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.政治  投稿日:2022/6/29

参議院選挙の本当の「争点」③ 賃上げ


西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)

【まとめ】

・最低賃金の設定額は1つの争点。額を明示する党、あいまいな党、各党それぞれ。

・額を提示していても「どのように」最低賃金を上げるのかが第二の争点。各党は具体的な手法や進め方の提示を。

・地域間格差の問題も重要。地方の最低賃金を上げるという政策があってもよい。

 

日本の平均賃金を「どこまで」「どうやって」あげるのか?

物価高が生活を苦しめつつある。そのため、各党は賃上げについても政策を明確に提示するようになった。そこは素晴らしい。

ただし、今回の参議院議員選挙、最低賃金を、どこまで?どのようにあげるか?が見えてこない。経営者が受け入れられる「どこまで」というレベル水準と「どのように」という導入方法の議論がなされているようには思えない。それこそ大事な争点になってくるはずだ。

最低賃金の目的と機能

改めて確認すると、最低賃金法の第一義的な目的は、「低賃金労働者に賃金の最低額を保障し、その労働条件の改善を図ること」である。違反すると罰則(50万円以下の罰金)が定められている。

デービッド・アトキンソンさんは最低賃金について「市場原理に任せると、基本的に人件費は下がるものだと考えたほうがいい。賃金を上げるには、嫌がる経営者を無視して国が強制的に引き上げるしかない。それが最低賃金制度の本来の主旨」『プレジデント』2020年6月12日号)と語っている。市場を是正するという機能があるということのようだ。

さらに、アトキンソンさんは日本経済の停滞を打開する政策としても菅政権時にアドバイザーとして活躍し、賃上げ政策の理論的支柱となった。彼は経済政策としての必要性を「『頭の固い』『リスクテークをいやがる』日本の経営者でも、厭が応にも毎年5%以上の生産性を上げる必要性に駆られることになり、過去の過った成功体験にすがっている場合ではなくなる」ビデオニュースの放送)と語っている。

▲写真 デービッド・アトキンソンさん(右)。観光振興策について遠藤大臣(当時)に意見を求められた(2015年12月10日) 出典:首相官邸ホームページ

他方、自営業者化が進んでしまい、その結果、最低賃金に満たない時給単価で働く自営業者も増えてしまうという懸念もある。

しかし、こうした食べられない自営業者やフリーランスの問題は対応すればいいし、最低賃金と生産性には強い相関関係があることも確かなのである。

各党の違い

各党の政策を比較してみよう。

▲表 【出典】各党の政策比較、筆者作成

各党はそれぞれ、かなり違うことが明らかになる。1500円レベルというところもあれば、1150円のところ、あいまいにしているところもあり、様々である。最低賃金の設定額が論点の1つであろう。自民党は過去の参院選では掲げていた最低賃金1000円の目標を今回、記載せず、なぜか慎重な姿勢を示している。もちろん、自民党や維新の会は支持層(大企業、中小企業経営者、ベンチャー企業経営者)を考えると厳しいということだろう。

▲図 【出典】国民民主党公約

ただし、額は提示されても「どのように」最低賃金を上げるのか、という点は明らかになっていない。その意味で、「どのように」が第二の争点と言っても過言ではないだろう。財源や手法を具体的に示したのは共産党と立憲民主党とれいわ新選組である。

最低賃金をどのように引き上げていくのか?

「どのように」を最も具体的に記載しているのがれいわ新選組である。「中小零細企業に対して国が賃上げ分を補償。企業には補助金や社会保険料の事業主負担分の減免」(れいわ新選組ホームページ)と主張している。しかし、財源は書いてあるが、進め方が書いていない。どのタイミングで、どれくらいの期間で、順序はどの順で、という導入ステップなどが見えない。

そして、本当にそんなことが実現可能なのかという不安もぬぐえない。

なので、韓国などの過去の失敗例やイギリスの成功例などから知見を提供したい。過去事例を総括すると、以下のようになる。

・最低賃金を賢く引き上げ、経営者がパニックにはならず、ショックを与える程度に引き上げるのが効果的

・一気に急激に上げない

・10%以上あげるのは混乱を生む

・企業への規制強化はやめたほうがいい

・雇用コストの上昇を企業が生産性の向上で補うことが大事

・職業訓練やリスキリングを用意して成長を促す

・セーフティネットの強化も十分必要

【参考】ニッセイ基礎研究所 矢嶋康次さん、鈴木智也さんによるレポート「最低賃金、引上げを巡る議論-引き上げには、有効なポリシーミックスが不可欠」、アトキンソンさんの文章、をもとに筆者製作

こうしたことが言われているので、NHK『日曜討論』で自民党の高市早苗政調会長が「韓国は失敗した」と主張していたことには違和感を持たざるを得ない。失敗の1事例を取り上げて議論を制するのは選挙戦術として、どうなのだろうか。

中小企業社長の考え

最低賃金を上げるとなると、「うーむ」という人もいるだろう。それは経営者だ。やはり労働者を安くこき使いたいというインセンティブが働いてしまうのは仕方ない。売り上げを大幅に上げる社員には時給5000円でも払っていいかもしれないが、売り上げに貢献していない、命じたことをただやるだけの社員なら、少しでも抑えたいという考え方になってしまうのが経営者という生き物である。

「人的資本」という考え方が最近広まってはいるものの、「人財」として考えている社長は少なく、「コスト」と考える社長も多い。それは「労働」を金で買っていたり、創造性を活かした仕事を社員にさせていないからだともいえる。

しかし、やはり、アトキンソンさんが言う最低賃金の意味を我々は改めて考えるべきだろう。最低賃金を上げれば、経営者は人を雇用するよりDXやロボットへの代替にインセンティブが向く。最低賃金レベルで働いている労働者は職を失ったとしても、各党が掲げる「人への投資」のプログラムでリスキリングや職業訓練を受け、生産性の高い、賃金を高めに支払える業界に移れる。単なる「労働」から「仕事」へと仕事観も変わり、自律的キャリアも見出せるようになる。結果的に、産業構造改革が進むということにつながるのだ。

日本経済再生の突破口?

さらに、正直、最低賃金を言う中では、地域間格差の問題も取り上げないといけないだろう。最低賃金の成り立ちを見れば、それこそ問題ともいえる。その意味で、国民民主党の「どこでも」という考え方は素晴らしいが、地方の最低賃金を上げるという政策があってもよいと思った。

結局は、最低賃金を上げられなかったのは経済成長していないから、ともいえる。しかし、経済成長できなかったのは、最低賃金を上げなかったからかもしれない。そこは本当のところはよくわからない。ただ、最低賃金を上げていくのが先か、経済成長が先か。それはニワトリと玉子の関係みたいなものなのだろう。

まずは「どのように」最低賃金を上げていくのか具体的な手法や進め方を国民に示して欲しい、各党に期待したい。

トップ写真:ファストフード店での最低賃金を1500円にするよう求める人たち(2015年4月15日、東京) 出典:Getty Images




この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者

経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家


NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。


慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。


専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。

西村健

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