岸田政権へのアメリカの反応は その4 核廃絶と核抑止の矛盾
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米の「核の傘」の下にありながら、核兵器廃絶を目指す岸田氏の主張は矛盾をはらんでいる。
・矛盾が続けば、米国内で日本防衛を疑問視する声が生まれる恐れ。
・日本の核抑止について、より広範な選択肢を検討すべきとの意見も。
さて岸田氏の首相としての政策へのアメリカ側の反応に報告を戻そう。
前述のプレストウィッツ氏は以下の言葉をも述べた。
「岸田氏は『国民の所得倍増』というスローガンをも掲げたが、経済政策的にはあまりに非現実的だ。さらに『中国との安定した関係』というのも、中国の無謀、無法な行動を抑えることなく現状を受け入れるようにも受け取れるので、真意がわからない。アメリカ側の反応は当惑だといえる」
岸田氏の新首相としての言動に対してはアメリカ側では他にも手厳しい論評が出た。
ジョージタウン大学東アジア言語・文化学部のケビン・ドーク教授が私のインタビューに応じて述べた見解を紹介しよう。
ドーク教授は日本での研究や教育の年月が長く、日本の歴史や政治をも研究の専門領域とする学者である。ジョージタウン大学では学部長を務めたこともある。
▲写真 ジョージタウン大学東アジア言語・文化学部ケビン・ドーク教授 出典:ジョージタウン大学
ドーク氏はまず岸田氏の核兵器廃絶の主張への疑問を提起した。
岸田氏は「核兵器のない世界へ」という自著でも核兵器の全廃という主張を展開している。広島出身の政治家としては十分に理解のできる主張ではあるが、日本の防衛はアメリカの「核の傘」の下にある。
アメリカが同盟国への第三国からの核の攻撃や威嚇に対して自国の核兵器の威力を発揮して、抑止するという「拡大核抑止」の庇護下に日本はみずからをおくという国家安全保障の選択肢を選んできたのだ。
その日本の首相がアメリカの核兵器を含めていまの世界からすべての核をなくしてしまえと主張することには明白な矛盾がある。
アメリカ側からそのあたりの批判的な指摘が出てくるのは自然だといえよう。
▲写真 核不拡散条約の運用検討会議に参加する岸田氏 (2015年4月27日) 出典:岸田文雄氏 公式Facebook
ドーク氏の意見は以下のようだった。
「日本国民の広島、長崎での被爆体験からの核兵器に対する過敏な拒否反応や岸田首相のその点への配慮は十二分に理解できる。しかし現在の日本は核兵器を保有した中国や北朝鮮が多様な軍事攻勢をかけてくることに対してどのように自国の平和や独立を保つのか、核兵器による抑止をみずから一方的に放棄しても安全なのか」
「最悪なのは日本が建前として公式に核兵器全廃を唱えながら、実態としてアメリカの核戦力に依存するという状態の継続だろう。いま海外での軍事責務を減らそうという流れの強いアメリカでは国民の一部が日本のそうした矛盾や偽善の構えに気づき、それではもう日本防衛を止めようと主張し始める可能性もある」
「アメリカ国内でもアフガニスタンからの撤退の失態後、戦争をも辞さないという潜在敵国に対して、こちらが一方的な軍縮などの後退を続けることで戦争や侵略を防げるのか、という議論がいま広がっているのだ。日本は中期、長期の自国の安全を考えれば、核抑止に関しては自国の核保有という極端な可能性をも含めて、あらゆるオプションを政策議論の範疇に留めておくことが健全だと思う」
日本では率直かつ現実的な議論が難しい核兵器と国家防衛という課題についてドーク氏の以上のような見解はアメリカ側では常識的な路線といえるだろう。
とくにアメリカの一般国民にとってはアメリカの核戦力の抑止効果を同盟国としての国家防衛の柱に取り込むことを宣言している日本の首相がその一方で核兵器の無条件の全廃を説く、というのでは奇異に映ることも自然だろう。
**この報告は月刊雑誌『正論』の2021年12月号に掲載された古森義久氏の論文の転載です。
トップ写真:広島平和記念公園を訪問する岸田氏(2020年10月18日) 出典:岸田文雄氏 公式Facebook
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。