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.国際  投稿日:2022/2/27

プーチンを国際法廷に引き出せ 日本は後れとらず制裁主導を


樫山幸夫ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・ロシアのウクライナ侵略への制裁で日本は後れとらず、主導すべき。日本は過去、国際的な制裁に同調せず、足並みを乱したことがあった。
・北方領土の進展が望めないのだから、配慮することなどない。
・各国はプーチンを特別法廷で裁くことをめざせ。さもなくば国際政治から放逐すべきだろう。

 

 ロシアのウクライナ侵攻は過去の彼ら自身の蛮行に比べても、はるかに大きな衝撃を世界に与えた。

 事態がどう決着しようと、国際法無視の侵略を平然と強行したプーチン大統領の行動は決して容認されず、国際社会から厳しく指弾されるべきだ。本来なら国際法廷に訴追、裁くのがスジだ。

 日本政府は欧米並みの制裁を課すというが、過去にみられたように各国に後れをとることがあってはならならない。積極的に制裁をリードしていくことが、東アジアへの波及を防ぎ、北方領土問題にも、むしろいい影響をもたらすだろう。

〝返り血〟もやむをえず

 プーチン大統領はウクライナのゼレンスキー大統領の呼びかけを受けて、ハイレベルの協議を行う用意があると表明したと伝えられる。しかし、交渉を通じてゼレンスキー政権退陣を実現することになれば、武力による侵略が成功、プーチンは目的を達する結果になる。

 2014年のクリミア併合に対する非難が年月を経るにつれて、影をひそめてきていることの二の舞を避けるには、日本を含む西側各国は強い制裁を継続していく必要があろう。

 〝返り血〟を恐れて、強硬な制裁への躊躇が欧州の一部にあると伝えられるが、ことは、「第2次大戦後、最大の危機」(エストニアのリ―メッツ外相)という侵略行為だ。自らの犠牲を恐れるなら、ロシアの行為を容認するほかはない。


写真)ロシアのミサイル攻撃を受けた首都キエフのアパート 2022年2月26日 ウクライナ・キエフ
出典)Photo by Anastasia Vlasova/Getty Images

 初動の制裁では日本も足並み

 日本政府がこれまで決定した制裁は、ロシア国営の開発対外経済銀行など3行を含む関係団体や個人の資産凍結、ビザ発給停止、半導体など汎用品の輸出規制などだ。

 アメリカは軍との関係の深いズベルバンクなど5行の米国内での取引停止、半導体、通信機器などの輸出規制、大手ガス会社、ガスプロムなどが発行する株式、債券などの取引停止が柱。

 ロシアを国際貿易のドル決済から締め出すためのSWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除などは見送られたが、事態が悪化した際の切り札として温存される意味あいがあり、状況次第では徐々に発動されていく可能性がある。(編集部注:米英独仏イタリア、カナダの6カ国と欧州委員会は2月26日、ロシアの大手銀行などをSWIFTから排除する追加金融制裁を科すことで合意した)

 実害なかったクリミア編入の制裁

 日本政府は、この過程を通じて腰砕けになることなく、強い姿勢を維持していくことができるか。

 こうした懸念が生じるのも、過去の〝有事〟の際、日本政府が強調する〝各国との連携〟が必ずしも機能したとはいえなかったからだ。

 真っ先に思い浮かぶのは2014年、やはりプーチンが南部ウクライナのクリミアを併合した時の対応だ。

 日本の制裁は、ロシア金融機関の新規証券の日本市場での募集、発行禁止、66個人、16団体の資産凍結、武器禁輸などだった。しかし、資産凍結の対象はウクライナ国内の協力者に限定、ロシア要人は含まれず、日本からの武器輸出などはないから、先方は何の痛痒も感じなかっただろう。 

 米欧の各国が、貿易・経済、軍事協力の見直し、エネルギー企業5社の深海、北極油田開発への技術供与の中止などにきめ細かく、実効性のある手段をとったのとは大きな違いだった。 

「天安門」のG7共同制裁には反対

 1989年の天安門事件後の中国への制裁をめぐる日本の方針は、G7(主要7カ国)の結束を乱すといわれてもやむを得ないものだった。

 日本は第3次円借款は停止したものの、事件直後にフランスで開かれたG7首脳会議(アルシュ・サミット)では、「制裁は中国を孤立化させるだけで、民主化にはつながらない」として反対、そのため共同制裁は見送られた。

 当時、中国の外相だった銭其琛氏が、結束が弱い日本を西側の経済制裁突破口にしようと1992年の天皇の訪中を実現させたと回想している。

 いま振り返ると、日本にとっては悔いの残る決定だったろう。

 古い話だが、1979年秋から1981年初めにかけて続いたイランの米国大使館占拠事件では、米国が経済制裁を課して原油の輸入を停止したため、イランの余剰原油を日本が高値で輸入、「無神経だ」とアメリカ政府からねじこまれたことがあった。いまならあり得ないが、実際にあった話だ。

 侵攻前、心許なかった日本の動き

 今回のウクライナ侵攻をめぐっても、日本政府の動きには、心もとないことが少なくなかった。

 緊張が高まっていた2月15日、林外相がロシア側の経済閣僚と、経済協力についてテレビ会議で話し合った。各国で制裁が検討されているときに、外相が「日露両国の幅広い関係発展をめざす」などと呼びかけているのだから、驚くほかはない。


写真)レシェトニコフ、マクシム・ゲンナジエヴィチ・ロシア連邦経済発展大臣と貿易経済に関する日露政府間委員会共同議長間会合に臨む林芳正外相 2022年2月15日 東京・外務省
出典)外務省

 外相はまた、1月25日の記者会見で、ロシアが侵攻した場合、制裁を発動するのかと聞かれ、「仮定の質問への答えは差し控えたい」と述べた。なぜ、ロシアに対して警告をしなかったのだろう。

 今回のロシアの国際法違反に目をつぶってしまえば、台湾進攻を目論む中国、国連決議を無視して核開発を進める北朝鮮を勢いづけ、日本にとっては今以上に深刻な事態になる。それを避けるためにも、むしろ積極的に制裁の旗振りを買って出るべきだろう。 

 クリミア併合の時に、日本が厳しい制裁を見送ったのは、北方領土問題への悪影響を慮ったのだろうが、ロシアが領土返還に応じる姿勢を一切見せない今、配慮することなどひとつもないはずだ。

 自民党の佐藤正久外交部会長は、今回の侵攻を受け、安倍政権が提唱した北方領土での共同経済活動について、「片方で強い制裁をやると言いながら、他で経済協力を続けたら西側諸国は日本を信用しない」と、見直しを主張した。その通りだろう。

 ロシアを孤立させてこそ、北方領土問題でも譲歩を期待できるのではないか。

 ロシアの反政府勢力支援も効果?

 国際法を踏みにじったプーチン大統領の国際犯罪が想起させるのは、名前を口にすることすら忌み嫌われ、他の人物と名指しで比較することがタブーになっている人物、第2次大戦を引き起こした、あの人物だろう。

 いうまでもなく、「力による現状変更」は、第2次大戦前夜の欧州の状況と酷似している。

 2024年の任期切れの後も2期12年、36年まで在任可能なプーチン大統領を国際政治の舞台から排除することは可能だろうか。

 選挙で敗れることはおよそ考えられないし、かつての冷戦華やかなりしころにCIA(アメリカ)が画策した各国首脳の暗殺などは21世紀の今日、しかもCIAの力が損なわれている今日、非現実的だ。

 方法はないのか。

 ロシア国内の反政府勢力、民主化勢力を支援することは一法だろう。

 あたかもプーチン人気に陰りが見えている昨今、今回の武力侵攻に反対するデモが頻発しているという報道がなされている。2月26日づけの朝日新聞によると、ロシア全国60都市で、1800人以上が当局に拘束されたという。

 東京都内では26日、日本国内でもウクライナ出身者だけでなく、ロシア出身者らもデモで「戦争反対」を叫んだ。


写真)JR東日本山手線渋谷駅前で行われたロシアのウクライナ侵攻に抗議するデモ 2022年2月26日 
出典)Photo by Yuichi Yamazaki/Getty Images

 民主化勢力に西側が肩入れして政権を徐々にではあるが追い詰めるのは一定の効果を期待できよう。

 クェート侵攻後、湾岸戦争で敗れたイラクのサダム・フセイン大統領が、権力の座に居座っていた時期、米国はロンドンで活動する反政府組織「イラク国民会議」(INC)など70を超える団体に資金供与などで支援、政権転覆をはかった。2002年のイラク戦争までに総額1億ドル以上にのぼるといわれ、フセイン政権打倒で大きな役割を果たした。

 今回の侵攻は、ウクライナ市民の平穏な生活を一夜にして奪い、子どもを含む罪もないウクライナ市民を多数、殺傷した。 

 1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の後、残虐行為を裁くため、「旧ユーゴ戦争犯罪法廷」がオランダ・ハーグに設置され、イスラム教徒虐殺に関与したユーゴスラビアのミロシェビッチ元大統領らが訴追され、有罪判決を受けた(ミロシェビッチ氏は裁判途中で死亡)。

 同法廷は国連安全保障理事会の決議に基づいて設置された法廷であるため、同種の法廷は、ロシアが拒否権をもつ常任理事国に居座るかぎり、実現する可能性はない。

 しかし、「戦争犯罪者」として訴追を目指し続けることは重要だろう。時代が移って、ロシアの権力者が代った後の展開に期待できるかもしれないからだ。

 正義の女神の判断は時として、ゆらぐことがあろう。
 しかし、プーチンに勝利の女神がほほ笑むことだけは、絶対にあってはならない。

トップ写真)2022年北京冬季オリンピックの開会式に出席したプーチン露大統領 2022年2月4日 中国・北京
出典)Photo by Carl Court/Getty Images

 




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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