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.国際  投稿日:2022/3/31

「核共有」議論はよいが…… 「プーチンの戦争」をめぐって その6


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

 

【まとめ】

・安倍晋三元首相、民放テレビ番組で「核共有を議論すべき」と発言。

・岸田首相も早々と「非核三原則は堅持する」意向を表明、安倍氏の発言は、空振りに終わった。

・「安倍離れ」が疑われる岸田首相に揺さぶりをかけるのが目的であったとの見方も。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、我が国の防衛をめぐる議論にも、大きな影響を与えている。憲法9条の改正論議なども、一段と勢いづいた感がある。

 とりわけ、安倍晋三元首相が27日、フジテレビ系の報道番組に出演した際、

「核共有を議論すべき」

 と発言したことは、各方面に衝撃を与えた。ちなみに番組コメンテーターの橋下徹氏も、

「核は絶対に使ってはならないが、議論は絶対に必要だ」

「自民党はちょっと腰が引けている。この話をすると、一部メディアから思いっきり叩かれるから。でも、次の参議院選挙でしっかり争点にしてほしい

 などと同調していた。安倍氏の議論の核心は、いずれもNATO加盟国であるドイツ、ベルギー、オランダ、イタリアが核共有をしている例を挙げ、

「世界はどのように安全が守られているかという現実の議論をタブー視してはならない。日本国民の命、国をどうすれば守れるか、様々な選択肢を視野に入れて議論するべきだ」

 ということのようである。

 一方、立憲民主党の泉代表は、核を「作らず、持たず、持ち込ませず」という非核三原則を堅持すべきとの立場から、核共有の議論など

「許されない」「議論だけはいい、なんて言うのは詭弁」

 と断じている。

 私の意見はと言うと、意外に思われる向きもあるかも知れないが、安倍氏に近い。どのようなテーマであろうと、タブー視することなく自由闊達な議論ができる日本社会であって欲しい。

 ただ、一点だけ前提条件がある。

「これまで散々プーチン大統領に媚びへつらいながら、北方領土はきっと戻る、などという幻想を振りまき、経済協力という形でカネだけぼったくられて、見事に背負い投げを食らった外交の失態について、謝罪はおろか明確な説明もしない人が、なにを今更〈近隣諸国の核の脅威〉なのか」

 議論の出発点は、これを置いてないであろう。

 ……揚げ足取りのように受け取られては心外なので話を進めるが、いくら議論しても、私は絶対反対の立場を崩すことはない。

 そもそも安倍氏は、NATOの核共有の実態について、国民にきちんと説明できるのか。

 これは、米国の核弾頭を、核武装していない同盟国に配備し、平時には米軍が管理するが、いざ核攻撃となった際には、同盟国の航空機に搭載して使用する、というものだ。

 そして、ここが一番の問題点なのだが、使用に関する決定権は米軍だけにある。

 このため旧西ドイツは、使用の決定に自国政府が関与できるようシステムを変更して欲しいと幾度も訴えていた。

 念のため述べておくと、旧西ドイツがこうした要求をした理由とは、通常戦力において圧倒的な旧ソ連軍に対して、その進撃を止めるには核攻撃しかない、という状況になった場合でも、際限のない報復合戦=全面核戦争に発展することを恐れた米国が使用を躊躇するのではないか、と危惧したらであるとされる。

 とは言え、ここでも「逆もまた真」という表現を使わざるを得ないのだが、旧西ドイツの政府や軍上層部が、この状況で核は使うべきではない(もしくは使う必要がない)と判断したような場合でも、米軍が使うと決めたら使う、ということなのだ。このシステムは、冷戦が終結して30年以上経つ今も継承されている。

これでどうして、日本でも核共有を前向きに検討すべきだという「議論」になるのか。前述の非核三原則がありながら、幾度となく「持ち込み疑惑」が浮上した問題とも併せて、安倍元首相のご高説を拝聴したいところである。

 そもそも今次のウクライナ侵攻は、かの国がNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、ミサイルや地上部隊が配備される事態を、ロシアが恐れたことから始まっている。侵攻を正当化する考えは微塵もないが、ウクライナが

「核兵器を手放してしまったから、核大国のロシアに攻め込まれた」

 という見方は全く的外れである、とは断言できる。

 少し歴史を遡れば、1962年10月のキューバ危機とは、キューバが「米国の脅威に対抗すべく」ソ連邦の支援を受けて国内にミサイル基地を建設したことから始まった。この時は米国のジョン・F・ケネディ大統領と、ソ連邦のニキータ・フルシチョフ第一書記が書簡を交わした結果、ミサイルはキューバから撤去され、全面戦争は回避された。

写真)キューバ危機の最中、旧ソ連の貨物船の近くをアメリカ軍の飛行機が飛ぶ。1962年1月1日。

出典)Photo by MPI/Getty Images

 この事件の教訓から、ホワイトハウスとクレムリン宮殿をつなぐ直通電話(世に言うホットライン)が開設されたのは有名な話だ。両者とも、最終的には相手を「話せば分かる」という認識に至ったと述べている。

 以上を要するに、日本がNATOに倣った核共有に踏み切ったならば、ロシアや中国にとっては「逆キューバ危機」と呼ぶべき事態に他ならない。領土問題などの火種にわざわざガソリンをぶっかけるような真似をして、なにが「国民の安全」なのか。

 もうひとつ、野党の側も「非核三原則の堅持」一点張りではなしに、こうした具体的な論争で政府与党を追求することが、どうしてできないのか。

 ……などと思っていたのだが、自民党の方が早かった。3月16日、党内の会合で議論がなされたが、出席者の証言では、核共有に「積極的な意見は出されなかった」とか。

 この結果、今年5月をめどにまとめられる、国家安全保障戦略などの見直しについての提言にも「核共有は盛り込まない」(宮澤博行・国防部会長)方針であると、NHKなどが報じた。

 岸田首相も早々と「非核三原則は堅持する」意向を表明しており、「安倍=橋下ライン」の発言は、空振りに終わった感がある。

写真)記者会見にてロシアの最恵国待遇を取り消すと表明した岸田首相。2022年3月16日。

出典)Photo by Stanislav Kogiku – Pool/Getty Images

 これにて一件落着、とは言い切れないところが、今の政治の闇が深い。ところで、いわゆる永田町ウォッチャーたちによれば、安倍元首相は、被爆地である広島を選挙地盤とする岸田首相が、はなから核共有論など受け容れるはずがないと承知の上で、あえて「タブーなき議論を」などと言い出したのではないか、と見る向きが少なくないそうである。

 このところ、政策面で「安倍離れ」が疑われる岸田首相に揺さぶりをかけるのが目的であったとか。

 所詮は無責任な噂の類いだと言ってしまえばそれまでなのだが、もし事実の一端なりとも含まれているのだとしたら、とんでもない話である。

 戦争や核兵器の問題を政争の具として利用するなど、亡国以外のなにものでもない。

トップ写真)オリンピック功労賞を首から下げる安倍元首相。2020年11月16日。

出典)Photo by Kim Kyung-Hoon-Pool/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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