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.国際  投稿日:2021/9/27

中国、ミャンマー“敵同士”にワクチン提供


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・軍政による支配が続くミャンマーでは公営・民間の病院や医療施設が機能不全に。

・ミャンマーでは軍政の後ろ盾になっているとされる中国からコロナワクチンの提供を受けている。

・中国は、軍政に対抗する少数民族武装勢力に対しても、ワクチンや医療機器の提供、医療従事者の派遣まで実施、敵同士を支援する格好に。

 

クーデターで民主政府から実権を奪取し、軍政による強権的支配が続くミャンマーでは治安状況と同時にコロナ感染対策の遅れも深刻な社会問題となっている。ミャンマーでは軍政の後ろ盾になっているとされる中国から大量のコロナワクチンの提供を受けているが、軍政に抵抗する市民、公務員らによる「不服従運動(CDM)」に医者医療関係者が同調して職場放棄や職務不履行という状況に追い込まれ、その結果多くの公営・民間の病院や医療施設が機能不全に陥っている。

そんな中、軍部隊と長年に渡って対立し、クーデター発生以降は武装抵抗を開始した市民と連帯して軍への攻勢を強めている中国との国境付近に展開する少数民族武装勢力に対しても中国がワクチンや医療機器などの提供、さらに医療従事者の派遣まで実施していることが明らかになった。

いってみれば中国は軍政と少数民族武装勢力という「敵対する両勢力」にワクチン提供などの医療支援を実施していることになる。こうした姿勢に「ダブルスタンダード」とか「なりふり構わないワクチン外交」などとの批判もでているが、中国には「中国の都合」という深刻な理由があるとの見方が有力となっている。

■少数民族武装勢力の間で感染拡大の懸念

ミャンマーの独立系メディア「ミッズィマ」は9月23日、北東部カチン州やシャン州の中国との国境付近を活動拠点とする少数民族武装勢力「カチン独立軍(KIA)」や「タアン民族解放軍(TNLA)」の支配地域で戦闘員や住民がコロナワクチンの提供を受け接種を行っていることを伝え、そのワクチンが国境を越えて中国から提供されたものであることを明らかにした。

ミャンマーは2月1日のクーデター前から中国の王毅外相の訪問で大量のワクチン提供を受け取ることで合意、中国製ワクチンによる接種が主要な「コロナ感染防止対策」となり、その後も大量のワクチン提供が続いている。

軍政は当然のことながら国内で対立する少数民族武装勢力に対してまでワクチンを配給することはなく、少数民族武装勢力の間ではコロナ感染の拡大が懸念される状況が起きていた。

■民間組織によるワクチン提供

こうした中、KIAに対しては今年5月ころという早い時期から中国のワクチン提供が実施され、中国赤十字の他に雲南省当局からの提供もあったという。これはKIA側からの「支援要請」に基づくものとされた。

報道によると少数民族武装勢力へのワクチン提供は中国の民間団体の中国赤十字などが主導となって実施しているため、ミャンマー軍政も表立って中国を批判できない状況という。しかし、中国では民間団体とはいえ当局の意向を無視して活動することは難しく、こうしたワクチン提供も中国当局の意を受けた活動であることは間違いないとみられている。

その後も中国側からのワクチン提供は続いていたが、最近ではワクチンに加えて医療従事者の派遣、マスク・消毒液などの医療用品の提供、さらに一部国境沿い街では検疫所などの医療設備の建設も進んでいるという。

そうした建設現場で働く労働者は少数民族のミャンマー人だが建設資材などは全て中国から搬入されたものであるという。中国人の医療関係者などはミャンマーに越境後は宿泊することなく、日帰りで中国側の戻るといい、コロナ感染を警戒している様子だという。

▲写真 ヤンゴン市内の様子(2020年3月3日) 出典:Photo by Paula Bronstein/Getty Images

■感染流入を危惧する中国

ミャンマー北東部の中国との国境地帯で活動する複数の少数民族武装勢力は歴史的にみて中国との関係が深く、産出する地下資源や宝石、一部麻薬などを中国に輸出して現金を得てそれが武装抵抗の活動資金になるという密接な相互依存態勢が続いている。

少数民族が使用する携帯電話のSIMカードも中国製で、中国の通貨「元」が流通している地域も国境付近には多く、両国の住民らは国境を隔てる河川も比較的自由に往来することができた。

そうした「緩い国境」「密接な経済的関係」から中国がミャンマー国内でのコロナ感染拡大という事態を受けて国境周辺でのコロナ感染に懸念を募らせていたのだ。

■「緩衝地帯」で感染流入防止

中国はミャンマー軍政のコロナ感染防止対策が国境付近の少数民族にまで及んでいないことから、こうした地域でのコロナ蔓延を極端に警戒した結果、少数民族へのワクチン提供を積極的に進めているのは間違いないとみられている。

つまり国境周辺の中国側の住民をコロナ感染から守るために国境のミャンマー側に一種の「バッファーゾーン(緩衝地帯)」を設けることで影響を最小限に食い止めようという思惑が働いているというのだ。

支援するミャンマー軍政と敵対して戦闘を続ける国境の向こう側にいる少数民族武装勢力に対しても自国民保護のためワクチンを提供する、といういかにも中国らしい「したたか」で「計算高い」姿勢が改めて浮き彫りとなっている。中国側は少数民族武装勢力へのワクチンや医療物資提供も「あくまでも人道的見地からの支援」と強調している言葉も「常套句」である。

トップ写真:ミャンマーのヤンゴンにおける反クーデター抗議活動(2021年4月3日) 出典:Photo by Getty Images/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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