米空母打撃群と海自護衛艦、南シナ海へ
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・米空母「カールビンソン」が海自護衛艦と南シナ海で共同演習実施。
・一方的に海洋権益を主張する中国への米政府による牽制の意味がこめられている。
・米英豪印などによる南シナ海への関与が同海域での軍事的緊張を高め、情勢を不安定化するとの声も。
米海軍は10月25日の声明で空母「カールビンソン」と空母打撃群が海上自衛隊の護衛艦とともに南シナ海で実施の共同演習について明らかにした。
この時期は東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議に続いてASEAN首脳会議プラス日米中などの会議さらに日米中韓豪なども加わった東アジアサミットなどが26日から28日かけてオンラインで開催され、ASEAN加盟国の首脳(ミャンマーを除く)にバイデン米大統領や李克強首相、日本の岸田文雄首相も参加した。
▲写真 岸田総理は、総理大臣官邸で、オンラインで開催された日ASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議に出席した。(2021年10月27日) 出典:首相官邸
今回の日米艦艇による演習は米中両国首脳も参加するこうした一連のASEAN会議に合わせたかのようなタイミングで南シナ海で実施されたもので、一方的に海洋権益を主張する中国への米政府による牽制の意味がこめられているとの見方が有力だ。
空母「カールビンソン」とその空母打撃群には海自のいずも型ヘリコプター搭載護衛艦「かが」が加わり、南シナ海で海上及び航空共同戦術訓練や海上給油、海上警備行動などの訓練を実施したという。
▲写真 護衛艦かが(基準排水量:19,500t 長さ:248m 幅:38m 馬力:112,000Ps / 主要兵装:高性能20mm機関砲×2 対艦ミサイル防御装置x2 魚雷防御装置×1 哨戒ヘリコプター×7) 出典:海上自衛隊第4護衛隊群
「カールビンソン」は9月上旬にも南シナ海を航行して「航行の自由作戦」に従事しており、再び同海域に戻ったことになる。
米海軍は声明の中で「南シナ海における協力的な海上作戦は、インド太平洋における米海軍の日常的なプレゼンスである」として具体的な名指しを避けながらも中国への対抗を改めて強調した。
■ASEAN会議での懸念表明相次ぐ
ASEAN加盟国にはベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシアと南シナ海で中国との間で島嶼などの領有権争いを抱える国、インドネシアのように自国の排他的経済水域(EEZ)に中国側が一方的に漁船団を送り込んで違法操業を続ける状態が続く国など、いずれも中国との間で海洋権益で問題を抱えている。
今回のASEANの会議では中国の李首相がASEAN各国に対して南シナ海での紛争を防止するための「行動規範」に関して「交渉を迅速化して早期に結論をえるように」と求めた。
▲写真 全国人民代表大会閉会後記者会見に臨む中国の李克強首相(2020年5月28日) 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images
李首相はまた「南シナ海の平和は中国とASEAN各国の共通の利益である」と述べて南シナ海の問題は中国とASEAN各国の間の問題であることを強調して、「航行の自由作戦」などで海軍艦艇や空軍航空機などを展開する米英豪などの関与をはねつける姿勢を示した。
ASEAN首脳会議とそれに付随する一連の会議ではフィリピンのドゥテルテ大統領が南シナ海の「行動規範」の策定に関する話し合いは2016年にオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が下した「中国が主張する南シナ海の九段線とその囲まれた海域への中国の権利主張には国際法上の法的権利はなく違法である」に基づいて行われるべきだとの立場を主張した。
中国はこの裁定を「無効である」として一切無視する姿勢を現在も取り続けており、その強固な姿勢が各交渉に妥協点が見いだせない状態を生み出す元凶となっている。
これに対してASEAN会議初参加となった岸田首相は南シナ海で緊張を高める活動や法の支配に逆行する動きがみられるとしたうえで「インド太平洋を自由で開かれた海とすることは共通の利益だ。ASEANを含む各国と深刻な懸念を共有し強く反対する」と述べて中国を念頭にその動きに釘を刺した。
バイデン米大統領もホワイトハウスによると「国際ルールに基づく秩序に対する脅威」への懸念を表明して同じように中国をけん制した。
■ 依然として「波高し」の南シナ海
ASEAN加盟各国にとって中国は最大の貿易相手国であり、中国政府が進める「一帯一路」構想に基づく経済支援、インフラ整備協力、技術供与などで中国とは深い関係を維持している。
このため南シナ海問題では「主張すべきは主張する」という姿勢を示しながらも、同海域で米英豪なによる「航行の自由作戦」や日米豪インドによる「クアッド」、米英豪によるい「AUKUS」などの枠ぐみが中国と対峙することで緊張が高まることに懸念を抱いているのも事実である。
インドネシアやマレーシアのように米英豪インドなどによる南シナ海への関与が同海域での軍拡につながり、軍事的緊張を高め情勢の不安定を招来するとして危険性を懸念する声がでているのだ。
このように南シナ海はASEANにとっては中国との間で「行動規範」策定を目指して協議中という懸案の海域だが、中国と米英豪などとの間では海洋権益、航行の自由などを巡って激しい「つばぜり合い」の現場となっており、「カールビンソン」や「かが」による共同演習が実施されるなど依然として「波高し」の海域となっている。
トップ写真:インドネシアでスンダ海峡を通過中米空母「カールビンソン」 (2017年4月14日) 出典:Photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Sean M. Castellano / U.S. Navy via Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。