偵察総局元大佐キム・グッソン氏が語る北朝鮮 第3回 張成沢処刑と金正男暗殺の背景
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・金正恩は、強力な人脈を持つ張成沢を恐れ、ありもしない罪名を着せて張成沢を処刑した。
・北朝鮮の首領独裁と他の独裁との違いは、最高指導者から危険と見なされたら即「処刑」につながるところ。
・北朝鮮のレジームチェンジは、韓米同盟強化による『斬首作戦』で行うしかない。
1)金正恩は張成沢を恐れていた
キム氏によると、張成沢(チャン・ソンテク)は金正恩が小さい時から家族の一員として暮らしていたために、金正恩を義理の甥として対応し、家族の間では「正恩」と呼んでいたようだ。当時北朝鮮では「張成沢」の名前は「金正恩」よりもよく知られていたという。
キム氏は「金正恩は自身が権力を握ったあと、強力な人脈を持つ張成沢を恐れた。張成沢に権力を奪われるのではないかとの恐怖心にかられて、ありもしない罪名をかぶせて処刑した(2013年12月)。しかし張成沢には金正恩の権力を奪おうとする野心はなかった。これで幹部たちは驚愕し震え上がった」と話した。
また「韓国では張成沢を処刑したのは国家保衛部だというのが定説となっているが、張成沢を処刑したのは国家保衛部ではなく、組織指導部内本部党直属の保安部署である『チャングァン(蒼光)保安処』だ」と述べた。
そして「金氏3代で最も残忍なのは金正恩だ。金正恩が残忍になるのは、その性格からくるのだが、人脈がないことでいつも不安の中にいることも関係している」と付け加えた。
人脈のない金正恩は、自身の地位に対する不安から、絶えず幹部たちに対する粛清・処刑を繰り返すとともに、党と軍幹部の人事異動を頻繁に行っていると指摘した。人事異動については、「北朝鮮では軍総参謀長であれ党政治局常務委員であれ、根がなければいつでも飛ばされる」と語り、「内閣総理は『道端の電信柱』と言われ、最高幹部はガラスの上に立たされている」と明らかにした。
2)金正男の暗殺
キム氏は、金正恩の兄金正男(キム・ジョンナム)暗殺の背景についても、韓国で流されている「金正恩権力への挑戦説」を否定し、「金正恩が金正男を暗殺(2017年2月13日)した動機は、国際的威信の低下だ。韓国で言われているような金正恩権力への挑戦ではない」と語り、「2012年に私(キム・グッソン)が計画し、偵察総局19課が実行した」と明らかにした。常設のテロ専門集団として組織された19課は、2011年1月9日に金正恩の指示で組織されたので19課と呼ばれるようになったという。
写真)2001年5月1日に偽造パスポートを持って日本に入国し、国外追放され、中国に送還される金正男容疑者 2001年5月4日 東京・成田国際空港
出典)Photo by Yamaguchi Haruyoshi/Corbis via Getty Images
そしてこのテロ集団を指揮しているのは、韓国に亡命したイ・ハニョン(金正男の母方の叔父)暗殺(2007年)を実行したリ・ヨンヒとういう人物で、彼はイ・ハニョンを暗殺したことで平工作員から対外連絡部2課の課長にまで大出世したが、その後増長して不正を働いたために、党を除名され一時江原道の炭鉱に10年間追放されていたとのことだ。
ところが、暗殺部隊19課の新設で呼び戻され、九死に一生を得ただけでなく、課長の地位まで与えられ、金英哲(キム・ヨンチョル)直属となったという。
この19課は、その任務の重要性から顧問職を置いたのだが、その顧問は他でもない「ラングーン爆破事件」(1983年)時の35号室副室長ホ・ギョンギだと明らかにした。彼が所属していた作戦部傘下の715連絡所(沙里院)も19課に編入されたと話している。
金正男暗殺を実行したのは、一部で指摘されていた国家保衛部ではなく、偵察総局19課が実行部隊だったのである。また書記室が動いたとの説もあるが、書記室は権力行使の権限がないので、それも間違いだとした。
キム氏は、金正恩総書記のもう一人の兄金正哲(キム・ジョンチョル)についても韓国で誤った情報が流されているとし、一部で報道された金正哲を中心にした上級幹部2世たちの集まり「ポンファ(烽火)組」も「実体のない組織」だと明らかにした。
キム氏は「金正哲は人にも会えず、社会と完全に断絶された人生を送っている」と語り「ポンファ組は偵察総局傘下で、金正日の安全と健康を専門に研究・支援する『ポンファ研究所』が間違って伝えられたものだ」と語った。
3)経済制裁で金正恩政権は倒れない
キム氏は、金正恩が義理の叔父・張成沢を処刑し長兄金正男を暗殺した背景を語る中で、「経済制裁やチャンマダン(市場)の拡大だけで金正恩政権は崩壊しない。それは何百万人が餓死しても、金正恩が良心の呵責を覚えないからだと述べ、また北朝鮮はすでに「奴隷国家」となっているために経済的圧迫だけでの政権崩壊はないだろう」と強調した。
そして「北朝鮮の首領独裁と他の独裁との違いは、最高指導者から危険と見なされたら即「処刑」につながるというところにある。それで人々は反抗できずに奴隷化する」と語った。
キム氏は「韓国を含めて西側諸国は、経済が困窮すれば政権が崩壊すると考えているが、それは普通の国に対する国家観だ。北朝鮮の首領独裁を普通の国家観で見てはいけない。韓国では労働新聞や北の宣伝物を読んで、語句を一つ一つ取り上げ大騒ぎしているが、それも滑稽なことだ」と、西側の常識、自由民主主義国家の常識で北朝鮮を分析してはいけないと警告した。そして「北朝鮮のレジームチェンジは、韓米同盟強化による「『斬首作戦』で行うしかない」との考えを示唆した。
(第4回「金正恩の対韓工作と対米戦略」に続く。第1回、第2回。
トップ写真)張成沢が処刑されたというニュースを映すテレビニュース 2013年12月13日 韓国ソウル
出典)Photo by Han Myung-Gu/Getty Images
訂正:
タイトルに以下の間違いがありましたので訂正しました。(2021年1月23日23時15分)
誤:第3回 張成沢処刑と金正恩暗殺の背景
正:第3回 張成沢処刑と金正男暗殺の背景
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統