ウクライナへの軍事支援に思う(上)オワコン列伝 その5
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ロシアの戦車が携帯用対戦車ミサイルによって大打撃を受けた。
・NATO諸国が「戦車はオワコン」と考える風潮は無視できない。
・しかし、戦車が「オワコン兵器」かどうかは地形や脅威の形態、戦略による。
2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻は開始からちょうど1年となった。
はなはだ遺憾なことながら、双方に事態を早期に収束させるべく交渉すべき、という意思は見られず、先行きは未だ不透明である。
中国が停戦の呼びかけを行ったが、具体的な期限や条件は示されず、NATO事務局は、「中国はもともと信用できない」とのコメントを発表した。
昨年、ひとつの解決策として『最後は中国カードもあり得る』と題した記事を寄稿したが、やはりNATOは、ウクライナへの軍事支援を通じて、真綿で首を絞めるようにロシアを追い詰めて行こうという戦略が、成功裏に進んでいると自信を深めているのだろうか。
今年に入ってから、新たに新型戦車の供与が相次いでいる。ゼレンスキー政権はともかくウクライナの一般市民の身になれば、本当に必要なのは戦車ではなく和平実現に向けた努力だと私は考えるのだが。
これについては、粘り強く訴え続けて行くことしか私にはできないので、今次は、ウクライナでの戦いが各国の軍備・戦略に与えた影響について考察したい。
まずは戦車だが、当初ロシアの戦車が、米国から供与されたジャベリンなど、携帯用対戦車ミサイルによって大打撃を受けたことから、戦車を「オワコン兵器」だと見なす論調も見られた。
わが国でも財務省の一部から、防衛予算を巡る論議の中で、
「1輌数億円の戦車が、1発2000万円のミサイルにやられるのでは帳尻が合わない」
との声が聞かれたことは未だ記憶に新しい。
しかしそれなら、どうしてNATOは大量の新型戦車をこのタイミングでウクライナに供与したのか。
これについては、逆に、どうして今まで供与しなかったのか、と考えてみるのがよい。
すでに多くの映像が流れているが、前述のようにロシア戦車が対戦車ミサイルなどによって片っ端から破壊された事実は隠しようもなく、これがロシア兵の士気を大いに損ねたことは想像に難くない。
逆もまた真なりで、ロシアの対戦車ミサイルもかなり優秀であるから、西側の自慢の戦車が破壊される映像が流れるのは御免こうむりたい、という理由がひとつ。
もうひとつ、ウクライナも旧ソ連製の戦車をもっぱら使用してきたわけだが、ほぼ全てのモデルに自動装填装置がついていて、車長・砲手・操縦手の3名で運用が可能である。
しかし西側の戦車には、一部の例外を除いて自動装填装置がなく、装填手を訓練する必要がある。また故障などの結果、ロシア側に鹵獲されたりすれば、貴重な機密が漏れてしまう。
以上を要するに、このタイミングでの供与は、ウクライナが大量の新型戦車を投入した場合、ロシア側には、これを打ち破る力は残されていない可能性が高い、との判断だろう。
さらに言うなら、NATO諸国において「戦車はオワコン」と考える風潮は、今や無視できないものになってきている。
たとえば米国海兵隊は、戦車大隊を廃止してしまったし、オランダ陸軍に至っては戦車部隊そのものが廃止されようとしている。
一方で、ウクライナと、今やロシアの数少ない同盟国であるベラルーシと国境を接するポーランドは、ロシアの機甲戦力は未だ脅威であると考え、韓国製K2戦車を、ライセンス生産分も含めて1000輛も調達すると発表した。
米国海兵隊が戦車大隊を廃止したと述べたが、これはもっぱら緊急展開能力との兼ね合いで、ゲリラや民兵相手に有効な、重量30トン程度の軽戦車の開発もすでに始めている。
K2戦車に話を戻すと、アジアで開発された戦車としては初めてヨーロッパで採用されたことになるが、その理由もまた、重量55tと同世代の戦車の中では軽量で、水深4メートルの河川を潜水徒渉出来る能力もあり、ポーランド東部の地形やインフラに適合しているからであったと聞く。
つまり、戦車が今も「陸戦の王者」なのか「オワコン兵器」なのかという判断は、地形や予測される脅威の形態、その脅威に対抗する戦略によって変わってくるに過ぎない。それを言い出すと、あらゆる兵器が基本的に同じなのだが。
わが国の場合はと言うと、戦車がオワコンだとは言い切れないまでも、巨額の税金を投じて多数を揃える必要性があるか、疑問である。少なくとも、優先順位はあまり高くないと断言できる。
これは私や清谷信一氏が、これまで色々なところで述べてきたことで、日本列島のように長い海岸線を持つ国土の防衛を戦車に頼ろうとすれば、膨大な数を揃えなければならなくなり、必ず無理が生じる、という問題がひとつ。
わが国と同様、長い海岸線を持つイタリアは、時速100キロ以上で機動できる装輪装甲車に力を入れている。最新のチェンタウロ2というモデルは、8輪駆動の車体にK2を含む西側第三世代の戦車と同等の120ミリ砲を装備し、世界を驚かせた。ちなみにロシアも、多数の装輪装甲車を開発しているが、イタリア製の高性能ぶりに着目してライセンス生産に乗り出し、すでに一部はウクライナ近郊に姿を見せたと聞く。
いまひとつの問題は、前述の財務省筋のコメントとは方向性が異なるものの、やはりコスト・パフォーマンスの問題は無視できない、ということ。
戦車は値段(=調達価格)が高いだけでなく、運用コストやメンテナンス・コストも大変で、限られた予算の中では、どこかにしわ寄せが来ることは避けがたい。
自衛隊の宿舎が老朽化しているとか、個人装備が世界水準に達していない、という問題を取り上げて、防衛費の増額を訴える根拠にするような記事が、マスメディアでは主流になりつつあるが、これまでの予算の使われ方をまともに検証せず、増税してでも防衛費の増額を、というのは、まったく感心しない。
戦車と並んで論議の的となっているのが、攻撃ヘリコプターだ。
対戦車ミサイルなどで武装したヘリだが、新たな防衛力整備計画においては、既存の武装ヘリコプターは廃止して、ドローンなどに置き換えるとしている。
これもウクライナでの戦いで、ロシア軍自慢の攻撃ヘリが、携帯用地対空ミサイルによって多数撃破されたことが影響しているらしい。
これについても戦車と同様のことが言えるので、またまた韓国を引き合いに出すと、既存の米国製ヘリの後継として、国産の新型ヘリを鋭意開発中である。
たしかにウクライナのような開けた地形では、航空機としては遅く飛ぶヘリは、容易に対空火器の餌食になりやすいのだが、山がちな朝鮮半島のような地形では、ゲリラの掃討から味方の救難まで、武装ヘリはまだまだ有用だという判断があり得るのだ。
次回、本当のオワコン兵器と言うか、禁じ手とするべき兵器について語りたい。
トップ写真:ベルギーの防衛会社OIPで大量に備蓄されている「レオパルト1」。同社はウクライナへの売却を望んでおり、複数の政府と交渉中としている。(2023年2月)出典:Photo by Thierry Monasse/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。