無料会員募集中
.国際  投稿日:2023/3/29

北京で逆転した学部生と大学院生の数


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・北京市と上海市の一部では大学院入学者が学部入学者よりも増加した。

・科学技術の発展で院生の需要が増加したことや、富裕層が高い教育費を出せるようになったことなどが理由か。

・企業側としては、若くて有能なら大卒、院卒、どちらでも良いのではないか。

 

今年(2023年)、中国の大学卒業生は1158万人(前年比82万人増)に達する見込み(a)である。また、北京市では大学卒業者(学部卒業生<いわゆる大卒>と大学院修了生の合計)数が約28万5000人で、過去最高(b)になるという。

2020年、北京市の大学院生(修士・博士課程)入学者数が学部入学者数を79名上回った。翌年、同市では、大学院入学者が学部入学者よりも2337名多く、昨2022年は、前者が後者より6200名も増加した。

そこで、今年、北京市の大学院修了者は16万0800人、学部卒業者は13万6100人と予想されている。ただ、院生の場合、修了の遅れなどで、大学院修了者数が学部卒業生数を上回らない公算が大きい。

実は、上海市の大学でも北京市と似た傾向が見られる。今年、上海の大学卒業生(大学院修了生を含む)は23万6千人に達する見込みで、昨年より9000人増加(c)するという。

このうち、同済大学(上海市中心部北東の楊浦区にある理工系大学の名門)学部卒は約4400人、大学院修了者は6500人、上海外国語大学の学部卒は約1500人、大学院修了者は1700人である。昨年、上海交通大学の前者は約4000人、後者は6000人を超えた。このように、上海の一部の大学では、大学院修了者数が学部卒業者数を上回っている。

けれども、北京市(と上海市の一部)は全国の縮図ではない。それ以外の地域の大学が発表した2022年卒業生報告では、ほとんどの大学で学部卒が大学院修了者を上回っており、一部、逆の現象が見られる。

例えば、南京大学の昨年卒業生は9563人で、学部卒が全体の33.01%である。修士修了者が55.38%、博士修了者が11.61%占めているが、大学院修了者数は減っている。

また、昨年、西安交通大学の卒業生は、学部卒が全体の45.77%、修士修了者が45.52%、博士修了者が8.71%だが、やはり大学院修了者数が減少している。

過去10年間で、修士課程入学者の年平均増加率は6%、博士課程入学者の増加率は5.7%程度である。だが、今年、全国の修士・博士課程入学の志願者が474万人に達したという。

ちなみに、全国的に見ると、大学院生は「10人に1人」のトップクラスの人材で、この点は依然、変わっていない。

さて、なぜ、北京市(と上海市の一部)で学部生数と大学院生数で「逆転現象」が起きた(d)のか。

第1に、科学技術の発展で、大学院生の需要が増加した。普通、院生が習得した知識はより体系的かつ専門的であり、科学研究および管理作業に適している。

第2に、富裕層家庭では多額の教育費を出せるようになり、大学院生数が増加した。

第3に、将来、就職しやすいようにと、多数の大卒が大学院へ進学するようになった。

第4に、多くの大学が教育レベルを向上させるために、院生数を増やし、大学自らが発展を追求した。

第5に、近年、海外留学の意欲は徐々に低下し、国内大学院への進学が増加した。

かつて、米国の大学では留学生中、中国からの留学生数が世界一だったが、米中関係の悪化に伴い、中国の若者の米国留学(特に、理系)が難しくなっている。現在、中国に代わって、インドから米国へ留学する学生が一番多いという。

ただし、大学院修了者よりも大卒を雇用した方が有利だと考える人達もいる。

第1に、大卒は大学院修了者よりも若く、キャリアを選択する際、柔軟性がある。そのため、後者が必ずしも大卒よりも良い仕事を見つけられるとは限らない。

第2に、大卒は、新しいポジションに就いた後、大学院修了者よりも常に新知識を得ようする。その結果、後者よりも高い給与を取る可能性がある。

ところで、教育に関して、ある社会的問題が発生している。中低所得層家庭の場合、(学部から大学院へと)教育期間が延長されれば、子供の教育費捻出が困難になる。無理に捻出しようとすれば、貧富差が更に拡がる(e)だろう。

ちなみに、中国のジニ係数(貧富の差を示す数字。0~1の間で小さければ小さいほど貧富の差がない)は0.7以上という大きな数字となっている。

結局、学歴と実力は別物なので、雇用する企業側としては、若くて有能な人材であれば、大卒でも大学院修了者のどちらでも良いのではないだろうか。

 

〔注〕

(a)『人民網』「2023年、大卒者は1158万人に達する見込みである」(2023年1月28日付)

(http://finance.people.com.cn/n1/2023/0128/c444648-32612991.html)

(b)『毎日経済新聞』「124万2500人! 全国の大学院生がまた増えた! 北京の大学院生が初めて学部生を超えたが、どうする対応するのか?」(2023年3月23日付)

(https://www.nbd.com.cn/articles/2023-03-23/2723791.html)

(c)『中国青年網』「大学院修了者が学部卒業生を上回るという数字を発表した大学もある」(2023年3月26日付)

(https://txs.youth.cn/xw/202303/t20230324_14408505.htm)

(d)『中国瞭望』「なぜ逆転したのか? 北京の大学院修了者が初めて大卒を上回った事へのホットリサーチ」(2023年3月23日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/03/23/2590157.html)

(e)『レッドペッパーレビュー』「北京の修士・博士課程修了者数が初めて学部生を上回ったが、『学歴の切り下げ』問題は無視できるか?」(2023年3月20日付)

(https://hlj.rednet.cn/content/646747/64/12467121.html)

トップ写真:中国北京の清華大学の卒業式で、帽子を空中に投げる学生たち(2007年7月)出典:Photo by China Photos/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."