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.国際  投稿日:2021/9/21

南シナ海で中国調査船活動活発化


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】
・南シナ海で中国調査船がインドネシアのEEZ内を航行。

・対中包囲網として米英豪による安全保障枠組み「AUKUS」創設。

・領土問題を抱える東南アジア各国は、対中関係の悪化を憂慮。

 

南シナ海南端のインドネシア領ナツナ諸島周辺海域で中国の調査船が活動を活発化させていることが分かった。一部活動はインドネシアの「排他的経済水域(EEZ)」内にまで及んでおり、インドネシア海上保安機構や海軍が艦艇や航空機を現場海域に派遣して警戒監視を続けている。

南シナ海では中国が一方的に権益を主張する九段線を巡って南沙諸島や西沙諸島などでフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾などと島嶼の領有権問題が存在している。

ところが中国はこうした島嶼を埋め立てたり、建造物を構築したりすることによる「実効支配」を一方的に進めており、欧米をはじめとする国際社会の反発を招いている。米軍艦艇などによる「九段線」内を航行する「自由航行作戦」はこうした中国の国際法を無視したやり方を牽制するもので、中国は反発を強めている。

■石油・天然ガス田の区画を調査

インドネシアの地元紙などの報道によると、8月下旬ごろからナツナ諸島北方海域で中国の調査船「海洋地質10号」の活動が確認されたという。同調査船は同じ海域を往復するなど「典型的な調査活動の動き」をみせていたことから、インドネシアは海軍や海上保管機構の艦艇、さらに航空機を現場海域に急派して、中国調査船の動きを追跡するなどの監視を開始した。

その後中国調査船がインドネシアのEEZ内に進入することもあったため、インドネシア側が中国に対して抗議するも中国側は「自国の管轄圏内での」通常の行動である」として無視する姿勢を取り続け、その後中国海警局の武装船まで現場海域に姿を現すなど状況はエスカレートしているという。

ナツナ諸島北方のインドネシアEEZ内には石油・天然ガス田の埋蔵が見込まれる「ツナ・ブロック」といわれる海底資源区画が確認されており、今回の中国調査船はそこを重点的に調査しているものとみられている。

9月11日には南シナ海周辺海域で英海軍との共同演習に参加していた米海軍の原子力空母「カールビンソン」がこの中国調査船から約80キロの地点を通過したといわれており、中国側に対する米側からの「警告メッセージ」ではないかと憶測を呼んでいる。

▲写真 米海軍が保有する原子力空母「カールビンソン」 出典:U.S. Pacific Fleet /flickr

■対中包囲網の中で東南アジア無視

このように南シナ海海域で緊張状態が続く中、「自由で開かれたインド太平洋」を掲げて米主導で創設された日米豪印による戦略対話の枠組み「クアッド」に続いて、9月15日には米英豪による新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」が創設された

▲写真 「AUKUS」の創設を発表する豪・モリソン首相(画面左)、米・バイデン大統領(中央)、英・ジョンソン首相(画面右) 出典:Win McNamee/Getty Images

この創設に伴い豪は米の協力により原子力潜水艦保有に向けて始動することになり、豪がフランスとの間で合意していた次期潜水艦開発計画を破棄する結果となり、豪仏間の外交問題に発展している

加えて「AUKUS」が「クアッド」同様にインド洋、太平洋での中国の一方的権益拡大を意識した対中包囲網の意味合いが強いことから南シナ海で中国と直接領有権問題などを抱える東南アジア各国では警戒感や困惑が広がっている。

「クアッド」も「AUKUS」も地域の当事者である東南アジア関係国の関与がなく、その意向を無視する形で進められたことがその一因となっているからだ。

米に加えて豪の原潜が南シナ海はじめ東南アジアの海域を航行するようになることへの警戒心は、地域の安全保障のみならず、今後の対中関係の悪化を含めて東南アジアでは強い関心事となっているのだ。

インドネシアのルトノ・マルスディ外相は17日に早速「我が国はAUKUSを憂慮する。豪は核武装協定を守り、インド太平洋の平和、安全を守る義務を果たすように要請する」との立場を表明したのだった。

▲写真 インドネシア、ルトノ・マルスディ外相 出典:U.S. Department of State/flickr

マレーシアも17日に「AUKUSが南シナ海で他国による攻撃的な行動を挑発するのではないか」と中国への直接の名指しを避けながらも大きな懸念を表した。

■インドネシアの慎重な対応

インドネシア海軍のアルシャド・アブドゥラー少将はメディアに対して「我々はナツナ諸島北方海域で操業する漁民や航行する民間船舶乗組員に対して安全と安心を与えることを目的に活動しており、これまでのところその目的は果たされており、事態はコントロールされている」と述べ、中国側の動きに対して余計な挑発に乗ることなく、自国権益保護のために慎重な対応を続けていることを強調した。

インドネシアは中国との間で領有権に関わる問題は存在しないが、ナツナ諸島北方海域でインドネシアのEEZと中国が一方的に主張する「九段線」の一部が重複している、として中国は2国間協議で平和的に問題解決を図りたい、とかねてから主張している。

これに対しインドネシア政府は国際法的に違法性が高い「九段線」を認めない立場から「中国との間で協議が必要な海洋権益に関する問題は存在しない」との強い立場を示し、2国間協議を拒絶し続けている。

トップ写真:ナツナ諸島で警戒にあたるインドネシア海洋・漁業省の職員 (2016年08月17日) 出典:Ulet Ifansasti/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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