無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/1/5

国連予算と人権巡る大国の綱引き


植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

【まとめ】

・国連総会は、年末に31.2億ドルの2022年度通常予算を採択したが、人権に関する予算をめぐり米欧と中露が対立。

・対立の背景には、欧米の相対的地位や影響力の低下とその価値外交に対し、権威主義傾向を高める中露の挑戦がある。

・中露の人権に対する態度が国連の通常予算審議でも表面化していることは、国際関係がより不確実性を増している一つの具体的現れである。

 

国連総会は、年末に31.2億ドルの2022年度通常予算を採択したが、人権に関する予算をめぐって米欧と中露の対立が顕著に現れた。

ここ数年見られた人権をめぐる対立が国連においてもより表面化した背景には、国際政治における中国の台頭とロシアの復活があり、欧米の相対的地位や影響力の低下とその価値外交に対し権威主義傾向を高める中露の挑戦があると言える。

国連通常予算は、2020年度からそれまでの2年毎の予算から単年の予算に変更となった。これはアントニオ・グテレス事務総長の提案で、時事動く国際情勢により柔軟に対応するため国連予算をより機能的に運用しようとするものだった。

国連の活動が数年に渡る活動計画に基づいているため、予算を単年化することには懸念する声もあったが、事務総長の国連改革の一つの事業としての試みが受け入れられた。

前回2021年度予算審議の時には、シリアとミャンマーにおける人権侵害調査メカニズムの予算付けで中露の反対があった。

シリアへの人権調査メカニズムは、長期的となったシリア紛争に深く関与しているロシアが反対しており、これはシリアによる化学兵器使用疑惑解明のための国連とOPCW(化学兵器禁止機関)による調査団の活動を制限してきたロシアの思惑の延長線上にある。

ミャンマーの場合は、国連の人権問題での内政への干渉を嫌う中国が同様に国連による人権調査団には否定的だったが、

二つの人権調査メカニズムは、拒否権の行使ができない人権理事会で決議されていることからその設立には反対できなかった。

人権理事会は国連の一部であり、その予算は国連の通常予算に組み込まれていることから、中露は予算審議の段階でも抵抗したのだった。

▲写真 2021年9月22日、国連総会のサミットで講演を行うリンダ・トーマス-グリーンフィールド米国国連大使。 出典:Photo by Alex Wong/Getty Images

2022年度予算審議では、軍事クーデターで政権が変わったミャンマーの問題は大きくは取り上げられなかったが、シリアの人権調査メカニズムの予算では、ロシアが再度強行に反対した。

中国の場合、今度は国連の特別政務派遣団(Special Political Missions)に配置されている人権担当官ポスト予算に対し反対の意向を示した。特別政務派遣団は、国連PKO予算とは別に通常予算が主な財源となっているため、そこに組み込まれている人権担当官ポストも通常予算の対象となる。

グテレス事務総長は、国連の紛争予防や調停、平和構築活動での人権活動を重視しており、2022年度予算では、人権理事会の決定に基づいて人権に関する16の暫定ポストを正規のポストに格上げする提案をした。最終的に2022度通常予算は総会で承認されたものの、ロシアや中国などは人権関係の予算には留保を表明している。

ロシアも中国も国内での権威主義傾向を強めており、ロシアは2021年末に長年スターリン時代の人権侵害を調査し告発して評価を得ていたロシアで最も古い人権NGOのメモリアル・インターナショナルの閉鎖を命じた。スターリンの個人崇拝は後継者のフルシチョフによって弾劾されたが、ロシアの再台頭を狙い、憲法を改正して長期政権を狙うプーチン大統領は反体制派の民主勢力を圧迫してきており、人権活動を極端に制限して自らの個人支配をさらに強固にしようとしていることがその背景にある。

中国の場合には、習近平国家主席が自らの独裁体制と個人崇拝を確立させるべく国内の思想統制や人権抑圧を強めており、それは一国二制度を認めていた香港での民主化勢力の弾圧や新疆ウイグル族への人権抑圧につながっている。これら一連の動きに対し、特に米国が中国の人権政策を強く非難し、制裁措置を発出してきていることに対する中国の強い反発がある。

このようなロシアと中国の人権に対する態度が国連の通常予算審議でも表面化していることは、人権を保護、推進していこうとする欧米とこれを抑圧していこうとする中露の対立が国連というマルチ外交の場でも衝突しているだけではなく、国際政治の構造的変化を反映して、国際関係がより不確実性を増している一つの具体的現れだと言える。

トップ写真:2021年9月25日、ニューヨークの国連本部で開催された第76回国連総会でのロシアのセルゲイ・ラブロフ外相の演説 出典:Photo by EduardoMunoz – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."