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.国際  投稿日:2023/7/25

「中台戦争2027」(上)ロシア・ウクライナ戦争の影で その1


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・「ロシアの崩壊は時間の問題」との見方に安易に与する気になれない。

・中国が台湾に侵攻する事態はひとまず遠のいた可能性がある

・米では「2027年までに中国が武力侵攻する可能性」が取り沙汰されている。

 

ロシアのプーチン政権について「終わりの始まり」であろう、との報道を目にするようになった。6月10日頃からウクライナ軍が反転攻勢に転じ、2014年以来ロシアが実効支配していたクリミア半島を含め、全ての領域からロシア軍を駆逐するという戦略目標を世界に向けて明らかにした。

その後1ヶ月あまり経つわけだが、英国国防省などの分析によれば、支配地域の奪還は遅々として進まず、地域によっては兵力の損耗がロシア軍のそれを上回っているという。

6月23日には、ロシア側の準軍事組織「ワグネル」がプーチン政権に対して反旗を翻したが、これについては項を改める。

くだんの反攻作戦が発動されたのは、西側諸国から多数の戦車や装甲戦闘車両がウクライナに供与され、一通りの習熟訓練を終えたからであるが、その間にロシアは、ウクライナ軍が進撃してくるであろう地域に、英国防省筋の表現を借りれば「常識では考えられない密度で」対戦車地雷を埋設し、進撃速度を遅らせることに成功したようだ。

今後は攻守ところを変えることになるのだが、前述のようにウクライナ側が地雷に手こずっている間に、ロシア側は防御陣地網の整備に余念がない。ロシア軍と言うと、未だにソ連邦地上軍のイメージが強く、戦車の大群を投入してくるイメージがあるが、実際は、深い塹壕を巡らした陣地にこもり、周囲に地雷から長距離砲までを配置して、攻防の焦点に火力を集中する「機動防御」こそ、もっとも得意とするところであるようだ。

現代のような、ハイテク兵器全盛の様相を呈する戦場において、20世紀の戦争の教訓がどこまで参考になるものか、心許ない面もあるのだが、日露戦争、そして二度の世界大戦において、

「陣地にこもったロシア兵は滅法強い」

という評価が確立されたことは、記憶に留めておいた方がよいだろう。

米国バイデン政権が、多数の子爆弾をばらまいて広範囲を一挙に制圧できる「クラスター爆弾」をウクライナに供与したのも、ロシア軍の機動防御の前には、ドイツ製レオパルト2や米国製M1エイブラムスといった、優れた戦車を揃えた現在のウクライナ軍でも苦戦を強いられるのは必至、との判断があったものと考えられる。

ちなみに、このクラスター爆弾については、英国やカナダなど複数の同盟国が懸念を示していた。前述のように多数の子爆弾をばらまくのだが、その子爆弾の不発率が意外に高く(最大30%近いとのデータまである)、地雷と同様に、戦闘が終結した後までも民間人の脅威になり得るのだ。

このため、日本を含む世界100カ国以上が使用禁止条約を締結しているが、米ロとウクライナは、いずれも批准していない。

つまり、一部で言われるような「ロシアの崩壊は時間の問題」といった見方に安易に与する気にはなれない。プーチン大統領の身になにかが起きるとか、突発的な事態はもちろん考えられるし、それ以上に「核の脅威」は依然として残されているのだが。

一方で、台湾海峡では中国による軍事的挑発が繰り返され、緊張が高まっている。

中国の習近平国家主席が、台湾海峡の正面に布陣する東部軍管区の施設を訪問し、

「戦争に備えよ」

などと訓示したことも大きく報じられた(7月6日)。

もともと昨年2月末にウクライナで戦端が開かれた当初から、

「次は中国による台湾侵攻ではないか」

といったことが取り沙汰されてきた。

これにもっとも敏感に反応したのは、言うまでもなく台湾で、蔡英文総統は昨年12月27日、18歳以上の男子に課している兵役を、現在の4ヶ月から1年に延長すると決定した。実施は来年からで、2005年1月1日以降に生まれた男子が対象になる。

ひとつ間違えば多数の人命が失われる事柄なので、競馬の予想屋じみた話をするのは気が進まないのだが、ロシアによるウクライナ侵攻との関係で見るならば、中国が台湾に侵攻するという事態は、むしろひとまず遠のいた可能性があると思う。

今さら「たら、れば」を持ち出すのも、やはり気が進まないが、もしもロシアが電撃戦を成功させ、4日間でキーウを占領し、ウクライナのゼレンスキー政権を打倒していたならば、中国共産党の情勢判断にも大きな影響を与えただろう。

ちょうど第二次世界大戦の初期に、ナチス・ドイツ軍が電撃戦でポーランドやフランスを席巻したことを知った旧日本陸軍が、

「バスに乗り遅れてはならない」

などと言って政府を突き上げ、日独伊三国同盟の締結に動いたように。

しかしながら、ウクライナでの戦役をめぐって現実に起きたのは、軍民あげての激しい抵抗に加え、米国などから供与された兵器のおかげで電撃戦は頓挫し、その後は戦争の泥沼化によってロシア経済が疲弊する一方、という事態であった。

永世中立国を宣言していたスウェーデンや、ロシアと国境を接して、緩衝地帯でもあり交流の拠点でもあるという位置づけだったフィンランドがNATOに加盟するという「オウンゴール」と称される事態まで起きている。

これらを目の当たりにした中国共産党が、

「台湾への武力侵攻は世界を敵に回す結果を招き、経済面から考えてもデメリットの方が大きい」

との判断を下すに至らない、とは考えにくい。

ならば、習近平国家主席の訓示はどういうことか、と言われるかも知れないが、恒例の「新年の挨拶」においては、従来繰り返してきた「完全統一」という表現すら封印し、

「両岸(中国と台湾)は家族であり、幸福のためともに歩むべき」

などと語った。

これは、2024年1月に総統選挙が行われることから、台湾の民衆に対して、

「中国を敵視するのではなく、関係改善を目指した方が平和、安定、発展につながる」

と呼びかけるのが本意であったと見られている。

建国以来の悲願である台湾統一を諦めることはないが、統一を急ぐあまり国際社会を敵に回リスクを冒すとは考えにくく、まして丁半バクチのような軍事的冒険に打って出る可能性は、一段と低いのではないか。

ただ、米国の見方はやや異なるようで、

「2027年までに中国が武力侵攻する可能性」

が取り沙汰されている。

これについては、次回。

(その2につづく)

トップ写真:台湾の女性予備役の訓練の様子(台湾・桃園 2023年5月9日)出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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