本当に「AIが仕事を奪う」のか(上)ポスト・コロナの「働き方」について その3
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・野村総研、今後10~20年以内に、「49%の職種が、AIやロボット等で代替可能」と推測。
・AIを含めたハイテクはツールであり、使う人間の心がけ次第。
・生活向上に寄与することもあれば、人命を奪う結果を招いたりもする。
大手転職斡旋サービス「エン・ジャパン」が2019年に実施した調査によると、正社員として働いている人のうち、およそ40%が、「近い将来、仕事がなくなるかも知れない」という不安を抱いているそうだ。
これはあながち被害妄想じみた話ではない。
先立つこと4年、すなわち2015年に野村総研とオックスフォード大学が共同発表した、AI(人工知能)の導入拡大と技術的進歩が、日本人の仕事に及ぼす影響についての研究が、各方面に衝撃を与えた。
国内601の職業についてシミュレーションを行ったところ、今後10~20年以内に、「49%の職種が、AIやロボット等で代替可能」と推測されるそうだ。別の言い方をすれば「仕事がなくなる」職種だが、一般事務職や工場作業員にはじまって、銀行のテラー(窓口業務)、各種交通機関の運転、警備員まで、たしかに幅広い。
直近の例では、画像作成ソフトが長足の進歩を遂げていることから、近い将来アニメーターの仕事もなくなるのではないか、などと囁かれている。AIで小説や記事も書けるようになるという話も聞くので、ならば、私も失業の危機にさらされるわけだが……
率直なところ「なにを今さら」という気がしてならない。
私がまだ駆け出しのフリーランス・ライターであった頃、元号はまだ昭和だったのだが、ある会計事務所を取材した時の話だ。
その事務所では、公認会計士以下、6名のスタッフと6台のパソコンでもって、1000社分(1000人分ではない)の給料計算を一手に引き受けられる、と自慢げに語っていた。
公認会計士だから、クライアントは上場企業などだろうが、ある程度の規模の会社の場合、1人くらいは給料計算に専従しているはずだから、差し引き994人分の仕事がなくなるわけか……というのが、私の感想であった。
ところが現実には、給料計算をアウトソーシングする会社はさほど増えていない。手軽な会計ソフトが普及し、全社員の勤務実態を社外の人間に知られるリスクを冒してまで、会計事務所を頼る必要などなくなってきたのだ。
前述したアニメーターにせよ、画像作成ソフトのせいで仕事がなくなる、という見方には、懐疑的にならざるを得ない。
実は私の後輩に、高校卒業後デザイン専門学校を経て、アニメーターになった者がいる。
今は別の仕事に就いているが、当人を含めて、結婚を考える年齢になると転職も同時に考えざるを得ない現実があると聞かされた。具体的には、「20歳で就職して、勤続20年の40歳でも、年収200万円台ですよ。これで、結婚してマイホームを手に入れるという人生設計ができますか」だそうである。
それでいて拘束時間が長い。時給に換算したらコンビニのバイト以下、とも聞いた。
アニメーションの場合、通常1秒間に24枚前後の絵を次々に映し出すことにより、あたかも登場人物が動いているように見せるわけで、当然ながら膨大な数の絵(セル画と呼ばれる)を描かねばならない。
と言って、製作費も十分でないことがままあるので、その結果、空手が強いおバカさんを主人公にしたアニメなど、跳び蹴りの姿勢のまま宙に浮いて、命中するまで同じ映像、ということになったりするのだとか。製作に関与した人間が言うのだから、本当なのだろう。
この結果、昭和も終わろうとする頃から、日本のアニメも作画を中国や韓国に発注するようになった。エンドロールの「作画」に出てくる名前を見れば、一目瞭然だ。
一方では、画像作成ソフトを駆使したコンピューター・グラフィックス(CG)を採り入れる製作会社も増えてきている。
これまでは膨大な数の絵を「人海戦術」で描き上げなければならないため、どうしても一人あたりの人件費を抑えざるを得なかったのだが、今後は「少数精鋭」で画像作成ソフトを駆使し、より精緻なアニメーションを製作することも可能になるだろう。
要は、いくらソフトの性能が上がろうとも、ツールであることに変わりはなく、そもそも入力する人間なくして創作などできないのだ。
AIが人間に変わって色々な仕事をこなすようになる、と言っても、それは物事の一面に過ぎない。CGのスキルがない人にアニメーターは務まらない、という時代は、まず間違いなく来るであろうが、それはこの業界に限られたことではない。
突飛なことを言い出すようだが、軍事の分野でも同様である。
昨年来の、ロシアによるウクライナ侵攻について調べれば調べるほど、その考えが確信と言えるまでになった。
前にもこの連載で取り上げたが、この戦いでは、攻撃型もしくは自爆型のドローンが大きな役割を果たしたし、ロシアなど、T-14という最新型の戦車を、いずれ無人操縦式にするという構想まで明らかにしていた。
20世紀の終わり頃から人口に膾炙していた(ただし軍事オタク限定)、やがては戦場で無人兵器同士が相まみえ、人が死なない戦争が実現するのではないかという観測が、一時は現実味を帯びたのである。
しかし結論から言えば、そうはならなかった。
敵味方の兵士が上空からいつ襲ってくれるか分からないドローンの影に怯える、という形態の戦いが、今も続いている。人が死なないどころか、すでに一般市民を含めて万単位の犠牲者を出しているのが事実だ。
とは言え、攻撃型・自爆型ドローンに代表される無人兵器が、国家や軍隊の指導者をして戦争を決意させるハードルを低くしたことも、遺憾な現実なのである。
端的に、最新型の戦車は1輛10億円くらいするし、戦闘機となると150億円以上の物もある。なおかつ一人前の戦闘機パイロットを育成するには、年単位の時間と莫大なコストがかかるものだが、ドローンの金額など知れたもので(現にウクライナなど、段ボール素材のドローンまで実用化した)、自爆型と言っても要はラジコンだから、過酷な訓練など必要ない。
繰り返し述べるが、AIを含めたハイテクはツールなのであり、使う人間の心がけ次第で、人々の生活向上に寄与することもあれば、仕事どころか人命まで無慈悲に奪う結果を招いたりもする。太古より、技術とはそういう物なのだ。
次回はもう少し我々の日常生活に関わりが深くて、かつ「AIやロボットで事足りる」と言われる職種について見てみよう。
トップ写真:イメージ 出典:KATERYNA KON/SCIENCE PHOTO LIBRARY
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。