無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/1/2

バイデン外交の回顧と展望 私の取材 その4 硬軟まだらの対中姿勢


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・バイデン政権のアジア政策は中国への対処に最重点。前政権の「自由で開かれたインド太平洋」を継承。

・しかし、対中「対決」「対立」「抑止」の語はほとんど使わず、「競合」と「協力」を同時に用いる「まだら外交」。

・バイデン政権の「軍事軽視」で、中国の軍事面の態度が変化。中国はアメリカを軽視、恐れなくなったのではないか。

 

これまでバイデン外交の不安定要因を説明してきた。

こうした状況を踏まえ、バイデン政権のアジア政策の現状と今後の展望について述べたい。

バイデン政権のアジア政策の中心は対中政策である。中国への対処に最重点を置いている。大統領に直属している国家安全保障会議(NSC)、国務省、国防総省、CIAなど、外交、安全保障に関わる組織の構成を見ても、中国を担当する人員が非常に多い。

トランプ政権時代には約300人だったNSCの人数が、現在は約370人に増加された。トランプ政権が連邦政府の機構を削減していたのを、バイデン政権がもとに戻したのだ。

NSCに新設されたインド太平洋調整官には、日本でも比較的知名度が高いカート・キャンベル氏が就任し、中国政策などを統括していくことになった。

▲写真 カート・キャンベル米NSCインド太平洋調整官 出典:Junko Kimura/Getty Images

また、NSCの中国担当上級部長には、ローラ・ローゼンバーガー氏と、ブルッキングス研究所出身のラッシュ・ドーシ氏が就いた。アメリカでは学者の党派性も極めて強く、ローゼンバーガー氏は女性の民主党系の学者だ。一方、ドーシ氏はインド系の若手研究者だが、同様に民主党系の研究機関で働いてきた。

▲写真 ローラ・ローゼンバーガー氏(2018年8月1日) 出典:Photo by Mark Wilson/Getty Images

気候変動問題やハイテク問題についても、中国に対処するための担当部長が置かれるなど、バイデン政権では中国関連のスタッフが非常に増強されている。

当初のバイデン政権の対中政策は、意外なほどトランプ政権の政策を継承していた。

バイデン政権は、トランプ政権が使った「自由で開かれたインド太平洋」という言葉も使っている。「自由で開かれたインド太平洋」という表現は、もともと安倍晋三元総理が使い始めた言葉で、トランプ政権の政策のキーワードともなっていた。

バイデン政権は、共和党のトランプ氏への対抗意識があって、最初のごく短期間には「自由で開かれた」という言葉を使わなかったが、まもなくその言葉を使用するようになった。「自由で開かれた」という言葉には、自由ではなく、開かれていない中国の体制に対する反対だという意味が込められている。

バイデン政権は国際協調を重視して中国に対応しようとしている点では、トランプ政権との違いはある。とはいえ、自由民主主義とは異なる体制を広めていこうとしている中国を「アメリカあるいは国際社会にとって最大の競合国」と位置づけており、これは、トランプ政権の考え方と共通している。

しかし、バイデン政権の対中政策には、トランプ政権とは非常に大きく異なる点が少なくとも2点ある。

1点は、バイデン政権の政策標語である。バイデン大統領は「中国との競合」とは言うが、「対決」「対立」「抑止」といった言葉はほとんど使わない。しかも、「競合」という表現と同時に、「協力」という言葉を必ず用いている。

バイデン政権が中国との協力を必要としているのは、気候変動の分野だ。

バイデン政権は、軍事、政治、経済などの分野で中国を厳しく批判する一方、気候変動では中国と協調しようとしているのだ。気候変動担当大統領特使に任命されたジョン・ケリー元国務長官は独自に中国を訪問し、中国政府担当者と協議しているという。

▲写真 気候変動担当の大統領特使として中国とも交渉にあたるジョン・ケリー元国務長官(2021年12月8日) 出典:Chris J Ratcliffe/Getty Images

つまり、バイデン政権の対中政策には、競合する部分と協調する部分、硬軟が入り混じった、まだら外交という特徴がある。

もう一つのバイデン政権の対中政策の特徴は「軍事軽視」だ。トランプ政権時代には、史上最大の国防費増額を行ったが、その主要部分は中国に対する軍事的抑止が目的だった。弾道ミサイル、潜水艦、航空機などハードウェアの増大、強化によって中国を抑えようとしたのである。

トランプ政権の国家防衛戦略には「中国との戦争を防ぐ最善の方法は、中国と実際に戦争をして勝てる能力を持つことだ」と明確に書かれていた。日本では最も嫌われるような表現だが、トランプ政権は「アメリカの軍事力を増強し、相手との戦争に勝てる能力を保てば、相手は絶対に戦争を仕掛けて来ない。それによって戦争を防ぐことができる」という考え方に基づいて軍事力を増強した。

これに対して、バイデン大統領の姿勢は非常に穏やかだ。オバマ大統領に象徴されるように、もともと民主党リベラル派には「軍事軽視」の傾向がある。国際問題を解決する手段として軍事的手段を使いたくないという傾向だ。そのため、バイデン大統領は「米中冷戦ではない」とも発言している。

一方、中国は国際紛争を解決するために軍事力を行使することを厭わない国だ。実際の中国の行動がそれを証明している。例えば、中国はベトナムとの間の紛争も軍事力で解決した。1979年に鄧小平は「ベトナムを懲罰する」と宣言して、50万人の大軍をベトナムに侵入させたことがある。

このバイデン政権の「軍事軽視」という特徴が米中関係に微妙な変化をもたらしている。特に軍事面での中国の態度が変わってきており、台湾の防空識別圏にも頻繁に潜入するようになった。トランプ政権の時にはなかったことだ。

また、3月18日、19日の2日間にわたり、アメリカのアラスカ州で米中外交責任者会談が開かれ、中国側は王毅外相と楊潔篪(ようけつち)中国共産党中央政治局委員が、アメリカ側はブリンケン国務長官サリバン国家安全保障問題担当補佐官が出席した。その際、中国側は記者団の前で「アメリカこそ民主主義を弾圧している」とさんざんにアメリカを批判した。

共和党側は、「トランプ政権時代にはこうしたことは起きなかった」と語っている。バイデン政権になってから、中国はアメリカを軽視するようになり、アメリカを恐れなくなったのではないか。

(その5につづく。その1その2その3。全7回)

**この記事は公益財団法人の国策研究会の月刊機関誌「新国策」2021年12月号に掲載された古森義久氏の同研究会での講演の記録の転載です。

トップ写真:オンラインによる米中首脳会談(2021年11月15日 米ホワイトハウス) 出典:Alex Wong/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."