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.社会  投稿日:2022/11/5

佐川文彦誠励会前理事長の功績


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・佐川氏は、誠励会グループという医療・福祉機構の創立者。

・福島原発事故後、風評被害を緩和するため、誠励会が中心となって、内部被曝検査を実施。

・コロナワクチン集団接種を行うための日本人のデータ収集問題が誠励会のリーダーによって解決された。

 

11月3日、福島県平田村を訪問した。10月14日に急性心筋梗塞で急逝した佐川文彦・誠励会グループ前理事長の告別式に参列するためだ。享年63歳だった。

誠励会グループとは、福島県の阿武隈高地で、ひらた中央病院という急性期病院を中核に、クリニック、訪問看護ステーション、介護施設、さらに内部被曝を検査する公益財団法人震災復興支援放射能対策研究所までを経営する医療・福祉グループだ。

佐川氏は、その創設者である。ただ、佐川氏は医師ではない。福島県いわき市の整骨院や病院勤務を経て独立。1993年に医療法人誠励会を立ち上げた。そして、前述のグループを一代で築き上げた。

筆者が、佐川氏と知りあったのは、福島第一原発事故の被曝対策がきっかけだ。2012年の夏、佐川氏は、東京大学医科学研究所にあった我々の研究室にやってきた。そして、「故郷である福島を何とかしたい。力を貸して欲しい」と要望した。

当時、佐川氏は困っていた。福島県民は被曝を恐れ、また、被曝が福島の風評被害を生み出していた。福島の復興は被曝対策にかかっていた。この問題を解決するには、実態を明らかにするしかない。そのためには内部被曝検査が必須だ。双葉町など原発近隣の自治体は政府が対応したが、避難指示が出なかった地域までは手が回らなかった。誰かがやるしかない。

内部被曝検査の重要性を痛感した佐川氏は、自前の資金で、独自に検査体制を構築したが、如何せん、専門家ではない。誠励会にも専門家はいない。困った佐川氏が頼ったのは坪倉正治医師(現福島県立医科大学教授)だった。

当時、坪倉医師は、東京大学医科学研究所の博士課程に在籍し、私が指導教員を務めていた。彼は、震災直後から福島県浜通りに飛び込み、診療・放射線相談・被曝調査に従事していた。地元メディアなどで、坪倉医師の活動を知った佐川氏が、アプローチしたらしい。

坪倉医師は、2012年3月から誠励会の内部被曝調査を手伝うようになる。その後、坪倉医師の紹介で、早野龍伍・東京大学大学院理学系研究科教授も、誠励会に協力する。若き医師と、世界的な原子物理学者が平田村に集い、誠励会の内部被曝検査体制は整備される。

その後、誠励会が中心となって、大勢の内部被曝検査が実施された。そして、その結果は、早野教授や坪倉医師がリードして、学術研究として発表された。一連の研究は福島県民を安心させ、風評被害の緩和に貢献するとともに、貴重な記録として、世界中の専門家が注目した

例えば、2013年に『日本学士院紀要』に発表された研究だ。誠励会グループを中心とした研究チームは、地域住民3万2811人の内部被曝を検査し、内部被曝レベルが当初、推定されていたよりも遙かに低いことを示した。

また、原発事故直後、内部被曝が確認された小児たちも、2012年秋には300㏃/kg以下に低下していたことを明らかにした。福島の内部被曝の程度が軽度であることを示した初期の研究の一つである。

2014年6月に米『プロス・ワン』誌に発表した食事と内部被曝の研究も、関係者から高い評価を受けた。研究チームは、内部被曝検査を実施した3万622人の住民のうち、50㏃/kg以上のセシウム137を検出した9人を対象に食事内容をヒアリングした。この9人は、野生のキノコを収集したり、自宅の丸太で栽培したものを食べていた。早野教授や坪倉医師たちが中心となって、放射線検査を受けていない食品や、きのこ・山菜・野生生物などの肉などの出荷制限のある地場産品の摂取を控えるように呼びかけたところ、介入から数か月後の再検査で、すべての住民で、内部被曝が著しく減少したことが明らかとなった。食事指導が内部被曝対策に有効であることを実証したことになる。

このような研究の価値は高い。一人一人の住民を測定し、陽性者には食事や生活を指導した結果だからだ。研究者が、机上でシミュレーションしたものではない。

早野教授や坪倉医師たちが、このような論文を発表できたのは、彼らを支える「プロデューサーとサポーター」がいたからだ。それが佐川前理事長が率いる誠励会だった内部被曝検査、地域への案内、受診者の当日の誘導、検査の記録・整理、結果説明の手配など、さまざまな業務をこなした。地元行政との調整も彼らの仕事だった。スタッフが一丸となって、仕事ができたのは、「皆が故郷を愛し、佐川理事長を信頼していたから(誠励会職員)」だ。そのことは住民も知っており、地元で出会った60代の女性は「誠励会のおかげで、この地で内部被曝検査はもちろん、医療や介護を受けることができる」と言った。

このようなチームは一朝一夕ではできない。様々な試練を乗り越え、時間をかけて、構築されていく。このようなチームは地域にとっての財産だ。新型コロナウイルス(以下、コロナ)への対応でも、誠励会は獅子奮迅の活躍をした。

例えば、コロナワクチン接種の支援だ。mRNAワクチンという、新しいプラットフォームを用いたため、集団接種開始当初、専門家を含め、多くの国民がコロナワクチンへの安全性・有効性に懸念を抱いていた。厚労省は、海外の大規模治験の結果を参考に、迅速承認したため、日本人を対象とした情報が不足していた。日本人のデータ収集が喫緊の課題であった。この問題の解決をリードしたのが、誠励会だった。いくつかの臨床研究を発表している。これも坪倉医師と誠励会などの共同研究だ。

まずは、昨年11月に発表した平田村、相馬市、南相馬市の住民2500人を対象とした抗体価の研究だ。彼らの調査によれば、感染や重症化予防の目安となる中和活性は、2回接種終了から60日未満の人は365であるのに対し、150日以上が経過した人は99へと減少していた。感染予防の目安は100だ。抗体価の減衰には個人差があったが、一般的に高齢になるほど低下しやすかった。以上の事実は、高齢者への接種の必要性を支持した。

この研究は、当時、国内で実施された同種のものでは最大規模で、説得力があった。多くのマスコミも報じ、我が国のコロナ対策に大きな影響を与えた。

今年8月に発表した小児を対象としたワクチン接種の副反応調査も意義あるものだった。彼らは、ワクチン2回接種を終えた、石川郡在住の5〜11歳の小児806人のうち、アンケート調査に協力した421人を対象に、副反応の実態を調査した。多くの小児が接種部位の腫脹・痛みを訴えたものの、発熱や倦怠感などの全身性の副反応を訴えたのは、接種者の12%以下で、入院を要した小児はいなかった。接種者の大半が何らかの副反応を訴える成人とは対照的な結果だった。ワクチン接種に不安を抱く小児・保護者にとっては有り難い情報だった。

もちろん、小児へのワクチン接種に問題がなかった訳ではない。彼らの調査では、花粉症を有する小児162人のうち、36人(22%)で、接種後にその症状が悪化したと回答している。この結果は、調査時期が花粉症のシーズンと重なったためのバイアスなのか、コロナワクチンが小児のアレルギー性疾患を悪化させる可能性があるのかはわからない。ただ、花粉症を有する小児に接種する際には、医師と相談するなど、慎重な対応が必要と言っていいだろう。この辺りも、石川郡のようなお互いの顔が見える地域コミュニティでは柔軟な対応が可能だ。

これが佐川氏が作り上げた地域医療だ。被曝からコロナ対策まで、地域を支えた。そして、彼らの試行錯誤が、国内外に大きな影響を与えた。私は、このような地域コミュニティで仕事をさせていただいたことに感謝したい。今後、佐川氏が育てた後継者たちが、このコミュニティを引き継ぐだろう。佐川氏の冥福を祈りたい。

トップ写真:誠励会と地元の東邦銀行のコロナ感染対策連携を発表する記者会見にて、右端が坪倉医師、三人目が佐川文彦理事長 出典:筆者提供




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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