焼殺、斬首と非道尽くす ミャンマー軍
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ミャンマーはクーデターから1年を前に反軍政武装勢力との間で実質的な内戦状態に。
・軍政は一般市民も拷問、銃殺、焼殺、斬首していると反軍政メディアが報道。
・ASEAN各国はミャンマー問題で路線が異なり、一枚岩になれず。
2月1日にクーデター発生から1年を迎えるミャンマーでは軍政による武装市民や少数民族武装勢力との戦闘が激化しており、実質的な内戦状態が続いている。
ミン・アウン・フライン国軍司令官がトップを占める軍政はクーデター1周年を前に国内の治安状況安定を内外に示すため、各地で攻勢に出ており、それに伴う戦闘激化で武装市民以外の一般市民の犠牲者が増えている。それも拷問の末の銃殺や生きたままの焼殺、斬首などの残虐な方法による殺害と激しい人権侵害の実態が軍政に反発する独立系メディアなどで伝えられ、極めて深刻な状況となっている。
▲写真 茂木敏充外務大臣とミン・アウン・フライン国軍司令官が会談(2019年10月9日、日本) 出典:外務省ホームページ
独立系メディアのひとつ「ミッズィマ」が14日に伝えたところによると、中部サガイン地方域パレ郡区ウ・ナウク村で10日朝から市民武装勢力である「国民防衛隊(PDF)」の現地組織メンバーが会議を開いていたところ午前10時頃から軍の航空機による空爆を受けた。
その後軍部隊が同村に侵入し、辛うじて難を逃れた村人がメディアに証言したところによると、兵士がPDFとみられる服装をした男性らを拘束し、全員の服を脱がせて裸にした上で後ろ手に縛り上げさらに木の棒にくくり付けた。そして男性らは生きたまま火を放たれて焼殺されたほか、何人かは斬首されて殺害されたという。
パレ郡区のPDF指導者であるボ・ナガ氏の兄弟に当たるPDF司令官のマウン・ミント氏も兵士によって斬首され、その首はトイレの屋根の上にこれ見よがしに残置されたとウ・ナウク村の住民は証言した。
■ 残虐非道な人権侵害の実態
今回のウ・ナウク村での軍兵士による残虐な殺害は、軍が人権に全く配慮することなく、無抵抗・非武装の一般住民も武装市民のメンバーあるいはその支援者であると一方的に見なして、PDFの戦闘員や少数民族武装勢力の兵士と同じように無慈悲に殺害しているという実態を浮き彫りにしている。
1月8、9日にインドと国境を接する北西部チン州マトゥピ郡区キルン村、ロンロウ村やカセ村などで地元PDFと少数民族武装勢力である「チンランド防衛隊(CDF)」との戦闘に巻き込まれた一般市民10人が軍兵士によって虐殺される事件も明らかになっている。
この事件にはマトゥピに駐屯する陸軍第140歩兵大隊が関係しているが、軍政のゾー・ミン・トゥン国軍報道官は地元メディアに対して「マトゥピ地区ではテロリストであるPDF要員が活動中で軍への攻撃を繰り返していた。このため小競り合いがあり犠牲者がでて武器を押収した。軍が無抵抗の一般市民を攻撃することはない」と事件について説明、軍の行動の正当性を強調した。
しかし現地のPDF指導者によると10人の犠牲者には銃弾による傷はなく、9人は後ろ手に縛られて喉を切られて死亡しており「戦闘による死亡ではなく虐殺である」と指摘している。
このほか昨年12月7日には中部サガイン地方域では、ドンドー村に進攻した軍部隊が爆発物による反撃を受けた。その報復に逃げ遅れた住民11人を拘束し、拷問の末生きたまま焼殺したという。犠牲者のうち6人は14歳から17歳の少年だったと目撃者は伝えている。
こうした非道な軍の行為は地方都市に限らない。中心都市ヤンゴン(旧首都)でも12月5日、民主化を求める市民のデモ隊の列に軍用車両が猛スピードで突っ込み、デモ参加者の市民5人が殺害され、8人が負傷、10人が逮捕される事件も起きている。
▲写真 政府軍が橋を渡るのを阻止しようとするデモ隊(2021年3月16日、ミャンマー・ヤンゴン) 出典:Photo by Stringer/Getty Images
■ ASEANAの仲介・和解工作も暗礁に
こうしたミャンマー問題の仲介・和解に向けて欧米社会とは異なる対話のアプローチを続けている東南アジア諸国連合(ASEAN)だが、加盟国間の温度差が顕著になり暗礁に乗り上げている。
1月7、8日にカンボジアのフン・セン首相が外国首脳としてクーデター後初めてミャンマーを訪問し、軍政トップのミン・アウン・フライン国軍司令官と会談した。ASEANのコンセンサスを得たうえでの訪問ではなく、フン・セン首相の「スタンドプレー」だったとみられる。
1月18、19日に予定されていたASEAN外相会議は「コロナ感染防止」を理由に延期された。ASEAN関係者は「ミャンマー問題で外相会議が紛糾するのをカンボジアが回避したかったため」と延期の理由を推測している。
▲写真 カンボジアのフン・セン首相 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images
ミャンマー問題で、厳しいスタンスをとるインドネシア、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、フィリピンと、一定の理解を示す親中派のカンボジア、ラオス、軍政のタイ、一党独裁のベトナムの間には温度差が生じている。ASEANとして、ミャンマー問題解決の道筋を探るための統一行動をとることが難しくなっているのだ。
軍政は2月1日のクーデター1周年を前に国内治安維持の成果を上げるために各地で武装市民組織「国民防衛隊(PDF)」や少数民族武装勢力への攻勢を強めており、こうした強硬姿勢が一般市民への拘束、拷問、虐殺などにつながっている。軍政の人権侵害に対して国際社会は何らかの行動をとることが迫られている。
タイ・バンコクに拠点を置くミャンマーの人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によると1月14日現在ミャンマーでクーデター以降殺害された市民らは1469人、逮捕・拘留されているのは8603人に上るという。
トップ写真:軍事政権軍によるデモ隊への発砲で亡くなったアウン・カウン・テットさん(15歳)の葬式で、泣き叫ぶ母親ら。(2021年3月21日、ミャンマー・ヤンゴン) 出典:Photo by Stringer/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。