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.国際  投稿日:2021/11/3

米原潜 衝突したのは未知の海山


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・米原子力潜水艦「コネティカット」、10月2日南シナ海で正体不明の物体と衝突。

・中国は、米英豪などの「航行の自由作戦」への批判をさらに強めることは間違いない

・ASEANは中国の一方的な海洋権益の主張には異論を唱えるという構図が改めて浮き彫りになった。

 

米海軍のシーウルフ級攻撃型原子力潜水艦「コネティカット」が10月2日、南シナ海で潜航航行中になんらかの正体不明の物体と衝突し、乗組員11人が負傷した事故の原因調査を進めていた米海軍当局は11月1日、衝突したのは海中の未知の海山である、との調査結果を発表した。

西太平洋とインド洋を管轄する米海軍第7艦隊は「これまでの調査の結果、コネティカットはインド太平洋海域の公海を航行中に海図に載っていない海山に乗り上げたことがわかった」とする声明を米CNNなどの報道機関に明らかにした。

米海軍の声明では事故が起きた詳しい海域や水深、海山の形状などに関する情報を明らかにしていないが、事故発生当時から米海軍は「別の潜水艦との衝突の可能性は低い」として、南シナ海で神経戦を繰り広げる中国海軍の潜水艦ないし海軍艦艇など他国の艦艇などとの衝突の可能性をほぼ否定する立場を示していた。

このため「コネティカット」が衝突したのは投棄されたコンテナや放置された沈没船、さらに水上艦艇の曳航物の残骸、クジラなどに加えて海図に記載されていない小さい海山など自然物の可能性が指摘されていた。(参考=10月17日「米原潜不明物体と衝突、南シナ海波高し」)

「コネティカット」は衝突後は浮上航行してグアム島にある米海軍基地に向かい、事故原因の調査と修理、負傷者の治療などを行っており、負傷した11人については命に別状はないことが伝えられていた。

■ 音源頼りの潜水艦には難しい海域

「コネティカット」は1998年の就役だが、潜航中に周囲の状況を把握する「ソナーシステム」に関しては常にバージョンアップして最新の機器を装備している。

このため潜航中の衝突事故という今回の事故で未知の海山との衝突が明らかになったことで、「ソナーシステム」の探知能力などの問題点を検討する作業と同時に海山など海底、海中の自然物の状況を記録した海図の精度、更新の必要性が今後の課題として浮上してくることになる。

潜水艦の専門家などによると南シナ海は海上交通の要衝で一般船舶や商用タンカーに加えて沿岸各国の漁船が多数航行しており、海底の地形も複雑で変化することもあり、潮流、水温などによる「ノイズ(騒音)」も多く複雑とされている。このため潜航中は「音源」だけが頼りとなる潜水艦にとっては「航行の極めて難しい海域」といわれている

特に南沙諸島周辺海域では海底の地形などの調査も十分に行われていないのが実状で今回のような未知の海山との衝突も「ありえない状況だった」という。

海域は異なるが2005年には米潜水艦「サンフランシスコ」がグアム島南方約500キロの海域で海山にフルスピードで衝突して乗組員1人が死亡、24人が負傷する事故も起きている。

■ 中国の権益主張で依然波高し

今回の海軍の調査報告書は第7艦隊のカール・トーマス司令官に提出され「事故の説明責任を含む事後措置が適切かどうかを検討する」ことになるという。

事故発生直後から中国は事故への懸念を表明して「事故の詳細状況を明らかにする必性がある」と米側に詳細な情報開示を求めてきたが、米側は「衝突によるコネティカットの原子力推進装置などの損傷、冷却水の漏洩などはない」などと説明してきた。

ただ中国にしてみれば事故の発生場所の詳細な情報が米側から明らかにされていないものの、中国が一方的に海洋権益を主張する南シナ海の大半をカバーする「九段線」の中で事故が起きたものとみて、米英豪などの海軍艦艇や潜水艦、空軍機による国際法に従った「航行の自由作戦」への批判をさらに強めることは間違いないとみられている。

10月26日から28日にかけてオンラインで開催された東南アジア諸国連合20 × 20(ASEAN)首脳会議日米中豪なども参加した東アジアサミットでも、南シナ海の中国による海洋権益一方的主張の問題は議題として取り上げられた。

▲写真 オンラインで東アジア首脳会議(EAS)に出席する岸田文雄総理大臣(2021年10月27日) 出典:首相官邸

会議で中国は「南シナ海での行動規範の交渉を迅速化し早期の結論に向けて努力する」ようにASEAN各国に求めてあくまで南シナ海の問題は「中国とASEANの問題である」との立場を示し、米英豪インドなどの「干渉」を牽制した。

これに対し中国との間で南シナ海で領有権問題を抱える加盟国もあるASEANは基本的に「国際法に基づく自由で開かれた海域」であるべきだとの考え方から中国の一方的な海洋権益の主張には異論を唱えるという構図が改めて浮き彫りになったばかりだった。

依然として南シナ海の「波高し」という状況は続いている。

トップ写真:横須賀に到着した原潜「コネティカット」(2021年7月31日) 出典:US Navy Photo/USNI NEWS




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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