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.経済  投稿日:2023/4/4

国際金融市場の動揺 規制強化で金融機関の破綻はなくせるのか?


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

 

【まとめ】

・長期金利の急速な上昇により米、欧で一部金融機関の破綻が起きた。

・銀行の「流動性規制」によって危機に備えているものの、こうした破綻の阻止は難しい。

・平時から異常事態を前提として規制するのは合理的でないため、危機と認定された時に平時のルールを超越して対応するべき。

 

 3月には、米国でシリコンバレー・バンクの破綻があり、米国内の地銀に信用不安が広がった。さらにスイスでも、国際的な大銀行のクレディスイスの経営が行き詰まり、国際金融危機再来かという不安心理も芽生えた。しかし、関係当局の迅速な行動もあり、今日までのところ金融市場は平静を保っている。

リーマン・ショックと日本で呼ばれる先の国際金融危機の教訓を生かし、多くの国で様々な規制面の手立てが打たれてきたが、それでもこうしたことが起こってしまう。そもそも、今回再び起きたような金融機関の破綻を、規制強化によって全くなくすことはできるのだろうか。

■長期金利の急速な上昇により金融機関に損失が生じた

 今回の金融市場の不安定化は、米国では地銀からの預金流出が引き金であり、スイスでは国際的に活動する大きな銀行の経営の失敗の表面化だった。

 

 両者のビジネス・モデルはかなり違うので、全く同じ問題が起こったとは必ずしも言えない。しかし、そもそもの原因は昨年来の長期金利の急速な上昇であり、その点は共通と言って良い。

どの国の金融機関も、国債等の債券を保有している。多くの債券は、額面と表面金利が決まっている。例えば、額面100円の債券で表面金利が1%だと1年で1円の金利がもらえる。ところが、そういう債券でも、それらとは別に「流通価格」が付く。

例えば、中央銀行がインフレ抑制のために金融引き締めを行い、金利が上昇して、新たに発行される債券の表面金利が2%になったとする。

そうすると、その新しい債券は、表面金利が1%の古い債券の2倍金利がもらえるので人気が高くなる。これら2種類の債券が同時に売買されている場合、その人気の高低が債券の流通価格に表れる。つまり、表面金利1%の債券の流通価格が下落するのである。

昨年来、米国、欧州では長期金利が急速に上昇した。長期の債券は、満期まで5年、10年といった長い時間があるので、金融市場では表面金利の違う様々な債券が売買されることになった。

 表面金利が低い債券を購入した金融機関は、保有している債券の流通価格が下落するので、評価損を抱える。

主要な債券の流通価格は、日々、金融市場で観察できるので、金融機関毎の損失額を予想することができ、その損失が大きくなった金融機関の経営が不安視されるようになる。

今回、米国の地銀からの預金流出が速いスピードで拡大したのは、そうした情報に基づく風評がSNSなどで素早く拡散されたことが背景の一つとなっている。

これは、いわゆる預金取り付けだが、それは英語ではバンク・ラン(bank-run)だ。預金を引き出すために、預金者が銀行に駆けていくイメージだろうか。

今回の預金流出は、預金者が実際に銀行に行くことはなく、インターネットを通じて預金が抜けていき、その速さは短距離走のようであったことから、バンク・スプリント(bank-sprint)とも言われる。これまでにないことだ。

一方で、クレディスイスの場合は、かねてより投資銀行業務などで様々な問題を抱え、経営体質の悪化が言われてきた。その上に、今回の債券運用面での損失という負荷が加わり、ついにこれ以上経営を続けていくことができないと監督当局が判断するに至ったのであろう。

クレディスイスは、国際的に影響の大きい銀行と認識されており、その分、自己資本比率規制などで厳しい要件が課されてきた。それでも経営を継続できないところに追い込まれたのである。

先の国際金融危機の時とは違い、国際的に影響の大きい銀行が共通の問題を抱えている訳ではなく、問題の本質は個別のものと言って良い。 

他の大銀行も今回の長期金利上昇の影響は受けているが、それを吸収できるような経営体制を規制当局から求められてきたので、クレディスイス以外には経営が著しく不安定化する大銀行はこれまでのところ出ていない。

昨年来の長期金利の上昇は、国際金融システムに大きな負荷をかけ、結局、袋の一番弱いところが二か所で破けたというのが先月起きたことと言って良いだろう。

 

■問題に対する当局の対処

上述のように、米国の地銀で起こったのは、銀行の資金集めの手段である預金が、これまで考えていた以上に速く流出したということである。

 他方で、その資金を運用する側の調整が、預金流出と同様のスピードでできなかったため、資金繰りが詰まってしまった。

先の国際金融危機の教訓から、国際的に影響の大きな銀行には、そうした面からの規制、いわゆる流動性規制がかかっており、一応の備えはできていると言って良い。

 したがって、このような資金繰りの問題も、これまでのところ米国では主に地銀の範囲でしか起こっていない。

また、長期金利が上昇した場合、上述のようなメカニズムを通じて、どの程度損失が出るかを金融機関が的確に把握する点についても、規制当局は大銀行に求めているような目線での高度な手法を地銀には要求はしていない。

地銀のビジネス・モデルが、ウォール・ストリートの大銀行のように複雑ではないからだ。そもそも、この1年のような急速な長期金利の上昇が常に起こることを前提にした規制は、金融機関側からしても納得できるものではなかっただろう。

クレディスイスの経営行き詰まりにしても、国際金融市場の状況が、これほど速く変化することが分かっていれば、経営の立て直しをもっと急ぐよう当局もより強いプレッシャーをかけていたはずだ。結果的にそれが間に合わなかったということになる。

もう一つ、先月の出来事で特徴的なのは、当局の対応が、ルール通りでないことだ。米国では、預金保険の上限(25万ドルまで)があるにもかかわらず、かなり速い段階でそれを上回る預金も含めて全額を保護する方針が打ち出された

金融不安の連鎖を断ち切るためにそれが必要と連邦政府が判断したことになる。これで預金流出が落ち着けば、その異例の対応が功を奏したことになるが、それでも、予め決めていたルール以上に預金者を保護する訳だから、甘やかしではないかという批判もある。

他方スイスでは、UBSというもう一つの大銀行がクレディスイスを買収することで事態の収拾が図られようとしている。言うまでもなく、規制当局も関与しての迅速な金融市場の動揺の抑制策である。

その実現の過程で、本来であればクレディスイスの株式が無価値にならない限り価値が保証されるクレディスイス発行の債券160億スイスフランを無価値にすることが発表された。

これは、スイス当局の破綻処理権限の行使の一環として決められたようだが、金融市場が予め受け入れていたルールには反するものだ。大きな銀行の破綻が金融市場に与えるマイナスの影響は測りしれない。

それが日本の銀行危機や先の国際金融危機の教訓だ。それを避けるためには、今回のような既存のルールの特例的停止もやむを得ないと当局が判断したのだろう。

 

■金融機関規制への含意

筆者は2006~2010年の間、バーゼル銀行監督委員会という、国際的に活動する銀行に対する規制のあり方を議論する国際委員会のメンバーだった。

この時期、国際金融危機の全容が次第に明らかになり、それへの対応のため、多くの国で国民の税金で銀行経営の失敗の後始末をすることになった。当然、規制のあり方についても、その反省の上に、より厳しいものとすべきだという意見が多数派だった。

その後、長い時間をかけ、また大変な国際交渉を経て、現在バーゼル3と呼ばれる国際的に活動する銀行の規制の枠組みが出来上がった。その枠組みがあっても、今回のようなことが起きてしまう。

これを契機に、再び規制の見直しが行われるだろう。しかし、そうしたからと言って、将来の危機が完全に避けられるかといえば、きっとそうはならない。

何故ならば、第一に、世の中では、必ず常ならぬことが起こる。それは歴史の必然だ。今回の場合は、昨年来の急速な金利上昇がそれだ。そのような言わば異常事態を前提にした厳しい規制を平時から掛けることは、おそらく合理的とは言えない。

米国でも、トランプ政権下で一部の銀行規制が緩和された。そうしたことを踏まえれば、次に起こる異常事態の際にも、また袋の一番弱いところが破けることになるだろう。

第二に、そうなった場合に、その時点でのルール通りに対応していたのでは、不安の連鎖が有効に遮断できない可能性はなくならない。

金融市場の不安心理は、広がり始めてしまったら制御は難しい。今回も、米国、スイスのどちらの当局も、現行ルールを超越する異例の判断を示した。

それに対して当然批判の声もあるが、しかしそういう異例の判断があったからこそ、金融市場の安定が保たれているのかもしれないのである。この点は将来も変わらないだろう。

金融危機は文字通り危機であり、そのあり様は一回一回違い、そうであるが故に予め良いルールを決めておけば必ず対応できるとは限らない。

したがって、平時には普通に起こることを前提にリスクを管理し、危機と認定されれば平時のルールを超越して対応するということが、どうしても避けられないのではないだろうか。

今回、これで落ち着くかどうかはまだ分からない。しかし、一つ言えることは、先の国際金融危機の教訓を生かした現在の規制体系は、究極のところ、国民の税金を二度と銀行経営の失敗の穴埋めに使わないことを目指したものであり、それは今のところ実現できているということだ。この一点について、バーゼル3の枠組み作りの片隅にいた一人として、誠に良かったと思っている。

トップ写真:クレディスイスのオフィス(2023.3.21 ロンドン)

出典:Photo by Ming Yeung/Getty Images

 




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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