リスキリングに予算を配分、注目すべき岸田政権の経済対策!【日本経済をターンアラウンドする!】その5
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・10月28日、岸田政権発足後2度目の経済対策が閣議決定された。
・注目は3年間に4000億円規模であった人への投資を5年間で1兆円に拡充すること。
・国が関与する「明確な」目的、インセンティブが機能しやすいデジタル技術を使用したスムーズな申請方法など制度設計を注意してもらいたい。
10月28日に岸田政権発足後2度目となる経済対策が閣議決定された。経済対策のタイトルは「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」。物価高騰・賃上げへの取組、円安を活かした地域の「稼ぐ力」の回復・強化、「新しい資本主義」の加速、国民の安全・安心の確保を掲げたものだ。
【出典】首相官邸HP 総合経済対策
電気料金7円補助(1kwhあたり)、都市ガス30円(1㎡あたり)、子育て10万円相当ということが世間的には目立つが、ここで注目のポイントは3年間に4000億円規模であった人への投資を5年間で1兆円に拡充することである。
【出典】首相官邸HP 総合経済対策
◆さすがの問題意識
その問題意識は「非連続的なイノベーションの原動力となるのは人であり、官民連携でリスキリングと成長分野への投資を推進し、構造的賃上げと成長力の強化を図る」ことにある。
そして「年功給から日本に合った職務給中心のシステムへの見直しなど労働市場改革」である。スキルアップと成長分野への労働移動を同時に達成するわけだ。
・より高い賃金で新たに人を雇い入れる企業への支援の拡充
・民間専門家に相談して、リスキリング・転職までを一気通貫で支援する制度を新設
・地域金融機関等による地域企業への人材マッチング等に取り組む
・副業を受け入れる企業への支援を新設
・リスキリングに取り組み、キャリアを形成していくことを支援する企業への助成率引上げなど、労働者のリスキリングへの支援を強化
実質、「構造改革」といってもいい内容である。具体的にみてみよう。
◆具体的なプログラム
・キャリアアップ助成金による非正規雇用労働者の正社員化や処遇改善の推進(厚生労働省)
・労働移動支援助成金(早期雇入れ支援コース)及び中途採用等支援助成金(中途採用拡大コース)の見直し(厚生労働省)
・特定求職者雇用開発助成金(成長分野人材確保・育成コース)の拡充(厚生労働省)
・労働者に転職の機会を与える企業間・産業間の労働移動の円滑化(経済産業省)
・先導的人材マッチング事業(内閣府)【再掲】
・地域金融機関取引事業者支援高度化事業(大企業の人材プラットフォーム(レビキャリ)を通じたマッチング支援等)(金融庁)【再掲】
・人材開発支援助成金の「人への投資促進コース」の拡充(助成率の引上げ)及び「事業展開等リスキリング支援コース(仮称)」の創設(厚生労働省)
・産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)(仮称)の創設(厚生労働省)
・経済社会の変化に対応した労働者個々人の学び・学び直しの支援(教育訓練給付の拡充)(厚生労働省)
・成長分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業(文部科学省)
・建設技能者のスキル向上・処遇改善に向けた建設キャリアアップシステムの導入促進事業(デジタル庁)
・公的職業訓練のデジタル分野の重点化によるデジタル推進人材の育成(厚生労働省)
・科学研究費助成事業「特別研究員奨励費」による若手研究者への支援の強化(文部科学省)
・海外留学支援制度における日本人学生の留学継続のための経費(文部科学省)
・JICA開発大学院連携等を通じた人への投資の促進(外務省)【再掲】
・雇用調整助成金の特例措置等の段階的な縮減(厚生労働省)
【参照】経済対策
と非常に多くの事業が並んでいる。流石の内容である。
■機能させるために必要なこと
とはいえ、注意点もおおそうだ。
第一に、国が「特別に」支援する意味を明確にし、きちんと効果検証ができるようにすることである。
お金を投下したら、それなりに支援件数、マッチング件数など成果があがってしまうのがこうした事業の特徴であり、それなりに「成果」はでる。たとえば、「令和3年度先導的人材マッチング事業」を見てみよう。
【出典】先導的人材マッチング事業 ガイドブック(令和2年度版)
間接補助事業者に事業の推進を委託する。報告書を見ると、実際、地銀の人材紹介事業なのだが、地域企業の成長可能性を見極め、対象企業をリストアップし、事業性評価や経営者との対話を通じて経営課題を把握・深堀し策定した人材像についてマッチングができたことがわかる。素晴らしい内容である。
しかし、マッチング結果は製造業中心であって、民間が普通にやっている事業との違いがあまり見えず、わざわざ国が「特別に」支援する事業なのか、という思いを同時に抱いてしまった。既存の民間事業者のビジネスの延長のような事業だとそれなりに成果は出やすいが、それは「国が税金を使ってやる事業」としての意味もよくわからなくなってしまう。難しいところであろう。
そして第二に、スムーズに円滑に給付・助成できるのか。たとえば、「産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)(仮称)の新設」とあるが、「産業雇用安定助成金」自体の改善版なのだろうか。産業雇用安定助成金を見てみよう。
【出典】産業雇用安定助成金のガイド
とはいえ、手続きも結構面倒であることも確か。電子申請はできるが、ワンタイムパスワードも何度も求められ(セキュリティの点からは当然かもしれないが)、マニュアルを読んで対応しなくてはいけないのでそれなりに大変である。計画届作成・提出・申請請・・・。もうちょっと簡易に、円滑にできないだろうか、という声をよく聞く。実際サイトを見てみたが、なかなか作業に時間がかかる。
1年間で1万440件の活用があり、在籍型出向では「出向元企業:労働意欲の維持・向上、能力開発効果。出向先企業:自社従業員の業務負担軽減、即戦力の確保。出向労働者:能力開発・キャリアアップ、雇用の維持」(厚生労働省HP「雇用を守る在籍型出向、活用広がる」より)といった成果があったそうなのにもったいない。
■岸田政権は「実行」を期待
国が関与する「明確な」目的、インセンティブが機能しやすいデジタル技術を使用したスムーズな申請方法など制度設計が注意してもらいたいところである。前回もいったが「ソフトな」「ボトムアップ」戦略の経済構造の改革は本当に素晴らしい、岸田政権に期待したい。
トップ写真:記者会見する岸田首相 2022年10月28日
出典:首相官邸
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この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者
経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家
NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。
慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。
専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。