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.国際  投稿日:2022/8/25

深刻な欧州のエネルギー危機


村上直久(時事総研客員研究員、学術博士/東京外国語大学)

【まとめ】

・EUのエネルギー危機は1970年代の石油危機以来のレベルになっている。

・ロシアは今年の6,7月で段階的に80%の供給削減をするなど、欧州のガス市場を震撼させている。

・ガス不足に加えて猛暑と干ばつの影響で日常生活は様々な制約を余儀なくされているが、欧州の天然ガス在庫状況が好転しているとの情報も。

 

 ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まって8月24日で半年が経過したが、ウクライナ危機は人の移動や物流に多大な影響を及ぼしている。中でも、エネルギーは、特に天然ガスがロシアによって欧州に圧力をかける手段として“武器化”されており、冬場の需要期を控えて、危機的状況が深刻化しつつある。今年の夏はロシアによる天然ガスの供給削減に加えて記録的な猛暑が欧州を襲い、産業や市民生活を脅かした。

◇ガス供給80%減

 欧州連合(EU)のエネルギー危機の深刻度は1970年代の石油危機以来のレベルだと米紙ニューヨーク・タイムズは報じた。

EUは対ロ経済制裁の一環として、ロシア産化石燃料への依存を2030年までに徐々になくしていく方針を発表している。ただ、「ロシア産原油は穴埋めはかなり容易だが、天然ガスは全く異なる」(オーストリアのネハンマー首相)という事情がある。

 EUのロシアへの天然ガス依存度は4割だが、ドイツは6割を超えており、供給削減の影響は甚大だ。ニューヨーク・タイムズによると、欧州では国によって違いはあるものの、ガス価格は一年前に比べて4~10倍上昇した。これに伴い、ガスを使用する発電のコストも膨れ上がり、電気料金の大幅引き上げにつながっている。

 EUは7月、エネルギー需要がピークを迎える冬場のガス供給危機を回避するため、各国がガス消費量の15%を節減することで合意した。

 EU欧州委員会は既にロシア産天然ガスへの依存度を年内に3分の2削減する計画を発表。一方、国際エネルギー機関(IEA)もロシア産ガスへの依存度を3分の1削減するための10項目計画を打ち出している。しかし、これらの計画は実行が困難だとみられている。例えば、IEAの計画では再生可能エネルギー生産開始のための認可手続きに時間がかかる現状が十分勘案されていない。

 ロシアは現時点で、EUに加盟する27カ国中、10カ国以上へのガス供給を削減したり、停止したりしている。ロシアはまた、ドイツへの輸送パイプラインノルドストリームを通じたガス供給の削減や停止を繰り返している。

ロシアは今年6、7月の2カ月間で段階的に合計80%の供給削減を実施、欧州ガス市場を震撼させている。ロシア国営天然ガス独占企業ガスプロムは8月19日、ノルドストリームの稼働を8月31日から3日間停止すると発表した。

 

◇干ばつが追い打ち

 こうした中で、今年の夏、欧州ではスペイン、ポルトガル、フランスなどでセ氏40度を超える猛暑の日が続き、山火事が多発し、農場等は干上がった。ガス不足に猛暑と干ばつが加わったことで、今年の夏、欧州では市民の日常生活が様々な制約を受けた。

写真)暑さによって干上がったガードン川(2022年8月13日、フランス・アンデューゼ)

出典)Photo by Patrick Aventurier/Getty Images

 スペインではバーやレストランなどの商業施設でエアコンの設定温度は27度以上と義務付けられ、フランスでは商店のウインドウの照明を消すよう求められた。オランダではシャワーの使用時間を一人当たり℉一回五分以内とするよう呼びかけている。

 干ばつで欧州では大河の水位が下がり、例えばドイツなどを流れるライン川では船舶が航行できなくなったり、積み荷を減らさざるを得なくなったケースも多発。天然ガスを代替する石炭の河川輸送のキャンセルも目立った。

 フランスでは原子力発電所の冷却用に使う河川の水の温度が上がり過ぎて規則の変更を余儀なくされたケースもあった。

 

◇明るい材料も

 EUのボレル外交安全保障上級代表(外相)は8月22日、スペインで講演後に記者会見し、ロシアからの供給途絶が懸念される欧州の天然ガス在庫状況について「予想を上回っている」と明らかにした。在庫水準は「70%以上で、一部では80%近くに達している」と強調。「良好な水準で冬を迎えることができる」との認識を示した。

 暗くて厳しい冬が予想される欧州において一つの明るい材料と言えるかもしれない。

(了)

トップ写真:ノードストリーム(2011年11月8日、ドイツ・ルブミン)

出典:Photo by Sasha Mordovets/Getty Images

 

 




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

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