コオロギ給食はまずかった(下)今こそ「NO政」と決別を その2
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・昆虫はタンパク質が豊富で栄養価も高い「次世代フード」。
・「昆虫食ごり押し」は陰謀論だと疑われかねない。
・大手企業が昆虫食事業に相次いで参入表明、冷静な議論こころがけたい。
前回、複数の芸能人が昆虫食好きをカミングアウトしたところ、
「政府が昆虫食をごり押ししている」と考える人たちからネット上で攻撃された、と述べた。
この「ごり押し説」に真実性はないのだが、どうしてこうした考え方が出てきたのかは、やはりきちんと見ておく必要がある。
これまた前回も述べたことだが、わが国で昆虫食がクローズアップされるようになったのは2020年代に入ってからで、多くの人が、いささか唐突な感じを受けたに違いなく、そのことが陰謀論の下地になったのではないかと思われる。
さかのぼれば2013年に、FAO(国連食糧農業機関)が、地球人口が現在のペースで増加し続けたならば、遠からず深刻な食糧危機に見舞われるであろう、という文脈の中で、昆虫は牧畜などとは比較にならないほど簡単に食料となり、かつタンパク質が豊富で栄養価も高い「次世代フード」であるという報告書をまとめた。
つまりは、日本政府が唐突に昆虫食を推奨したのではなく、10年前から国際的に注目されてはいた。
とは言え、なにかと「世界の大勢」になびくのが好きな日本人も、昆虫食に対する拒否反応ばかりは、かなり根深いものであった。
今年に入ってから、大手グルメサイトの「ホットペッパー」が、20代から60代の男女1000人あまりを対して実施したアンケート調査では、実に88.7パーセントの人が、昆虫食は「避ける」と回答し、うち62.4パーセントは「絶対に避ける」と答えた。前回、世論調査でも支持が得られていないと述べたのは、具体的にはこのことを指している。
私も回答を求められたら「避ける」と答えたと思うが、これは「他に食べるものがあるのだから」くらいの、消極的な否定の姿勢である。
またまた私事に渡ることをお許し願いたいが、子供の頃から幾度も信州を訪れていて、長野県ではなく信州と呼ばないとしっくりこない、というくらい、あの土地は好きなのだが、昆虫食だけは御免だと思っていた。
その信州は最近、昆虫食の本場としても注目されているが、イナゴ、蜂の子、蚕のさなぎ、ざざ虫が四天王と呼ばれるそうだ。
温泉旅館の食卓に並ぶことは滅多にないが、道の駅では売られている。
そのような昆虫食を推奨するサイトもあり、なんでも初心者にお勧めなのはイナゴだそうで、炒めて醤油で味付けしたならば「すばらしくビールに合う」と書かれていた。
これにはかなり心が揺らいだが、ご案内の通り今月の日本はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の話題で持ちきりとなっており、取材に来た米国人ジャーナリストが、たまたま日本の「歌舞伎揚げ」を食して、
「こんなにもビールに合うSENBEIがあったとは!」
などと発信しているのを読んで、あっさり気が変わってしまった。イナゴか歌舞伎揚げかの二択なら、わざわざ虫を食べなくても……
これは意外と真面目な話で、先のアンケート結果ともあわせて考えると、まだまだ昆虫食を受け容れられない日本人が多いのは、やはり見た目の問題が大きいのではないだろうか。
子供の頃、信州で炒った蜂の子を出されたことがあるが、どうしても箸が伸びなかった。愛好家の方々には失礼な言い方かも知れないが、どう見てもヘビー級のウジ虫だったので。
お食事中の読者がもしいたら、重ねてお詫び申し上げるが、しかしながら、言わんとするところはご理解いただけるのではあるまいか。
もちろん、公平に見て、これは偏見である。
なまこや明太子にせよ、フランス人あたりが初めて見たら、食欲をそそられるとは考えにくい見た目だし、そのフランスにも、
「この世で一番豪胆なのは、牡蠣を初めて食べた奴だ」
という格言(?)がある。でんでん虫(=エスカルゴ)を最初に食べた奴はどうなのだろう、などと言いたくなるが、エスカルゴは食べられるのに蜂の子は御免だという私は、もしかして非国民なのか、とも思う。
外国つながりでさらに言えば、美食の国というイメージがあるスペインやイタリアでも、少数ながら昆虫食を好む人たちはいる。バルセロナの有名な市場の一角で、ソースにからめたセミやバッタ(イナゴかな?東京者には見分けがつきにくい)が山積みになっているのを見て、ドン引きした思い出がある。早い話が、言い出したらきりがないのだ。
上下2回の原稿の「下」も後半に入ってから、あらためてタイトルについて説明するのも妙なものだが、読者諸賢はすでにお気づきであろう。徳島県の高校で供された、食用コオロギを用いた給食が「まずかった」というのは、もちろん味覚の話ではない。
昆虫食について、まだまだ日本では理解が得られていないのに、既成事実を作ろうという意図だったのでは、と疑われかねないようなやり方には、賛同しかねるということだ。
これも前回述べたように、食べるか否かは生徒の自主性に任せた、というのが学校側の説明だが、相手は未成年者だ。そのあたりの判断も含めて、慎重さに欠けたと言われても致し方ない。もちろん、だからと言って学校にクレームの電話が殺到するというのも、いただけないが。
ここでもう一度そもそも論に立ち返るが、食用コオロギは本当に「環境にも優しい次世代フード」なのだろうか。
たしかにFAOの報告書にあるように、狭いスペースで集中的に飼育でき、なおかつ温暖化をもたらすガスもほとんど排出しない。
温暖化がどういう関係があるのか、と思われた向きもあろうが、実は牛のげっぷやおなら(本当に幾度も、お食事中の方、申し訳ありません)は結構濃度の高いメタンガスで、世界規模では莫大な排出量でもあり、いわゆる温室効果ガスであるという話は、1980年代から人口に膾炙していた。
しかし反面、コオロギは寒い場所では生きられないので、年間を通じて安定供給するためには、相応の電力などが必要となるし、野生のように雑食性で共食いまでする、という状況に置くわけには行かないから、飼料にも相応のコストがかかる。
もちろん日本の企業としては、そのあたりのことも織り込み済みなのだろう。
実際、2020年以降、全国で「無印良品」を展開する良品計画、大手冷凍食品メーカーのニチレイ、ポテトチップスで知られるカルビーなどが、相次いで昆虫食事業に参入する意思を表明している。ただしいずれも現時点では、既存の企業と業務提携して、研究資金を出す見返りに、将来の権利関係を求めている、という段階であるようだ。
つまりは、将来性を見込んでいるということで、これは企業としては当然の判断である。
ただ、有望な市場であるということは、利権も生じやすいということで、このあたりが「昆虫食ごり押し」といった、一種の陰謀論が噴出した要素なのではあるまいか。
なにごとにも通じるが、多角的で冷静な議論をこころがけたいものである。
(つづく。その1)
トップ写真:昆虫由来食品のイメージ。すでに世界中で20億人以上の人々が昆虫由来の食品を消費している 出典:Photo by Patrick Aventurier/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。