中国が米に続き軍事演習、南シナ海
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・中国海軍が南シナ海で軍事演習を実施し、その背景には南シナ海へのコミットメントを主張する狙いがあると見られている。
・これまでも、南シナ海などで米軍が演習を行う度に中国海軍は軍事演習を実施した。
・フィリピンは領有権に関して中国に対し強硬姿勢を採っており、今回の演習は同国へアピールする目的もあったと考えられる。
中国海軍が南シナ海で軍事演習を実施した。これは米海軍の空母を含む艦艇が同海域での演習を終えたばかりの演習で、米側に南シナ海の海洋権益に対する中国のコミットメントを強く主張する狙いがあるとみられている。
中国の海南海事局は7月15日に航行警報を出し、16日から20日にかけて南シナ海で中国海軍による軍事演習が行われるとして一般商用艦艇や漁船に対して航行上の注意を呼びかけた。それによると演習海域として海南島の東方の南シナ海約10万平方キロの海域を指定しているが、これには領有権争いがあるベトナムのダナンの東約350キロも含まれている。
中国は南シナ海の東沙諸島や南沙諸島を含む大半の海域を一方的に中国の海洋権益が及び海域として「九段線」を設定し、周辺の台湾、フィリピン、ベトナム、ブルネイ、マレーシアなどと島嶼や環礁を巡って領有権争いを起こしている。
インドネシアと中国の間には領有権争いはないものの、南シナ海の南端に位置するインドネシア領ナツナ諸島の排他的経済水域(EEZ)が中国の「九段線」と重なると中国は主張している。
中国はインドネシアとの「2国間」で調整、解決したいとしているが、インドネシア側は「その問題で中国と会談することはない」(ルトノ・マルスディ外相)と反発しているという事情がある。
■米海軍の演習の直後
▲写真 フィリピン沖に展開する空母ロナルド・レーガン(右)2016年6月18日 出典:Photo by Specialist 3rd Class Jake Greenberg/U.S. Navy via Getty Images
この時期に中国海軍が演習を実施するのは米海軍が直前の7月13日から同じ南シナ海で演習を実施したことと無関係ではない。同演習には米海軍の空母「ロナルド・レーガン」やミサイル駆逐艦「ベン・フォールド」を中心とする打撃群で実施された。
米海軍第7艦隊はこの演習についてインド太平洋における通常の訓練であるとしたうえで「我々の南シナ海での存在は米国の自由航行作戦へのコミットメントを示すものである」とその意義を改めて訴えた。
これに対して中国は米海軍の南シナ海での演習に関して「不法侵入だ」として反発している。
さらに中国の国営メディアも今回の空母などによる演習を「挑発をエスカレートするものだ」と警告している。
これまでも、中国海軍は南シナ海で米軍などが演習するたびにその直後に軍事演習を実施し、南シナ海が自国の海洋権益が及ぶ範囲であることを内外にアピールしている。
米空母「ロナルド・レーガン」は横須賀を母港として7月1日にグアムを出航してベトナム中部のダナンに一時寄港してから打撃群を編成して南西部から南シナ海に進入したとみられている。
■領有権で譲らないフィリピン
南シナ海では中国と領有権争いをしている国々の中で特にフィリピンの強気が目立っている。フィリピンは6月30日に故マルコス元大統領の長男で元上院議員のフェルディナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン)が新大統領に就任して新政権がスタートした。
マルコス新大統領は「領有権問題では1ミリとも譲ることはしない」としており、対中国での強硬姿勢を貫いている。こうした姿勢はドゥテルテ前大統領の中国に配慮した「あいまい路線」を否定するもので、対中融和政策は国民の大反発を招くものとして強気を前面に押し出しているといえる。
そもそもフィリピンは領有権問題や中国の「九段線」に関して国際法違反であるとして中国を2914年に常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)に訴え、2016年に同裁判所は「(九段線などは)国際法上の法的根拠がなく、国際法違反である」との裁定を出して、フィリピンの主張を認めた。
しかし中国政府はこの裁定に関して「受け入れないし認めない」と拒否する姿勢を表明したのだった。
ドゥテルテ前大統領は中国からの多額の経済支援、インフラへの投資などを重視して「裁定はただの紙切れに過ぎない」と中国の主張に同調する姿勢を示し、国民の反発を招いていた。
これに対しマルコス新大統領はこれまでのところ対中強硬姿勢を示しているが、これも南シナ海問題に限っての姿勢なのか注目されている。
そんな中7月6日には中国の王毅外相がフィリピンを訪問し、マルコス新大統領と会談した。
会談で王毅外相は「中国はフィリピンとの協力関係を拡大し新たな黄金時代を開きたい」として各分野での経済協力の加速を表明した。中国としては米政権が接近しようとしているフィリピンにさらにテコ入れをしようとの動きとみられている。
今回の米海軍の演習、そしてその直後の中国海軍の演習には、米中の狭間で揺れ動いているフィリピンの新政権に対するアピールも込められているとの見方が有力だ。
トップ写真:中国大使館の外で行われる南シナ海での中国の海事活動に対する抗議デモ(2022年7月12日、フィリピン・マニラ) 出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。