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.国際  投稿日:2021/6/25

比マニラで中国人による誘拐が頻発


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比「オフショア・カジノ」めぐり中国人による誘拐事案続発。

・中国人の流入増の背景にドゥテルテ大統領の親中姿勢との指摘。

・大統領の対中「弱気外交」は、次期大統領選の焦点の一つ。

 

フィリピンのマニラ首都圏警察は6月18日、誘拐容疑で中国人5人を逮捕したことを明らかにした。フィリピンではマニラ周辺に点在する「オフショア・カジノ」で働く多くの中国人従業員がカジノで大損をして支払いができなくなった客を人質にとって家族や勤務先企業などに「身代金」を要求する事案が相次いでいる。

地元フィリピンのメディアなどの報道によると、マニラ首都圏パラニャケ市でオフショア・カジノ従業員の中国人(23歳)が誘拐されそうになり、この中国人が滞在中のホテルの警備員による通報で警察が駆けつけて、中国人5人を誘拐容疑で逮捕して「人質」を無事解放した、という。

地元警察は逮捕した中国人はいずれも不法滞在でオフショア・カジノに関係していたという。「ホテル関係者の迅速な通報で逮捕に至った。市民の協力は不可欠だ」とコメントしている。

相次ぐ中国人による誘拐事件

こうした中国人による中国人あるいは外国人の誘拐事件は、2016年以降続発しており、フィリピン警察も多数の中国人が労働者として働く各地の「オフショア・カジノ」には警戒の目を光らせる事態が続いているという。

2021年1月には中国人の電子機器工場従業員2人が誘拐され、身代金が会社に要求される事案が発生し、中国人8人が誘拐容疑でマニラ警察に逮捕された。この事件では会社に対して約62,000ドルの身代金が要求され、支払った直後に人質の一人が殺害され、遺体が放置されていることが判明するなど誘拐犯の残虐な実態が伝えられた。

また2017年7月には、オフショア・カジノで負けが込んで支払いができなくなったシンガポール国籍の女性が中国人らに誘拐される事案も起きている。この時はフィリピン警察が人質を無事救出し、誘拐犯として外国人など43人を逮捕したが、大半は中国人であったという。

こうした中国人の犯罪者、オフショア・カジノ労働者、中国人所有の各種工場での労働者の大半は滞在期間を過ぎたり、目的外で労働に従事したりする「不法滞在」で、入国管理当局も摘発に躍起となっている。

背景にドゥテルテ大統領の親中姿勢か

2016年以降に急増したといわれる中国人のフィリピン流入は、同年に大統領に就任したドゥテルテ大統領の親中姿勢と無関係ではない、と地元メディアは伝えている。

▲写真 ドゥテルテ大統領と中国の習近平国家主席(2017年5月17日 北京) 出典:Roman Pilpey-Pool/Getty Images

ドゥテルテ大統領は南シナ海での領有権問題で対立する中国に対して、口では対決も辞さない強硬姿勢を度々示しながらも、実質的には中国からの巨額の経済支援、インフラ支援などは国内経済に不可欠として親中姿勢を示している。

ドゥテルテ大統領は中国からの投資を歓迎し、旅行者や労働者の流入を歓迎する立場を貫いてきた。このため旅行者としてフィリピンに入国して、滞在期限が切れても資格外活動である労働をして長期滞在する中国人が急増しているのだ。

■ 15万人がカジノ業に従事

フィリピン当局によると、現在約15万人の中国人がオフショア・カジノで従業員として働いているという。中国人が経営・運営するオフショア・カジノは主に中国本土に滞在している中国人を顧客にしている「オンライン・カジノ」が中心となっている。

中国本土では許可されないカジノがフィリピンで運営されているため、中国当局も手が出せない状況といわれ、このところのコロナ感染拡大による自宅待機やリモート・ワークなどでインターネット経由の「オフショア・カジノ」は大繁盛している、といわれている。

カジノでの借金・負債問題に加えて、売春やマネーロンダリング、そして負債者、従業員同士の誘拐など「オフショア・カジノ」はあらゆる犯罪の温床として警戒されている。

しかし中国人経営者らは「オフショア・カジノ」のライセンスを合法的に入手している現状から、具体的な犯罪行為が露見しない限り警察による摘発は事実上難しく、逆にそれが不法滞在の中国人によるあらゆる犯罪を誘発しているという側面があるという。

コロナ禍で以前ほど中国人の来訪は多くないといわれているが、犯罪に関与した中国人をフィリピン警察当局が摘発、入管当局が中国へ強制送還しても、中国からは相変わらずの入国者続きで、「イタチごっこ」の悪循環が続いているのが実状という。

次期大統領選の焦点にも

国民や野党からはドゥテルテ大統領の中国への「弱気外交」「柔軟姿勢」への反発が根強くあるものの、中国の習近平国家主席が推し進める「一帯一路」構想の経済支援やコロナ・ワクチン外交に対してドゥテルテ大統領は国民に対して「面従腹背」を貫こうとしているようにみえる。

▲写真 サラ・ドゥテルテ・ダバオ市長(左) 出典:外務省ホームページ

2022年5月に迫る次期大統領選に再選規定でドゥテルテ大統領は大統領候補として出馬はできない。しかし、副大統領候補としての出馬は可能であり、次期大統領の有力候補がドゥテルテ大統領の娘、ミンダナオ島ダバオ市のサラ・ドゥテルテ市長であることなどから、「親子で正副大統領」の可能性も取りざたされている。

国民が親中姿勢を貫くドゥテルテ大統領をどう評価するかが次期大統領選の大きな焦点の一つになりそうだ。

トップ写真:マニラ市内を巡回するパトロールカー(イメージ) 出典:Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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