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.国際  投稿日:2022/5/11

インドで原発増設本格始動


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・インドが、脱炭素、安全保障もにらみ、2025年までに独自技術による原発10基の建設に着手へ。

・原発技術、原潜技術、武器調達でロシアに頼るインド。対中国でロシアとの縁は切れず。

・2031年までに原発発電能力は3倍以上へ。しかし、欧米などとの協力は不可欠で資金面など課題は多い。

 

インドが自国技術による原子力発電所増設計画をようやく始動させる。

2017年に、インド原子力省傘下のインド原子力発電公社に認可した原発増設の具体化で、2023年からカルナタカ州のカイガ原発の5-6号機建設など、2025年までに10基の建設に着手する。いずれも自国開発の加圧重水炉(PHWR)で発電量は各70万㎾。現地報道によると、先月末に開かれた議会の科学技術・環境・森林・気候変動に関する委員会で原子力省高官が明らかにした。

ナレンドラ・モディ首相が昨年11月の英グラスゴーでの国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で「2030年までに総電力の50%を太陽光発電など再生可能エネルギー源とする」と表明した派手さはないが、脱炭素に向けた安全保障もにらみ、原発増設を図る。総投資額は1兆500億ルピー(1兆7745億円)。

▲写真 COP26でスピーチするインドのモディ首相(2021年11月2日 英グラスゴー) 出典:Photo by Jeff J Mitchell/Getty Images

インドの原子力発電は、1969年に米GE製の沸騰水型軽水炉(BWR)2基(各16万㎾)がマハラシュトラ州のタラプールで運転を開始したのが始まり。73年には、カナダAECL製重水炉(キャンドゥー炉、10万㎾)が運開したが、翌74年5月にインドが核実験を行って以降、欧米からの技術協力・支援は打ち切られ、独自の原発技術開発に乗り出した。

81年に国産のカナダ型重水炉(20万㎾)を運開。以後、22万㎾のPHWRで原発開発を進め、「重水炉高速増殖炉(PFBR)」の道を選んだ(ジテンドラ・シン原子力相は昨年末、着工してから20年近く経っているPFBRの完成目標は今年10月、と下院で答弁している)。

インドは1998年5月に2回目の核実験を行っている。隣国パキスタンはそれに対抗して核実験を実施した。

1998年11月のベルリンの壁崩壊による冷戦終了後、米国との間で原子力の民生利用などの面での協力機運が醸成され、2005年7月に訪米したインドのマンモーハン・シン首相とジョージ・ブッシュ米大統領(いずれも当時)が民生用原子力技術協力で合意。翌年3月のブッシュ大統領訪印時に共同声明で確認した。

2008年8月、国際原子力機関(IAEA)は 核兵器不拡散条約(NPT)と包括的核実験禁止条約(CTBT)不加盟のインドの民生用原子力施設に対する保障措置協定案を承認。こうしたことを受け、74年のインドの核実験を契機に米国主導で創設された、原子力関連資機材・技術輸出国の守るべき指針で輸出管理をする原子力供給国グループ(日本を含む45か国)は、インドを「例外規定扱い」にすることを承認。インドへの同資機材・技術輸出を可能とした。

以降、インドは米国、英国、フランス、ロシア、カザフスタン、カナダ、アルゼンチン、韓国、豪州、スリランカ、ベトナム、バングラデシュなどと原子力協力協定を締結。日本とは2016年11月に同協定を締結した。

その後、米国、フランス、日本などからの同資機材・技術の導入案件でいくつかの合意はなされたとはいえ、今のところ具体化していない。

インドの現在運転中の原発は22基。発電量は678万だ。そのうち、2基=200万㎾分は2007年と2008年にタミルナド州クダンクラムで運開したロシアから技術導入の加圧水型軽水炉(VVER-1000)1-2号機によるもの。軽水炉が主流の世界の流れにのれず、国産の重水炉で原発開発を進めてきたというものの、発電量の30%近くはロシア技術の軽水炉に頼っている。総発電電力量に占める原子力発電の割合は2.8%と少ない。

インド原子力発電公社によると、グジャラート州カクラパール(Kakrapar)原発の3号機(22万㎾)が近く商用運転を始めるという(日本では同原発を「カクラパー」と称しているが、ヒンディー語表記では「カクラパール」)。

このほか、70万㎾のPHWR9基を建設中という。クダンクラム3-4号機(各100万㎾)は2023年3月、同10月に相次いで運開予定という。昨年6月にはクダンクラム5号機、同12月にはクダンクラム6号機を着工している。ここでもロシア技術は重きをなしている。

ロシアからは原子力潜水艦の国産化でも技術協力を受け、インドは世界で6番目の原子力潜水艦保有国になっている。武器調達でのロシア依存度も高い。

▲写真 インド海軍が保有するソビエト製原子力潜水艦チャクラ(1989年2月15日 ) 出典:Photo by Robert Nickelsberg/Getty Images

インドは、中国とラダク地方で国境紛争を抱え、また中国がミャンマー、スリランカ、パキスタンの港を軍艦の寄港地としていることに危機感を強めている。インドは、ロシアのウクライナ侵攻に関し、国連総会の緊急特別会合でのロシアに即時撤退を求める決議採択時に棄権したが、「おいそれとロシアとの縁は切れない」という事情がうかがえる。

シン原子力相は2031年までに原子力発電能力を現在の3倍以上の2,248万㎾にする体制は出来上がっているとしている。しかし、さらにその先を目指すには欧米などとの原子力での協力進展の具体化が不可欠だ。そのためには、資金面など解決すべき課題は多い。

トップ写真:ニューデリーから約150キロのガンジス川ほとりにあるナローラ原子力発電所(2015年5月) 出典:Photo by Pallava Bagla/Corbis via Getty Images




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

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