ウクライナの「フィンランド化」?
村上直久(時事総研客員研究員、長岡技術科学大学大学院非常勤講師)
「村上直久のEUフォーカス」
【まとめ】
・マクロン仏大統領、ウクライナの事実上の中立化を意味する“フィンランド化”を提案。
・プーチン露大統領が最も恐れているのは、ウクライナのNATO加盟ではなくEU加盟。
・NATOとロシアの対立の背景には、EUの浸透力が強まっている状況がある。
ロシアによる軍事侵攻の懸念が高まり、ウクライナ情勢が緊迫するなかで、米欧とロシアの首脳らによる協議が散発的に続いている。フランスのマクロン大統領もその一人だ。同大統領は事態の打開策の一環として、ウクライナの事実上の中立化を意味する“フィンランド化”を提案した。しかし、ウクライナはこれを拒否している。
今回の危機に関連して、ロシアはEUの拡大については言及していないようだが、米紙ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、トマス・フリードマン氏は同紙に、ロシアのプーチン大統領が最も恐れているのは、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)への加盟ではなく、同国の西欧化が進み、EU加盟が実現することだとの見方を示した。
■ 駐日大使はフィンランド化を否定
フィンランドは国境を接する強国ロシアによって1809年から1917年まで支配された。第二次世界大戦ではフィンランド軍はソ連赤軍の攻撃に対して数カ月間、持ちこたえ、ソ連による占領は免れたものの敗北。国土の12%を割譲した。大戦後は、中立を国是としつつ、1948年には西側の国では唯一、ソ連と友好協力相互援助条約を結んだ。これはフィンランド化に道を開く苦肉の策だった。
フィンランド化は同国の政治プロセスに旧ソ連が過大な影響力を及ぼすことを認めることによって、フィンランドがソ連による占領を免れ、独立した民主主義国家として存続することを可能にした。旧ソ連の崩壊を受けて友好条約は失効。冷戦後の1995年には欧州連合(EU)に加盟。EUの共通外交安全保障政策の枠組みに入ったことにより、フィンランド化の状態は終わった。
フランスのマクロン大統領は2月初めにモスクワを訪問した際、記者団からウクライナのフィンランド化の可能性について聞かれ、それは「(ロシアとの協議の)テーブルに乗っているオプションの一つだ」と答えた。
■ 目指すはEU加盟
ウクライナのコルスンスキー駐日大使は2月9日、東京都内の日本記者クラブでの記者会見で、マクロン氏の発言について聞かれ、「フィンランド化とは、安全保障と引き換えに国家主権を譲り渡すことだ」と切り捨てた。
前述のコラムニスト、フリードマン氏は、ロシアのNATOの東方拡大への懸念に理解を示し、「NATOとロシアは、ウクライナがかつてのフィンランドのように地政学的に中立となることに合意すべきだ」との見方を示した。そのうえで、「ロシアのプーチン大統領は、実際にはウクライナのNATO加盟を恐れておらず、本当に恐れているのはウクライナがいつの日かEUに加盟することだ」と述べた。同氏は、これにより、ウクライナは脆弱な民主主義体制を強固なものにし、国内政治の腐敗と専制的な“プーチン主義”を締め出すことができると付け加えた。
ウクライナのNATO加盟については、同国のゼレンスキー大統領は、「希望している」とし、意欲を示している。一方、ロシアはNATOの東方拡大停止を求めているが、ドイツのショルツ首相は2月15日、モスクワでのプーチン大統領との共同記者会見で、「(ウクライナの加盟は)議題になっていない」{私たちが在任している限り、提起される問題ではない」と述べた。
ウクライナはEU加盟を目指しており、その前段階として2014年3月21日に、両者は政治経済関係を一層緊密化するために「連合協定」に調印。これは、EU域内では加盟の前段階とみられている。フリードマン氏は、ロシアはウクライナとEUの関係緊密化に危機感を抱き、同年2月から3月にかけて、ウクライナ南部クリミア半島を一方的に併合し、ウクライナ東部ドンバスで親ロシア派の武装勢力への支援を開始したと指摘した。
フリードマン氏は、ウクライナ危機の本質は、NATO軍がロシア国境に迫ってくることだけではなく、EUが勢力圏を拡大し、ウクライナがロシアなしでもやっていける、民主主義的な自由経済に生まれ変わることだと断じた。
▲写真 フォートキャンベル米陸軍航空基地からポーランドに向かう、米空軍第101空挺師団の兵士たち(2022年2月15日、ケンタッキー州・フォートキャンベル) 出典:Photo by Seth Herald/Getty Images
■ 勢力圏争い
ウクライナ危機は、米ロ間の情報戦やウクライナへのサイバー攻撃も含む「ハイブリッド戦争」の様相も帯びてきており、米欧とロシアの対立だけでなく、EUとロシアの勢力圏争いという長期的な課題も見え隠れしている。
イデオロギー対立が色濃く影を落とした、米ソ間の東西冷戦時代と比べて、米欧のNATOとロシアの対立の背景には民主主義と市場経済を理念とするEUの浸透力が強まっている状況があると言えそうだ。
(了)
トップ写真:ロシアの侵攻に反対し、連帯を示すデモ行進するキエフ市民(2022年2月12日、ウクライナ・キエフ) 出典:Photo by Chris McGrath/Getty Images
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この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)
1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信
時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。