比、違法就労中国人一斉逮捕
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・比で違法就労、コロナ規制違反で中国人90人を逮捕。
・中国人の「逮捕・送還」と「入国」の〝イタチごっこ〟続く。
・比当局は、コロナ入国制限の今が不法中国人摘発の好機と判断。
フィリピン国家警察はルソン島の首都マニラ近郊で不法滞在しながら中国本土の顧客を対象とした「オンライン・カジノ」業に従事するなどの違法就労していた中国人90人などを入国管理法違反とコロナウイルス感染防止の規則違反などの容疑で逮捕したことを明らかにした。
警察によると市民からの情報提供を受けて踏み込んだホテルの複数の部屋で、中国人らはコロナ感染対策で規制されている「密閉空間、密集場所、密接場面」といういわゆる3密状態でオンライン・カジノ業に従事していたという。
5月29日、マニラの南にあるカビテ州バコール市内にあるホテル「バジェット・ホテル」に捜査員が一斉に踏み込んだ。同ホテル周辺の住民などから「外国人が多数出入りしている」との情報提供に基づき、内偵捜査の結果「不法滞在」の可能性が高い中国人多数の出入りが確認されたことを受けての一斉捜査となった。
29日に同ホテルに捜査のため警察官が入ろうとしたところ、見張り役と思われる中国人が気づき、ホテル内の仲間に連絡して多数が逃亡を試みたもののホテルの周囲を固めていた捜査陣によって容疑者ほぼ全員が逮捕されたと、31日に国家警察は地元マスコミに対して明らかにした。
■ 多数のパソコン、携帯電話、現金を押収
国家警察の刑事事件捜査局によると、同ホテルの複数の部屋に長期滞在しながらパソコンを使用して「オンライン・カジノ」に従事していた中国人90人、マレーシア人2人を不法滞在と違法就労の疑いで逮捕した。
またホテルの室内という「密閉空間」に大人数が滞在するという「密集場所」でマスクや十分な距離を保たない「密接場面」でもあったことから、フィリピン政府が進めるコロナウイルス感染対策の規則違反の容疑も持たれているとしている。
同ホテルの複数の部屋を捜索した結果、警察はラップトップのコンピューター50台、携帯電話100個以上を押収するとともに合計530万ペソ(約10万5000ドル)の現金を発見、証拠品として押収したという。
▲写真 6月2日ケソン市での摘発で押収されたコンピューターなどの機器。 出典:National Capital Region Police Office
■ 中国人による違法行為の拠点、マニラ
フィリピン国家警察や入国管理局などによると、こうしたオンライン・カジノやオンライン振り込め詐欺など、中国本土で禁止されているインターネットを利用した犯罪に従事する中国人の大半が観光ビザでフィリピンに入国しているという。
中国人によるこのような「違法なカジノや振り込め詐欺」などの犯罪はこれまでもマニラ首都圏やその周辺で多く摘発され、容疑者の大半が中国本土に強制送還されている。
入管当局などによると2019年以降強制送還された中国人犯罪容疑者は数百人に上るという。同様の事案はマレーシアやインドネシアでも報告されおり、中国本土の犯罪組織が組織的に要員を周辺の東南アジア各国に送りこんでいるとみられている。
フィリピン捜査当局などは同国に滞在している中国人は全土で約20万人とみているが、その多くが不法滞在して違法行為に従事しているとみて、鋭意摘発を続けている。
しかし中国側の強力な犯罪組織とそのネットワークにより中国人犯罪者の「摘発・逮捕、強制送還」と「新たな中国人の入国」による当局との間で“イタチごっこ”状態が続いているのが実情という。
▲写真 6月2日ケソン市での摘発で逮捕され移送される外国人(中国人が含まれているとみられる)。ほとんどが強制退去となるとみられる。 出典: National Capital Region Police Office
■ マネーロンダリング、軍事スパイ容疑も
過去にはフィリピンのカジノ拠点「フィリピン・オフショア・ゲーミング・オペレターズ(POGO’s)」で働く多数の中国人が不法に大量の外貨を持ち込んでマネーロンダリングしている疑いや、マニラ周辺のフィリピン軍施設や基地での情報収集というスパイ行為を行っているとの疑いも指摘されている。
このほかにも中国人が関連する殺人事件や誘拐事件なども発生しており、フィリピンにとっては不法入国して犯罪行為に及ぶ中国人問題は頭痛の種となっている。(参考:3月9日「比で中国人犯罪、スパイ疑惑」)
■ 対中「柔軟姿勢」に加え課題山積
こうした状況の中でドゥテルテ大統領は、中国本土で禁止されているオンライン・カジノなどはフィリピンでは合法であることやカジノやオンライン詐欺の対象者が中国本土の中国人相手であるためフィリピン人が直接被害を被っている訳ではないこと、領有権争いがある南シナ海の問題については中国からの多額の経済支援を念頭にして対中外交で「柔軟姿勢」を取っていることなどからオンライン犯罪事案への摘発強化にはあまり積極的ではないとされている。
▲写真 ドゥテルテ大統領(20204月28日) 出典:フィリピン外務省フェイスブック
もっとも現実的にはドゥテルテ政権はコロナウイルスの感染拡大阻止という喫緊の課題への取り組みに全力を挙げている最中でもあり、南部で活動を強めているイスラム系武装過激組織、南シナ海領有権問題さらに超法規的殺人を含めた麻薬犯罪対策などの課題が山積しており、中国人による犯罪の徹底的取り締まりまで手が回らないのが実情ともいえそうだ。
フィリピンでのネット犯罪の背後で暗躍しているとされる中国の犯罪組織にしてみれば、こうしたドゥテルテ政権の隙を狙う形で違法行為を継続してきた。しかし最近はコロナウイルス感染阻止のために外国人旅行者の入国制限が強化されており、その影響で新たな「ネット犯罪の従事者」を観光ビザで送りこむことが難しくなっているとされ、国家警察や入管当局などは「新たな要員補充が難しい今こそすでに入国している中国人の犯罪容疑者摘発の好機」として情報提供を呼びかけるとともに摘発・逮捕に積極的に乗り出す姿勢を示している。
トップ写真:無許可のオンラインカジノと新型コロナウイルス感染防止のための検疫規則違反の疑いによる摘発で外国人男女151人を逮捕。不法滞在の中国人も多く含まれているとみられる。(2020年6月2日 ケソン市) 出典:National Capital Region Police Office
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。