先制攻撃をしないためにこそ必要な核抑止力
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・岸田政権が「安保3文書」を閣議決定した。各政党からは『反撃能力』について様々な意見が出た。
・問題は、中国や北朝鮮が日本に対し「核の恫喝」に出てきた場合である。
・英国型の独自核抑止力を整備すべき。すなわち潜水艦に核弾頭搭載ミサイルを装備し潜行させる「連続航行抑止」という戦略である。
岸田政権が国家安全保障戦略など「安保3文書」を閣議決定(2022年12月16日)したことを踏まえ、同12月20日、立憲民主党が「外交・安全保障戦略の方向性」と題する文書を発表した。
玄葉光一郎元外相(ネクスト外務・安全保障大臣)が中心になってまとめたという。
その中で、「我が党は、政府与党が容認したスタンド・オフ防衛能力等による『反撃能力』については以下の懸念を持っている」として、こう述べている。
《政府見解では、「我が国に対する攻撃の着手」があれば先制攻撃にあたらないとされているが、正確な着手判断は現実的には困難であり、先制攻撃となるリスクが大きい》
これは理論的には正当な懸念である。
後で触れるように、政府の安保3文書は「着手」の時点で反撃とは書いておらず、「相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、…更なる武力攻撃を防ぐために」としているが、ともあれまず、政界におけるここ数年の議論を振り返っておこう。
2021年9月19日、自民党総裁候補の1人としてフジテレビの番組に出演した河野太郎は、敵基地攻撃能力について次のように発言し、否定的態度を取った。
《敵基地なんとか能力みたいなものは、こっちが撃つ前に相手が撃たなかったら相手の能力が無力化される。(相手に先制攻撃の誘惑を与え)かえって不安定化させる要因になる(カッコ内島田)》
「なんとか能力」という小バカにした言い方や、建設的代案を示さない辺り、河野の不見識が表れているが、相手の予防攻撃を惹起しかねないというのは1つの論点である。
同様に、公明党の山口那津男代表も、「敵基地攻撃能力が国会で議論されたのはもう70年も前のことで、いささか古い議論の立て方だ」と繰り返し述べていた(例えば2022年1月9日のNHK番組で)。山口も建設的な代案を示していない。
山口のいう「70年も前」の議論とは、次の鳩山一郎首相答弁(1956年)を指す。
《わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います》
山口発言が出た同じNHKの番組で、立憲民主党の泉健太代表も、「今の時代は発射台付き車両からミサイルを射出する」と強調し、移動式ミサイルの位置を把握して、発射前に無力化するのは不可能との趣旨を述べている。
一方、日本維新の会の馬場伸幸共同代表は「わが党は敵基地攻撃能力とはいわず、領域内阻止能力と呼んでいる。抑止力として一定の反撃能力を持つことは絶対に必要で、領域内阻止能力は予算をつけて高めていくべきだ」と力説した。
国民民主党の玉木雄一郎代表も「敵基地攻撃能力という言葉はどうかと思うが、相手領域内で抑止する力は必要だ」と同調した。
自国領域内で超音速ミサイルの迎撃を試みるより、相手領域内で発射前のミサイルを叩く方が効果的との議論は、自民党の小野寺五典安全保障調査会長(元防衛相)などが夙(つと)に行ってきたところである。
その場合、敵基地攻撃と言ってもあくまで迎撃の一種であり(場所が自国内か敵国内かの違いだけ)、専守防衛と矛盾しないとの理論構成が採られてきた。
問題は、中国や北朝鮮が日本に対し「核の恫喝」に出てきた場合である。
その場合、発射直前に相手の核ミサイル基地を叩くという発想は現実的ではなく、非常な危険を伴う。
まず、中国も北朝鮮も移動式発射台(輸送起立発射機)をすでに運用しており、常時正確な位置情報を得るのは不可能に近い。防衛白書も移動式ミサイルは「発射の兆候を事前に把握するのが困難」と記している。
しかも、緊張が高まる状況下では、点検や修理などのメンテナンス活動を発射準備と誤認してしまう可能性も常に付きまとう。結果的にかなりの死傷者を出す不意打ち攻撃となり、相手に核ミサイル使用の口実を与えかねない。
実際、2022年4月1日、韓国の徐旭国防部長官が「(北朝鮮の)ミサイル発射の兆候が明確な場合には、発射地点や指揮・支援施設を精密攻撃できる能力を備えている」と発言したのに対し、北の独裁者金正恩の妹、金与正朝鮮労働党副部長が「南朝鮮が我々と軍事的対決を選択するなら、我々の核戦闘武力は任務を遂行せざるをえない」と核報復を示唆している(同5日)。
さらに9月8日、北朝鮮は最高人民会議で「核戦力政策に関する法令」を成立させ、「指揮統制システムが敵対勢力の攻撃により危険に瀕する場合、核打撃が自動的に即時に断行される」(第3条)と明確に規定した。
さらに金正恩は、同年の朝鮮労働党中央委員会総会最終日の12月31日、「核心的な攻撃型兵器で、敵を圧倒的に制圧できる。本当に感慨無量だ」と述べた上、「核戦力は戦争の抑止と平和・安全を守ることを第1の使命とするが、抑止が失敗したときは、防衛とは異なる第2の使命も決行する」と先制攻撃の意思を明言した。
こうした状況下では、発射前に基地を叩く戦術では、危険な相手との危険な神経戦となり、先制核攻撃を受ける可能性が高まる。
やはり、事前ではなく事後、すなわち相手が大量破壊兵器を用いたり、非人道的な無差別攻撃を行ったりした時点で、その指令系統中枢に「耐えがたい被害」を与える反撃戦略を抑止の基本とすべきだろう。
先に触れたとおり、小野寺を会長とする自民党安全保障調査会は「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」と題する文書で、次の認識を示した(2022年4月26日)。
《弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力(counterstrike capabilities)を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処する。反撃能力の対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等も含むものとする》
攻撃対象をミサイル発射台に限定とも取れる従来の「敵基地攻撃能力」(それゆえ河野太郎や山口那津男、泉健太らの非建設的反論を生んだ)が、対象に相手司令部など「指揮統制機能」も含むことを明示した上で「反撃能力」という言葉に変えられた。適切な修正と言える。
その後政府が発表した「国家防衛戦略について」(安保3文書の一つ)では次のように書かれている。
《相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある》
正しい発想である。ただし通常戦力による反撃では、相手司令部の無力化は困難で、抑止力として充分ではない。反撃ミサイル1発につき、地上の構造物を一つか二つ破壊できる程度だろう。
核の脅しに対しては、やはり相手の指令系統中枢を壊滅させられる核による対抗手段の明示が不可欠である。
私は英国型の独自核抑止力を日本も整備すべきだと思っている。すなわち発見されにくい潜水艦に核弾頭搭載ミサイルを装備して潜行させる「連続航行抑止」と呼ばれる戦略である。
英国の場合、具体的には戦略原潜4隻が、それぞれ16基のトライデントⅡミサイルを搭載し(=1基当たり核弾頭3発を装備できる。4隻合わせて約200カ所の目標を攻撃可能)、常時1隻は外洋に出るシステムを維持している。なおフランスもほぼ同様の核抑止システムを採っている。
ちなみに、ソ連が人工衛星の打ち上げに成功し、ミサイル開発で先行したことを印象付けたスプートニク・ショック(1957年)を受け、NATO首脳会議が核共有を決めたのが同年12月であった。英仏は同時に独自核抑止力の開発も加速させた。先に引いた鳩山一郎首相答弁の約1年後である。
山口公明党代表の言うように、日本が70年前の議論に固執しているのが悪いのではない。70年前に始めるべきだった本格的な核抑止力論議をいまだに始めていないことが問題なのである。
トップ写真:記者会見を行う岸田総理(2022年12月16日 総理大臣官邸)出典:首相官邸
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。