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.社会  投稿日:2023/2/28

ウクライナへの軍事支援に思う(下)オワコン列伝 その6


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・オワコンにすべき兵器は核兵器。

・戦争で利益を得る人たちがいる限り、この世から戦争はなくならない。

・そうした発想自体がオワコンと気付くことが、戦争で犠牲になったウクライナとロシアの人に報いる唯一の道。

 

 前回の最後の方で、オワコンにすべき兵器もある、と述べたが、おそらくは読者ご賢察の通り、これは核兵器のことである。

 NATOが「真綿で首を絞めるように」ロシアを追い詰める戦略をとってきた、と繰り返し述べてきたのも、あまり露骨に追い詰めて、プーチンが核のボタンに手をかけることがないように配慮していたに違いない、との意味だ。

 このこと自体については、あらためて詳細な説明も不要だろうが、希望的観測を込めつつ述べることが許されるなら、もしも核が使われることなく事態を収束することができれば、

「やはり核は〈使えない兵器〉なのだ」

 という認識を、多くの人が共有できるようになるだろう。

 わが国では『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ・著 講談社)という漫画にまで、

「核がその威力を発揮し得るのは〈威嚇〉においてのみだ」

 という台詞が登場するくらいなもので、核を実戦で使用することはできない、と考える人も多いが、これが世界のコンセンサスにはなり得ていないことも、また事実であった。

 今次のプーチンにせよ、また最近の北朝鮮にせよ、核戦力を威嚇に用いることを、言わばセーフティネットにしているように見受けられるのだが、それはそもそも矛盾した発想であることに、核保有国の指導者達が気づく日が、早く来てくれることを切に願う。

 もうひとつ、今次のロシアが苦戦を強いられている原因として指摘されているのが、第二次世界対戦型の「電撃戦」が、戦略としてオワコンになったのでは、というものだ。

 事実、昨年3月のシリーズで報告させていただいたように、侵攻開始から最初の24時間で、700発以上ものミサイルと精密誘導爆弾がウクライナに撃ち込まれ、同国の軍事通信・指揮および情報収集システムは完全に破壊された。

 後は戦車の大群を戦闘に首都キーウになだれこめば、3~4日で片がつく、というのがプーチンの目論見であったと、衆目が一致している。

 実際、ウクライナのゼレンスキー大統領自身が、

「キーウの防衛線など3日しか持つまい、と世界中が考えていた」

と述懐したほどだが、現実は異なるものであった。

 今や宇宙空間にある衛星を介して、インターネットで情報がやりとりできる時代で、言い換えれば地上の通信網が壊滅しても、ただちに全軍の致命傷とはならないのだ。

 実際問題として、米軍が前述の指揮通信システムを肩代わりし、ウクライナ軍は効果的な防衛戦闘を継続できた。一方ロシア側はと言えば、なにも知らない観光客が地対空ミサイルを背景に「自撮り」した写真をネットに上げたことにより、配備した場所が露見する、とい事態に見舞われている。これはネット社会に対する理解度の差と言う他はない。

 戦略の問題について、もうひとつ述べると、かつてプロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツは、著書『戦争論』の中で、

「戦争能力とは戦力(資材および人員)と、意志の強さの積である」

 と述べた。

 これ自体は今も通用する考え方なのだろうが、現代の戦争においては、さらにふたつの要素を付け加えなければならないだろう。

 ひとつは、資材と人員を戦争目的のために効果的に動員するマネジメント能力、いまひとつは、国内外の世論を味方につけるプロパガンダ能力である。

 ヴェトナム戦争における米軍が格好の例で、戦闘資材では圧倒的に勝っていたにもかかわらず、史上最も不人気な戦争と呼ばれる事態を招いてしまったことから、敗北の汚名に甘んじることとなった。

 旧ソ連邦も、アフガニスタン戦争において、国際世論の支持を得られない戦争がどういう結果を招くか、多大な犠牲を払って学んだはずなのだが、プーチン大統領には、その教訓が伝承されていなかったらしい。

 もっとも、今でもロシア市民の7割近くは侵攻継続を支持しているそうであるし、やはり3月のシリーズでご登場願った、日本において戦争反対を訴え続けているロシア人も、

「NATOが供与した兵器で苦戦を強いられているだけで、最後の勝利は自分たちのもの、と素朴に信じている人は未だに結構多いですよ」

 と教えてくれた。

 つまり、国内世論を戦争支持でまとめ上げるプロパガンダの点では、プーチンの強気な姿勢も、あながち根拠のない自信と決めつけることもできないようだ。だからこそ厄介なのだが。

 もっともこの問題については。NATOもはっきり言って「同じ穴のムジナ」に近い。

 NATO諸国が開発製造した対戦車ミサイルや地対空ミサイルが大いなる戦果を上げたことから、わが国にも売って欲しい、という引き合いが殺到し、これら軍需産業に関わる企業の株は軒並み高騰した。

 国内でも、備蓄していた弾薬(砲弾やミサイル)が大量にウクライナ支援に回されたことから、近年大規模な紛争がなかったがために休眠していた製造ラインが、一斉に息を吹き返し、当然ながら雇用も増えている。

 前回、戦車がオワコン兵器か否かという話題にこだわって紙数を割いたのも、話がここにつながるからで、最新の戦車と言っても多くは開発されてから20年前後を経ており、そろそろ更新すべき時期に来ていた。

 一方どこの国でも、軍事予算の増大は国民の支持を得にくいもので、湯水のように金を使うイメージのある米銀でさえ、その例外ではない。

 ところがそこに「ロシアの脅威」が、これ以上ない形で国民の目に焼きつけられ、日本を含めて、軍備拡大のためにもっと金を使うべきだ、とのコンセンサスが出来上がりつつある。

 日本ではまた、G7(先進7カ国首脳会議)参加国の大統領・首相でキーウを訪問していないのは岸田首相だけだ、などという声まで聞かれる。

 行ってなにをすべきか、なにができるのか、という視点を欠落させたまま「世界の大勢」を語る姿勢もまた、もはや時代錯誤と断じるべきではないか。いっそのことキーウではなくモスクワに乗り込んで、

「唯一の被爆国である日本としては、核による威嚇など断じて容認できない」

 と、プーチン相手に啖呵を切れるのなら、話は別だが。

 戦争で利益を得る人たちがいる限り、この世から戦争がなくなることはない。

 これを「世界の現実」と受け取るのではなく、そうした発想自体がもはやオワコンなのだと、一人でも多くの人が、一日でも早く気づくこと。

 これこそが、戦争で犠牲になったウクライナとロシアの人たちに、本当の意味で報いる唯一の道であろう。

(つづく。その1その2その3その4その5

トップ写真:2023年2月 ウクライナ南部ドンバス地域で発射されるロケット

出典:Photo by Scott Peterson/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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