからずおられるのではないだろうか。家族4人で年収800万円弱ならば、ほぼ無条件で60万円支給されるのだから。しかも「払いすぎ」が生じるほどスピーディーに。 ワクチンにしてもそうだ。

1月20日の就任演説で、同大統領は

「100日以内に1億回のワクチン接種を実施する」

という目標を掲げた。これだと4月末までに1億回、というスケジュールになるはずであったが、3月中にクリアしてしまい、2億回と倍加された目標まで4月中にクリアしてしまった。大規模接種に対応する緊急事態管理庁が、スタジアムなどを接収し、ITを駆使して問診から接種までを流れ作業でできるようにした成果である。

それに引き換え日本では、4月23日になってようやく、菅首相自身が、

「7月末までに高齢者へのワクチン接種完了」

との目標値を発表した。世界に冠たる少子高齢化社会となった「大日本高齢帝国」においては、総人口の28.1%、3617万人が65歳以上である(2020年9月15日付・総務省発表)。

その3617万人に、7月末までに2回接種を完了させるため、逆算して導き出されたのが「1日100万回摂取」であったが、現実はどうであったか。

五輪開幕まで2カ月もない5月24日に、東京と大阪で、医師や看護師の資格を持つ自衛官が配置され、民間の看護師らの協力も得た大規模接種センターがようやく稼働を開始し、初日は7500人が摂取できたという。月末までには両会場で計1万5000人に摂取可能となるそうだが、1日100万回までには、もういくつ寝ればよいのだろうか。

▲写真 自衛隊「大規模接種センター」東京都・千代田区 出典:Japan In-depth編集部

しかも米国では。経済再建のもうひとつの柱として、大学生や若年勤労者への接種もどんどん進めている。プリンセスとの結婚が取り沙汰されている男性が留学中の法科大学院では、多くの学生が接種証明書を手に卒業式に出向くことができたし(当人は欠席)、予約なしで接種が受けられるようになった大学も複数存在する。なにしろ多い日には1日300万人以上に接種できているのだ。

ここでまたもや、アジア太平洋戦争当時の話を持ち出すが、こんなことが記録されている。戦争の初期に、南方で多数の捕虜を得た日本軍が、捕虜200名に対し、6日間で滑走路の補修をせよ、と命じた。ところが米軍の捕虜は、破壊を免れたブルドーザーを持ち出し、操縦者と測量要員2名の計3名だけで、予定の工事を2日で仕上げてしまった。

「物量の差」とは、具体的にはこういうことだったのである。ブルドーザーを見たこともない現場に対して、上層部が「物量の差は精神力で補う」と檄を飛ばしたところで、どうにもならなかった。

話を戻して、英国においても、ワクチンの大規模接種は目覚ましい。ボランティアに筋肉注射の速成訓練を施し、医療現場の人手不足を補填したのだ。また、EUから離脱した「けがの功名」という要素もあった。離脱によって貿易などはダメージを受けたが、ことワクチンに関しては、EU加盟国として割り当てを待つのではなく、独自に自国製ワクチンを大量に調達して、前述のように大量動員したボランティアの手で接種を勧めたのだ。

かくしてロックダウン(都市封鎖)はどんどん緩和されて行き、観光旅行などもほどなく再開される見込みであると報じられている。

ただし、米英の観光客は、日本へは来ない。

米国東部時間の24日に、国務省は日本における感染者増に歯止めがかからない事態を受け、海外渡航警戒レベルを最も厳しい「4」に引き上げた。事実上、渡航中止の勧告である。日本側は、

「米国選手団の五輪参加には支障はないと考えている」  (丸川担当大臣)

などと強気の姿勢を崩さず、米国政府も五輪への選手団派遣は問題ない、との追加声明を発しているが、これはまあ、今後の日米関係に配慮した、一種の外交辞令みたいなものではあるまいか。

そうまでして、東京五輪は必ず開催すると言い張る最大の理由は、もしもここで開催権を返上したりすれば、IOCから莫大な損害賠償を求められ、投資分が無駄になることと併せて、とてつもない損失が生じるという理由だと言われる。

英米のマスメディアも、このあたりのことは承知していて、米国のワシントンポスト紙などは、もはや「損切り」でよいではないか、といった論旨のコラムを掲載した。

次回、莫大な損害賠償は本当に生じるのか、その場合「損切り」と感染かう代のリスクはどう考えるべきなのか。また、ワクチンも足りなければ二度目の給付金も出ないという日本の現状は、どのように打破して行けばよいのか、紙数が許す限りではあるが、できるだけ緻密に考察してみたい。

その1,その2,その3,その4

トップ写真:新型コロナワクチン接種のポップアップサイトがオープンしたグランドセントラル駅。7日間の無料交通パスがもらえる。(アメリカ・ニューヨーク州マンハッタン 2021年5月12日) 出典:Spencer Platt/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."