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.経済  投稿日:2022/11/2

産業構造改革促すリスキリング支援【日本経済をターンアラウンドする!】その4


西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)

【まとめ】

岸田首相は「リスキリング」支援に5年で1兆円を投入する計画を表明。

労働者の成長分野へのシフトを促し、ボトムアップのアプローチで産業構造改革を進めようとしている。

・リスキリングに重点的に投資する政治的センスは日本のターンアラウンドの一丁目一番地になるかもしれない。

 

リスキリング

10月3日に岸田首相は所信表明演説で「リスキリング(学び直し)」支援に5年で1兆円を投入する計画を表明した。

リスキリングとは、「学び直し」の訳。定義としては「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること・させること」となっている。目的は、成長分野への労働移動を促すことである。

さすがの戦略性である。まさに、アプローチとしては最高なのである。その理由を見ていこう。

■リスキリング政策に見る政権の戦略性

何がすごいのか?

それはその戦略性だ。筆者は雇用規制緩和、産業構造改革を主張してきた。しかし、雇用規制の緩和(つまり解雇規制緩和)、産業構造改革(高度成長を支えた重厚長大産業からIT産業など収益が高い産業へ労働者をシフトする)といった話であるが、主張するだけでも、多くの利害関係者から反対にあってきた。多くの人に「痛み」を伴うため、為政者としては心理的ハードルが高いものである。雇用を守ってもらいたい労働者もだし、労組もそうだし、古参の大手企業の方々は反対するだろう。こうした正社員を解雇して、人を新規産業に移動してもらうような政策は、トップダウン的に進めるしかないが、政治的にも難しい。なぜなら、既得権があるからだ。産業構造改革をトップダウンで進められなかったのが、日本の失われた30年と言っても過言ではない。

だからか、岸田政権はボトムアップという「逆」のアプローチをとった。

まずはリスキリングの場を与えて、自主的に労働者が未来のキャリアをデザインして、スキルを付けて、将来的に見込みのない業界から将来的に見込みがあり、収益の高い業界・業種へのシフトを図るということだ。

■岸田リスキリング支援が凄い理由

凄さの理由は第一に、企業や制度改革をするのではなく、労働者に自主裁量を与えていくという「前向きな」戦略であるということ。

第二に、そもそも民主主義・資本主義社会ではできない、強権的な政府でないと成功するのが難しい産業構造改革を促す「ソフト」で「批判の少ない」アプローチを見出したことである。

労働者や旧態依然とした大企業を統制・管理・誘導したり、政治的な構造改革・制度改革といった「ハード」な改革ではなくソフトなところ。ソフトであるところは、労働者の未来のイニシアティブを重視しているところである。だから反対もそんなに起きないという意味で、相当の高等戦術である。構造改革や制度改革のような「大きな」ストーリーではなく、非常に等身大の現実的なアプローチと言える。

■リスキリングの中身は?

今後、「人への投資」と「企業間の労働移動の円滑化」のために、受け入れ企業への支援や、リスキリングから転職までを一気通貫で支援する制度といった施策を新設・拡充していくそうだ。

今、ビジネス界では人的資本という言葉が騒がれている。ビジネスの根本的なパラダイム転換と言ってもいい。

▲図(筆者作成)

人的資本とは、これまで「費用」と考えられていた人材を個人が持つ知識、技能、能力、資質等の付加価値を生み出す「資本」として捉えるという考え方のこと。デジタル時代の競争力の源泉は工場や店舗ではなく、革新的ビジネスを創造するものとみなされ、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方が求められている。

「人への投資」のプログラムでリスキリングなど、自分の興味に近い仕事や能力にみあったスキルを身に着けるための職業訓練を受けて、生産性の高い、賃金を高めにもらえる、もしくは賃金は低くてもキャリアが見通せる、自分自身のやりがいを感じられる仕事に移れる。単なる「労働」から「仕事」へ、「サラリーマン・ウーマン」から「ビジネスパーソン」へ、やらされる仕事からやりがいのある仕事へ、社畜から思考して自立する人財へ、と仕事観も変わり、キャリアも見出せるようになる。その結果、産業構造改革で皆がハッピーになるという岸田政権の戦略である。

リスキリングの意識が低い日本でリスキリングに重点的に投資する、その政治的センスは日本のターンアラウンドの一丁目一番地になるかもしれない。岸田政権に期待したい。

(つづく。その1その2その3

トップ写真:新しい資本主義実現会議のまとめを行う岸田総理(2022年10月26日 総理大臣官邸) 出典:令和4年10月26日 新しい資本主義実現会議 | 総理の一日 | 首相官邸ホームページ




この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者

経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家


NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。


慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。


専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。

西村健

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