中国、李克強首相の真の姿
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・法学博士張傑が、李首相と習主席の「対立」と、李克強が留任する理由を分析した。
・李首相と習主席は、経済政策や履歴など多くの面において「対立」している。
・李首相の留任は、個人的意志ではなく、彼が代表している「改革派」の集団的な意志である。
ひょっとすると、我々は今まで李克強首相に対して、誤った認識を持っていたのかもしれない。世間の評価として、彼は中国共産党が政権を掌握して以来「史上最弱の首相」である。
けれども、まったく別の見方が存在する。張傑という法学博士が2年前に書いた文章「張傑:中南海の権力闘争が公になった時、なぜ李克強は我慢するのか?」(a)は秀逸である。その概略を紹介したい。
まず、李首相と習近平主席の“対立”は、第1に、前者が後者より重要ポストの経歴が長いという点だろう。
実は、李首相は習主席より7年長く正省部級を務め、習主席より1期早く中央委員会入りしている。そのため、習主席は李首相の経歴をずっと気にしていて、党会議では李首相に「自分の立場をわきまえよ」と何度も釘を刺した。
第2に、李首相は「共青団」の代表的な人物である。だが、習主席は同グループに対し厳しい態度を取る。
2017年、胡錦濤主席と温家宝首相の後継者と目されていた孫政才が失脚した。すると、同じく後継者と言われていた胡春華は中央委員会へ書簡を送り、第19回党大会で政治局常務委員(最高幹部)入りしないと表明している。
第3に、経済政策の深刻な相違である。
「民営経済派」の李首相は、国家主導の投資手法を縮小し、経済構造改革を行い、短期の痛みと引き替えに長期の持続的発展を提唱している。一方、習主席は党の支配による「国有経済派」である。毛沢東時代の経済モデルを好む。
第4に、李首相は重大な経済決定から排除されてきた。
過去4年間、中国が対外的にカネをばらまいてもゴマの花(成熟後、主茎と分枝の中は空)だった。
『環球網』によると、中国の対外援助総額は6兆0365億元(約120兆7300億円)で、もし、これを国内上場会社3000社に均等に配分すれば、1社当たり20億元(約400億円)を受け取ることができる。
国内の零細企業に融資すれば、1000社の零細企業の資金難を1社当たり平均60万元(約1200万円)で解決できよう。もし、農民に使えば、一度に1億人小康目標を達成することができ、1世帯当たり平均6万元(約120万円)にのぼる。
さて、李首相と習主席は仲が悪い状況にあるのに、なぜ首相は前回の第19回党大会で留任したのだろうか。
李首相が仕事を続ける場合、習主席の命令に完全に従うか、あるいは、李自身が“恥知らず”でいるかのどちらかであろう。
他方、李首相は権力欲が強いとする意見もある。だが、遼寧省等の書記を務め、政治的嵐を目の当たりにしている。また、李首相は“権力欲”が命取りになることは、薄熙来や孫政才らの例でよく知っているだろう。
もし、上記の理由でないとしたら、李首相はなぜ首相に留まったのか。
第1に、李首相は「改革派」の代表である。
経済政策では自由経済と市場化を優先し、行政的には地方分権、小さな政府を提唱している。ただ、習主席の圧力で、李首相は政策を調整せざるを得なくなった。
第2に、李首相は“弱虫”ではなく“ストイック”である。
彼の見た目の弱さは習主席の強さとは対照的だ。しかし、この評価はあまりにも皮相的だろう。李首相は過去8年間を通じて、習近平の高圧的な態度には、屈しなかった。したたかである。
2017年、李首相が「レームダック」と見なされ、記者会見は“お別れパフォーマンス”の様相を呈していた。だが、結局、李首相は退陣しなかった。
他方、習近平の「戦狼外交」に対し、李首相の外交スタイルは控え目で現実的である。習主席がカネをばらまくのに対し、李首相は身の丈にあった生活と勤勉倹約に徹する。
李首相は、国家安泰と経済発展を望み、政治運動や階級闘争を嫌う中国人の心理をよく理解していよう。彼は真実を語り、現実的なことを行うことで、人民の心を掴んでいる。
第3に、李首相の留任は「改革派」の力を温存し、習主席の「新全体主義」が失敗した後、その“後始末”をするためだろう。
海外メディアは、共産党の権力闘争を分析する際、「江沢民派」、「共青団」、「習近平派」などと分類するのが常套手段である。
けれども、忘れてはならないのは、彼らには共通の利害がある。劉少奇、鄧小平、胡耀邦、趙紫陽、江沢民、胡錦涛、習近平など、いずれも共産党という船が転覆するのは望んでいない、という点である。
李首相の留任は、個人的意志ではなく、「改革派」の集団的な意志であり、その勢力を維持する必要がある。もし、李首相が退場すれば、「改革派」の完全な敗北を意味するだろう。
習主席は中国の経済力、国際情勢、中国人民の世論を大きく見誤り、全体主義路線に固執しているので、中国はすでに危機的状況にある。
他方、李首相の真実の言葉は、国家の“バブル”(ウソの数字等)を破裂させ、その画期的な経済は中国の力強い台頭の原型を明確にしている。
約2年経った今、張傑の分析と予測は、極めて精確だったと言えよう。
(注)
(a)『議報』(2020年8月3日付)
(https://yibaochina.com/?p=238757)。
トップ写真:北京五輪表彰式での習近平国家主席と李克強首相(2022.4.28)
出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。