ミャンマー、クーデター1年弾圧強化
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ミャンマーは、2月1日にクーデター1年を迎える。
・2月1日、首都ヤンゴンなどでは民主派の「沈黙の抵抗」によるゼネストで都市機能マヒの可能性。
・軍にえん戦気分蔓延、兵士の離脱、投降も相次いでいる。
2月1日にクーデター1年を迎えるミャンマーでは軍政と対峙する各都市の武装市民や国境周辺の少数民族武装勢力との間での戦闘激化が伝えられているが、無抵抗・非武装の一般市民への強権弾圧も増すなど軍政は治安安定を懸命にアピールしようとしている。
ミャンマーでは民主勢力の地下潜伏指導者が2月1日を「沈黙の抵抗」の日として午前10時から午後4時まで自宅に留まり、外出を控えるよう呼びかけている。商店は店を閉じ、事務所や会社には出勤することなく自宅に留まって軍政への「抵抗」を「沈黙」の形という一種の「ゼネスト」で訴えようという試みだ。
1日の午後4時には自宅などで一斉に拍手してこの抵抗運動を終えようとも呼びかけており、SNSなどを通じて広く反軍の立場をとる国民の間に広く浸透しているという。
こうした動きに苛立ちをみせている軍政は、「沈黙の抵抗」への参加予定の市民に対して「民主派勢力によるプロパガンダである運動への参加者に対してはテロ対策法や扇動罪での逮捕、訴追も辞さない」と強硬姿勢を見せており、すでに2月1日に閉店を予定している商店主や営業中止を案内した事務所や会社などのビジネスマンなど摘発に乗り出しているという。
▲写真 軍によって撃たれて死亡した20歳のアウンザイミンの葬儀で、悲嘆にくれる母親(2021年3月27日、ミャンマーのヤンゴンで) 出典:Photo by Stringer/Getty Images
■ 難民に対しても強硬姿勢
1月7、8日にミャンマーを訪問して軍政トップのミン・アウン・フライン国軍司令官と会談したカンボジアのフン・セン首相に対して、軍政は少数民族武装勢力との間で一方的に停戦を表明する一方で民主勢力の武装市民組織である「国民防衛隊(PDF)」などに対しては徹底的に弾圧する姿勢を改めて表明した。
「武装勢力とテロリストは異なる」との姿勢を明確にしている軍政だが、少数民族武装勢力との戦闘は継続しており、各地で犠牲者は増加、停戦表明があくまで軍政による一方的な「和平姿勢アピール」のプロパガンダに過ぎなかったことが浮き彫りとなっている。
東部カヤー州では少数民族武装勢力「カレンニー国民防衛隊(KNDF)」と軍による1月初めからの空爆を含めた戦闘で、一般市民約20万人が難民化していると反軍政の独立系メディア「イラワディ」などは伝えている。
戦闘を逃れるためにタイとの国境付近やジャングル地帯に多くの市民が避難しており、州都ロイコーやデモソなどの都市では人口が急減しているという。
こうした一般市民の難民に対しても軍政は食料や医薬品、生活支援物資などを支援する組織の輸送を妨害するなどして圧力を加えており、難民は食糧難と深刻な健康不安に直面するなど新たな人権問題となっている。
こうしたことから軍政による「武装市民はテロリスト」として徹底弾圧を続ける一方で、非武装・無抵抗の一般市民や避難民などに対しても強権弾圧を続けるという「ダブルスタンダード」が露呈する状況となっており、国際的な人権団体などからの非難が強まっている。
■ 軍・警察内に厭戦気運広がる
中部サガイン地方域のカニ郡区で1月27日に軍と武装市民組織PDFの戦闘員による戦闘が発生、PDF側によると軍兵士20人が死亡したという。また26日にはチャンタルス村の河川に展開していた軍の舟艇をPDFが攻撃して兵士15人を殺害したと「イラワディ」に明らかにしている。
こうした軍とPDFや少数民族武装勢力との戦闘が各地で激化するなか、軍兵士による軍の離脱、投降も相次いでいるという。
これまでに軍、警察を「市民に銃口は向けられない」として離脱、投降した兵士や警察官は少なくとも1500人に上っていると独立系メディアなどは伝えている。西部では国境を越えてインド側に逃れた警察官とその家族約300人の強制送還を軍政はインド政府に呼びかける事態ともなっている。
こうした動きは国営メディアでは一切伝えられてはいないが、軍内に無抵抗・非武装の一般市民への強権弾圧やPDFやその支持者への焼殺や斬首といった残虐行為に反発して、厭戦思想や反軍気運が起きていることを示しているといえるだろう。
こうした中で迎える2月1日のクーデター1年を軍政はなんとしても国内治安の安定を内外にアピールしようとしているが、軍政に抵抗を示す武装市民や少数民族武装勢力は各地で攻勢を強め、一般市民は「沈黙の抵抗」で反軍政の強い意志を示そうとしている。
2月1日にヤンゴンなどの主要都市では「沈黙の抵抗」に共鳴し、支持する市民による実質的なゼネラルストライキの呼び掛けで都市機能が大規模にマヒすることが予想されており、これに対して軍や警察がどこまで強権弾圧を行使するのかが最大の注目となっている。
ミャンマー問題で調停・仲介に乗り出している東南アジア諸国連合(ASEAN)や経済制裁で軍政に圧力をかけている欧米社会、さらに軍政をバックアップしている中国など国際社会が固唾を飲みながら2月1日を迎えようとしている。
トップ写真:ミャンマー軍とミャンマーのカレン州レイケイカウでのカレン民族同盟(KNU)との戦いにより、4,000人以上がタイとの国境を越えたタイとミャンマーの国境で難民化している(2022年1月1日、タイとミャンマーの国境にあるメーソート地区モエイ川) 出典:Photo by Sirachai Arunrugstichai/Getty Images
【訂正】2022年1月29日
本記事(初掲載日2022年1月29日)の本文中に間違いがありました。お詫びして訂正いたします。※本文では既に訂正済み
誤:東部では国境を越えてインド側に逃れた警察官とその家族約300人の強制送還を軍政はインド政府に呼びかける事態ともなっている。
正:西部では国境を越えてインド側に逃れた警察官とその家族約300人の強制送還を軍政はインド政府に呼びかける事態ともなっている。
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。