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.社会  投稿日:2023/2/20

ペロリストとホリエモン オワコン列伝 その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・回転寿司店で迷惑行為の動画が拡散し、時価総額約160億円が消えた。

・株価を故意に下落させ、空売りで儲けようとする者が現れると堀江貴文氏が指摘。

・ネットリンチに加担して正義の味方を気取る人は、法治国家の一員にふさわしくない。

 

スシロー騒動は、未だ収束に至っていない。

 1月29日、大手回転寿司チェーンのスシロー店内で、髪を金色に染めた若者が、テーブルに備えられた醤油差しや、客が自由に取れる湯飲みを舐め回したり、レーン上を移動中の寿司に自分の唾液をつける、といった行為を撮影した動画が拡散された。

 

 たちまち大炎上となって、ほどなく、この若者が岐阜県内の公立高校に通っていることや、コンビニでアルバイトしているといった個人情報、さらには中学の卒業アルバムの写真までがネットで晒され、これは単なる悪ふざけでなくテロ行為にも等しい、という意味なのかペロリストという異名まで授けられた。

 

 今の時代、こうした騒動は世界中に飛び火する。実際、英国の『ガーディアン』紙までが「Sushi terrorismによって日本の外食産業が震撼させられた」

 という趣旨の記事を掲載したほどである。漏れ聞くところによれば、近々『TIME』の表紙にも少年の写真が……というのは冗談だが、このチェーンを運営する「あきんどスシロー」という会社(厳密にはFOOD&LIFE COMPANIESの完全子会社)の株価は1日で145円も急落し、時価総額にして約160億円が消えたと言うから、まったくシャレにならない。

 事件直後の31日には、少年と父親がスシロー側に謝罪の意思を伝えたが、同社は、

「刑事・民事で毅然とした処置をとる」

 とコメントし、謝罪を受け容れることはなかった。

 この件についてホリエモンこと実業家の堀江貴文氏が、自身のYouTubeチャンネルで怪説、もとい、解説動画をアップしていたので、それにからんで話を進めたい。

 堀江氏は、こうした客の迷惑行為やバイトテロは昔からあったことで、今はSNSのせいで可視化されるようになっただけだ、として、

「知らず知らずのうちに、誰かがぺろぺろした寿司を、みんな食べてたんだろうね」

などと語った。この人の辞書に「言い過ぎ」という言葉はないのだろうか。

石原慎太郎が生前、日本でいたる所に自動販売機があるのは「あまり文化的ではない生活様式」のゆえだと発言してヒンシュクを買ったことがある。節電を呼びかける文脈ではあったようだが。

たしかにロンドンやパリでは屋外の自動販売機はあまり見かけないが、それは、人通りの少ない場所に設置などしようものなら、たちまち破壊されて小銭や商品を奪われるリスクがあるからだ。日本ではそうしたリスクが少ない、すなわち「民度が高い」からこそ、自動販売機が多い。海外生活を経験した者にとっては、常識に属することである。

それと同じで、ネット社会となる以前も、バイトテロのような行為は、もちろん絶無ではなかったろう(堀江氏も、学生時代に塾講師をした際の見聞として実例を挙げている)が、全体としては、飲食店における日本人のマナーが信頼に足るものであったからこそ、回転寿司やセルフうどんのような業態がここまで浸透したのだと私は考える。

可視化されただけ、という意見は、他にも幾人かの識者が開陳しているが、これもまた、一面の真理はあるにせよ、ニワトリと卵みたいな側面もあったのではないか。

ネットに画像をアップし、瞬時に世界中から注目を集めることも可能となったがために、歪んだ承認欲求が加速して、こうした迷惑行為の動機となったとも考え得る。端的に、本当に誰の目にも触れないとしたら「湯飲みペロペロ」や「おでんツンツン」の、一体なにが面白いのか、という話だ。

そして、ここからが堀江氏の真骨頂となるのだが、前述の株価下落の話を引き合いに、こうした行為をさせることで、株価を故意に下落させ、空売りで儲けようとする手合いが現れる可能性について言及した。

本誌の読者には、おそらく釈迦に説法だろうが、株取引というのは実際に株券が手元になくともできるので、言い換えれば自分の所有物ではない株を売買することも可能である。

この株は下がる、とあらかじめ分かっていたならば、その時点で売っておき、値下がりしたところで買い戻せば差額が利益になるというわけだ。

堀江氏自身も言及しているが、昭和世代は「グリコ森永事件」が未だ記憶に残っている。

1984年から85年にかけて起きた企業恐喝ならびに誘拐事件で、まずグリコの社長が誘拐・監禁されたのを皮切りに、カナタイプで「どくいり きけん たべたら しぬで」などと書かれた紙が貼られた菓子が売り場に置かれ、実際に青酸化合物が検出された。

そして「かい人21面相」を名乗る犯人グループから、犯行声明や金銭を要求する手紙が、報道機関などに送りつけられたのである。

これを機に「劇場型犯罪」という言葉が人口に膾炙するようになったが、現金の受け渡しも、その場で犯人を逮捕しようという警察の目論見も、ともに失敗に終わった。

しかし、一連の事件のおかげで標的とされた製菓会社の株価は暴落し、犯人グループの真の目的は、株価操作にあったのではないか、という観測は事件直後から、これまた色々な人が開陳していた。ちなみに2000年に公訴時効となっている。

つまり、堀江氏はバイトテロや客の迷惑行為が、この事件の再来となることを危惧しているわけだ。

だから、そうした動きを牽制するためにも厳正に対処した方がよい、という話で、私もこの点は基本的に賛成である。

ネットの一部では、前述のようにスシローが被った損害が160億円であるとして、その全額が少年に請求されて「人生終了」となるのでは、という観測も流れているようだ。念の入ったことに、たとえ自己破産しても免責されない、との解説を加えたサイトまであった。

事実は「賠償金を理由に自己破産をすることはできないが、裁判所が賠償金を取り立ててくれるわけでもない」ということで、賠償請求した側が5年にわたって督促を続けなければ、時効を宣告して「合法的に」踏み倒すことも可能なのだ。これは制度設計の欠陥ではないかと、前々から問題視されている。

 

なにも知らないか、もしくはこの話の前半だけ聞きかじって動画を上げたのだろう。

 

その以前に、そもそも160億円も請求できると、なにを根拠に考えたのか。

複数の弁護士がコメントしているが、株価の下落と少年の行為との因果関係を立証することはまず不可能なので、時価総額の消失分をそのまま損害額と主張するのは無理がある。

しかも株価はその後上昇に転じ、この原稿を書いている16日の段階では、すでに事件前の水準を上回っている。

少年の行為によって、備品の廃棄や消毒、アクリル板の増設など、1000万円以上のコストが生じたようだが、これについても、やはり弁護士の見立てによれば、テクニカルには請求可能だろうが、法理論的には「改善」なのか「損害」なのかという議論が生じるだろう、ということらしい。

いずれにしても、現時点では、撮影した仲間ともども、今月中にも警察が書類送検する模様だと報じられるにとどまっているので、果たしてどのくらいのペナルティになるか、などという競馬の予想屋じみた議論に、私はなんの意味も見いだすことはできない。

ただ、前述のように今後のことも考えて、謝って済むことではない、と広く知らしめるためにも、法制度の中で厳正に対処する必要はあると考える。

その一方、少年や家族の個人情報を晒した上で「人生終了」を勝手に宣告するネット上でのリンチも、早急に規制されるべきだろう。

民事・刑事の両面で厳正に対処するというスシロー側の姿勢は支持するが、それ以降は純粋に警察や裁判所の仕事である。法制度の中で、との前提を付けたのは、そういう意味だ。

家族や学校(報道によれば、自主退学したそうだ)までも巻き込むネットリンチに加担して、正義の味方を気取る人は、いかなる意味においても、法治国家の一員にふさわしくない。

(つづく。その1

トップ写真:回転ずし(イメージ)

出典photo by image navi/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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