コオロギ給食はまずかった(上)今こそ「NO政」と決別を その1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・徳島県公立高校で食用コオロギの粉末を使ったコロッケを給食に出した話がネットで拡散。
・コオロギ事業に補助金が出て、予算に6兆円以上が使われていた」という事実でないツイートが拡散。
・事実に合致しない「ごり押し批判」は感心しないし、個人攻撃にはまったく同調できない。
個人的な話題から語り始めることをお許し願いたいが、私の亡父は農業問題を専門とするジャーナリストであった。『全国農業新聞』の編集長からフリーに転じたというキャリアを持つ。
日本政府の農業政策には一貫して批判的で、無策ぶりを揶揄した「NO政」というのは、父の造語であるらしい。
父子だからと言って、全面的に意見が一致していたわけでもないが、最近の農業・食糧事情を見るにつけ、我が親ながら、うまいことを言ったものだ、という気分にもさせられる。もちろん笑い事ではないのだが。
第一番目に取り上げたいのは、最近よくも悪くも注目されている、昆虫食についてである。
2月28日、徳島県内の公立高校で、食用コオロギの粉末を使ったコロッケを給食に出したという話題がネットで拡散されたことから、学校にクレームの電話が殺到したという。
この高校には食品科があり、主任の女性教諭が昨年、生徒と一緒に食用コオロギを試食したところ、あまりの美味に感動し、食糧問題を考える一助にもなるとして、昨年11月、そして前述の通り今年の2月と、2度にわたって「コオロギ給食」を供したという。
学校側の説明によれば、食べるか否かは生徒の自主性に任せたし、甲殻類アレルギーのリスクがあることは保護者に伝達済みであり、かつ保護者からのクレームはなかった。
しかしながら(おそらくは大騒ぎになってしまったので)、3回目の予定は今のところないとしている。
それからも、ネットでは賛否両論が飛び交ったが、著名なインフルエンサーが相次いで否定的な投稿をしたこともあってか、昆虫食そのものの旗色が悪くなった。
世論調査でもコオロギなど「食べたくない」と回答した人が大多数で、この件については次回もう一度見るが、陰謀論じみた「コオロギ食ごり押し」説が流布しているようなので、今回はこの問題を軸に話を進めたい。
事の発端は2月18日に、
「コオロギ事業に補助金が出ていた。予算に6兆円以上の血税が使われていました」
というツイートに、数千の「いいね(=高評価)」がついて拡散したこと。
その後、割とすぐにアカウントごと削除されたようだが、一度拡散してしまうと、繰り返し取り沙汰されるものだ。デジタル・タトゥーと呼ばれる。
前述のコオロギ給食を出した学校にクレームが殺到したというのも、こうした下地があったからではないかと思われるが、断定的なことまでは言えない。
問題は、くだんのツイート自体、まあバカッターとまでは言わないにせよ、まったく事実ではない、ということである。
農水省関連の2022年度予算が2兆2000億円ほどなのに、どこから6兆円の補助金、などという話が出てきたのか。
複数のメディアが「ファクトチェック」を試みているが、そうした記事によると、世に言うSDGs2021アクションプランに6兆5000億円ほどの予算が計上されているので、この金額と「食用コオロギはSDGsの理念にもかなう」という推進派の主張がごっちゃにされて、最終的には陰謀論まがいの誤情報が広まったものらしい。
よく知られる通りSDGsとは「持続可能な開発目標」のことで、食料やエネルギー問題だけでなく、貧困やジェンダーの問題にまで取り組もうというもの。6兆5000億円の予算が計上されたと述べたが、最も大きな支出は教育関連事業であり、2兆円以上を占める。
他にも災害対策や再生可能エネルギーの研究開発など、前々から政府が取り組んできた事業も多く、これらを合わせると予算総額の85パーセントに達する。
そして、ここが重要なところだが、食用コオロギなど昆虫食に関わる補助金など、1円たりとも予算化されていない。
それでもなんでも、一度拡散されてしまった
「政府が昆虫食をごり押ししている」
という話は、ネットの一部ではもはや既成事実化していると言って過言ではない。そのせいで、一部の芸能人がとばっちりを受けたりしている。
たとえば女優の長澤まさみ。
彼女がコオロギの粉末が入ったラーメンを好んでいるとTVで公表し、
「タンパク質も豊富だし、オススメですよ」
と語ったことが、ごり押しに加担する行為だということのようだ。
その番組が放送されたのは2019年のことで、当時はゴリ押しどころか極めて珍しい嗜好だとして話題になっただけなのだが。それで「カネもらってやってるだけだろう」「幻滅した」などと書き立てられるのだから、有名人は辛い。
人気番組『新婚さんいらっしゃい』のMCに抜擢されるなど、このところ注目度が上がっているタレントの井上咲楽も、自宅でコオロギや蚕を「食用として飼っている」と語ったが、彼女の昆虫食好きは「割と若い頃から」であると聞く。ちなみに現在23歳だが笑。
前に、フジテレビがオワコン扱いされるに至った原因は「韓流ごり押し」にあると考えた人が多いと述べたことがあるが、この時も騒ぎがしばらく続き、やはり一部の芸能人が、言わば巻き添えを食ってしまった。
たとえば当時まだAKBのメンバーだった渡辺麻友は、K-POPの歌手やパフォーマーを引き合いに出して、
「あの人たちの練習量とプロ意識を見せられたら、自分がアイドルを名乗っているのが恥ずかしくなる」
と語ったし、桃色クローバーZの百田夏菜子は、
「音楽とか料理とか、韓国っていいと思う」
そうである。そんな彼女たちは「反日アイドル」であるとして、ネットの一部から攻撃を受けた。
特定の国や民族を悪く言わない者は日本人らしくない、というのであれば、日本人には生まれたくないものだと、私などは思う。反日イケメン作家とでも呼んでくれたまえ……という話ではなくて、昆虫食など拒否したいと思うのはまったく個人の自由だし、差別や言葉の暴力を伴わない限り、批判もこれまた自由である。
ただ、事実に合致しない「ごり押し批判」は感心しないし、個人攻撃にはまったく同調できない。それだけの話だ。
また、ここまで読まれた人の中には、私が昆虫食を推奨しているかのように思われた向きもあるやも知れないが、それもそれで誤解であると、はっきり申し上げておく。
具体的にどういうことなのかは、次回あらためて掘り下げよう。
(つづく。)
トップ写真:コオロギなど昆虫を培養しているフランスのMicronutris社。
出典:Photo by Patrick Aventurier/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。