インドネシア後継戦闘機に米F16浮上
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・空軍後継戦闘機選定めぐる各国の競争に、米F16最新鋭機が参入。
・もともとF16を保有するインドネシア空軍には運用や整備でメリット。
・「米政府のお墨付き」でF16最新鋭機が一気に「最有力候補」に。
軍装備、兵器の近代化を進めているインドネシア空軍に対して、米ロッキード・マーティン社が戦闘機F16の最新鋭バージョンの導入を呼びかけ、米政府も承諾済みであることを強調しながら売り込み合戦に参入してきたことがわかった。
これは地元メディアなどが5月29日に報じたもので、空軍戦闘機の後継機種選定に「米製F16の最新鋭戦闘機の導入」という選択肢が広がったことで、公式ではないが空軍は歓迎しているという。
インドネシアはロシア製戦闘機のスホイ27、スホイ30と共に米製戦闘機F16を保有し、運用している。対立する米ロの戦闘機を保有、運用していることから「戦闘機の設計段階から異なる思想」に由来するパイロット、整備員そしてインフラなどで融通の利かない不便な運用、メンテナンスが求められるという状況を抱えている。
こうした実状の背景には、米政府がインドネシアによる東ティモールでの深刻な人権侵害に対して踏み切った武器輸出禁止などの国際政治の影響があった。
■ 仏、オーストリア、韓国からも調達計画
空軍戦闘能力のさらなる向上に必要不可欠となる後継戦闘機の選定では、これまでにフランス製ラファール戦闘機、欧州のオーストリアが保有するユーロファイター・タイフーン戦闘機、さらに韓国が独自に開発を進めている次期戦闘機KFXなどが有力後継戦闘機として報道されてきた。
インドネシア空軍は現在30機のF16戦闘機を運用している。こうした米製戦闘機保有という実態から米のF35戦闘機の導入構想なども報じられたことがある。しかしこれまでにどの機種も後継機として最終的に決定するまでには至っていない。
背景には戦闘機の近代化の必要を認めながらも導入に関わる費用が高額であること、「複数の国の戦闘機を導入、運用することのデメリット」などを専門家が指摘していること、それに加えてインドネシアが国を挙げてコロナ感染防止対策を最優先課題として取り組んでいることなどを理由に、ジョコ・ウィドド大統領やスリ・ムルヤニ財務相が難色を示していることが影響しているという。
▲写真 ジョコ・ウィドド大統領 出典:Rick Rycroft – Pool/Getty Images
さらにプラボウォ・スビアント国防相はオーストリアのクラウディア・タンナー国防相に書簡を送って同国が保有するユーロファイター・タイフーン戦闘機15機の購入を打診したものの、そのプラボウォ国防相は次期大統領選の最有力候補と目されていることもあり、ジョコ・ウィドド大統領に強く出られないことも後継戦闘機選定が一向に現実化しない理由の一つともいわれている。(参考:2020年7月30日掲載『インドネシア戦闘機購入で混乱』)
■ 米からの積極的売り込み
インドネシアのメディアのなかにはこうした後継闘機の候補が各国にわたり多彩なことを受けてインドネシアの国是である「多様性の中の統一」にちなんで「これこそインドネシアの多様性の表れだ」と歓迎する向きもある。
しかし、戦闘機の実効ある運用には「多様性」はむしろ「障害」であることを国民は理解していないのが現実である。
こうしたインドネシア側の実状を受けて、米ロッキード・マーティン社がインドネシアに対して最新鋭の装備を備えたF16ブロック72を次期戦闘機の候補として検討してほしい、この計画には米政府の承認も得ている、と伝えたと地元紙ジャカルタ・グローブが5月29日に報じた。
これまでにインドネシア側の公式反応はないものの、高度のデータリンクで多数のターゲットを認識可能な最新鋭のレーダー「AESA」を搭載するなどバージョンアップされたF16ブロック72の打診はインドネシア空軍にとっては好条件を備えているといえる。
ロッキード・マーティン社も力説しているように「F16を保有し運用しているインドネシア空軍にとって他国の戦闘機を導入してパイロットや整備員を一から訓練するより、より経費節減になるのは間違いない」ことが大きな利点となるとみられているからだ。
韓国が自国で進めているKFXの開発計画にインドネシアは2017年から参加して開発予算を分担してきた。しかし現在はその分担金支払いが滞っている。韓国側ではインドネシアが韓国以外からの次期戦闘機の導入計画があることから「KFX計画から撤退するのではないか」と疑心暗鬼になっているという。
▲写真 韓国とインドネシアが共同開発中のKF-Xの模型(Seoul ADEX 2017) 出典:Alvis Cyrille Jiyong Jang (Alvis Jean) / Wikimedia Commons
公式にはインドネシアは「資金難が理由である」と説明しているが、軍事専門家の声を掲載した韓国の世界日報などによると、KFXはステルス性能や兵器搭載能力などがインドネシアの要求水準に達しそうにないことが背景にあるのではないか、と、KFX開発計画に厳しい指摘もでている。
インドネシア空軍はロシア製スホイ27、スホイ30を現在10機保有しているが、ロシアの戦闘機を後継機種として選択肢に加えることは現状ではインドネシア側にはないとみられている。
こうした経緯から、現段階ではインドネシアは各国の戦闘機を導入候補として検討を進めている、とは言うものの、米政府のお墨付きを得ているとするロッキード・マーティン社の最新鋭バージョンのF16ブロック72が今後最有力候補に躍り出る可能性は極めて高いといえるだろう。
トップ写真:F-16ブロック72 出典:ロッキードマーチン社ホームページ
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。