対北朝鮮政策日米に齟齬なし
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・拉致問題で訪米。日米の対北朝鮮政策に齟齬がないこと再確認。
・大量破壊兵器・ミサイル全廃と、拉致含む人権問題改善を米要求。
・北は、核問題と拉致問題の同時解決を図るしかないと認識すべき。
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5月2日から5日まで、北朝鮮による拉致被害者家族会、救う会、拉致議連の合同訪米団の一員として米国の首都ワシントンを訪れた。政府から左藤章内閣府副大臣(拉致問題等担当)も参加して行動を共にし、政府拉致問題対策本部と在米日本大使館がサポートに当たった。
米政府関係では、スティーブン・ビーガン北朝鮮担当特別代表やマット・ポッティンジャー国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長との面談が、特に具体的な形で有意義だった。
西岡力氏(救う会会長)と私(同副会長)とは4月29日から先乗りし、米国のシンクタンカーやトランプ政権に影響力のある人々と、本隊到着を前に様々に意見交換を行った。
報告すべきことは多いが、ここではまず日米における対北朝鮮政策の基本線が世上言われる以上に一致している点を指摘しておきたい。
▲写真 米朝首脳会談(2019年2月27日 ベトナム・ハノイ) 出典:The White House facebook
米朝首脳会談の内実に通じたある米政府高官は、決裂に終わった2月のハノイ会談において米側は2つの要求を明確にしたという。アメリカは「北の真の経済発展」(real economic growth)に全面協力する用意があるが、それには2つの前提条件がある。
①核・化学・生物にわたるすべての大量破壊兵器と運搬手段であるミサイルの全面廃棄
②人権問題が真剣な改善が見られること。その中には日本との拉致問題解決が含まれる
拉致問題については、トランプ大統領が最初に取り上げたとき、金正恩は話題を変えようと努め、直接に応答しなかった。しかし続く会合で再度トランプ氏が取り上げたところ、金正恩はもはや話題を逸らし続けるのは無理と判断した如く、以後、米朝の間で「実質的な会話」(substantial conversations)が続くことになった。
拉致問題に関し、トランプ大統領が「複数回取り上げた」と報じられていたが、まさに1回目に金正恩が話題を変えて応じなかったため、改めて取り上げ、日本側に報告するに足る回答を迫ったという経緯だったわけである。
▲写真 南北首脳会談(2018年4月27日 板門店) 出典:韓国大統領府ホームページ
文在寅韓国大統領も、南北首脳会談の場で日本人拉致問題を取り上げたと日本側に伝えてきたが、おそらく日本から資金を得る算段を示唆しただけで、金正恩が話を逸らせば、それ以上深入りしなかったであろう。韓国人拉致を取り上げない韓国大統領が、相手の不興を買ってまで他国民の拉致を真剣に取り上げるとは思えない。
米側が経済協力の条件の1つに人権問題を挙げたのは事実だろう。北に関する累次の米国内法や議会決議に照らせば、人権状況の改善なしに、国交正常化も経済支援もあり得ない。予算権限を持つ議会を説得できないような合意は実質的意味を持たない(そのため、相手から取るものを取った上、「議会が認めなかったので悪しからず」と自らの約束は反故にするといった戦略的対応が時になされる)。
日本の場合は、仮に核問題が解決しても拉致問題が未解決なら、経済制裁解除もいわんや経済協力もあり得ない(少なくとも安倍政権の間は)。一方、拉致問題が解決しても核問題が未解決なら、国連安保理制裁決議に違反するような経済支援は行い得ない。
▲写真 日米首脳会談(2017年9月22日) 出典:首相官邸 facebook
北は、核問題と拉致問題の同時解決を図るしかないと、事態を正確に認識すべきだろう。この点において日米間に齟齬はない。
なお米国内には、拉致問題が解決すれば日本は北に関する他の人権問題には目をつぶって経済支援に走るのかといった疑念の声もある。
それについては、私はこう答えておいた。
「拉致問題がしかるべく解決すれば、救う会は解散となる。以後はメンバー各人が各人の判断で行動することになる。私自身は、北に強制収容所が残る以上、いかなる経済支援にも制裁解除にも反対する」と。
トップ写真:ポッティンジャーNSC上級部長(中央)と拉致議連や家族会関係者 (2019年5月 米・ワシントンD.C.) 出典:古屋圭司(拉致議連会長)facebook
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。