バカンスとホリデー 正しい(?)休暇の過ごし方 その1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・GW、どこも人混みで往生するためどこかへ出かけることはしない。
・バカンスの語源は「やることがない=休暇」という発想。
・日本にはまだリゾート文化というものが定着していないのではないか。
この時期『笑点』を見ると、昨年他界された六代目・三遊亭圓楽師匠がよく、
「TVの渋滞情報を見ながら、家でビールを飲む。これが正しい連休の過ごし方」
などと言って、笑いを取っていた。
私は、さすがにそこまで腹黒くはないけれども笑、連休を利用してどこかへ出かけることはしない。理由は圓楽師匠がネタにしていたように、どこも人混みで往生するからだ。10年ほど前に、よんどころない事情で連休に車で遠出したところ、普通は4時間弱の道のりが10時間近くもかかり、こんなに疲れるのでは休日の意味がない、と思ったこともある。
ただ、この時期もしも遠出をするのであれば、ロンドンに行きたい、とは思う。
5月、緑がひときわ鮮やかになり、そして花が咲き乱れるという、まさしく春の訪れを感じる季節なのである。
不思議に思われた読者もおられるかも知れないが、ロンドンは北緯51度。日本列島の最北端より、まだずっと北で、樺太(サハリン島)の真ん中あたりに相当する。
これだけ緯度が高いと、どうしても冬が長くて夏が短い気候となり、春の訪れも日本よりは遅く、ちょうど5月の連休あたりの時期と重なるのだ。
もちろん英国には、ゴールデンウィークなどというものは存在しない。ただ、5月の中旬にはFAカップ(プロ・アマ関係なく参加できるサッカーの全国トーナメント。日本の天皇杯に相当する)の決勝戦が行われるし、下旬には南部のチェルシーという街で、有名なフラワーショーが催される。
世界屈指のサッカー大国、そしてガーデニング大国の「本気」が味わえるのだ。
サッカーについてさらに述べると、わが国のJリーグが「春秋制」で闘われているのに対し、イングランドのプレミアリーグは「秋春制」なので、天皇杯決勝が12月初旬、FAカップ決勝戦が5月中旬なのも、この違いを反映したものだが、気分的にはシーズンが締めくくられて次を待つ、という時期でもある。
この国にはゴールデンウィークなどないと述べたが、その代わり夏の休暇は3~4週間ほどもある。ただしそれでも、一般に南欧諸国に比べると短いようだ。
日本でも、バカンスという言葉はよく知られているが、語源はラテン語のヴォートVuotoで「空白」「なにもない」と言ったほどの意味。つまりは「やることがない=休暇」という発想だと思われる。
たまの連休など、観光地に繰り出して、人混みをかき分けながら一カ所でも多く見物しようなどというのは、欧米の人々に言わせれば、それこそ「休暇の風上にも置けない」ということになるのではあるまいか。
話を戻して、バカンスというのはフランス語だが、アメリカ英語ではバケーションとなる。
昭和の時代には洋楽に日本語の
歌詞を付けることが多く、
「V・A・C・A・T・I・O・N 夏休み」
などと唄われた。
これがイギリス英語だと、まあ通じないことはないだろうが、一般的にホリデーholidayと言う。
こちらの語源はholyすなわち「聖なる」日で、キリスト教の祝祭が休日になった事にちなむとされている。日本の「祝日」に最も近いと言えるだろう。
同じ夏休みでも、英国のホリデーはフランスのバカンスに比べると少し短い、と述べたが、現地邦人や現地の日本文化にも、そのことは反映されている。
たとえばフランス少林寺拳法連盟では、7月、8月は道場を閉めているが、英国連盟では、道場単位で8月に1~2週間の休みをとることが多かった。もちろん個人レベルで1ヶ月ほどホリデーに行く、ということはあったが。
日本文化・日本武道を海外に普及させると言っても、そこはやはり「郷に入っては郷に従う」ということを忘れてはいけないのである。
ただ、同じフランス在住の日本人の中でも、バカンスに対する考え方は人それぞれであるようだ。
同国に留学経験のある編集者からは、
「就職の時、バカンスを1ヶ月取れる会社はないものかと、結構本気で考えていた」
と聞かされ、笑うしかなかった、という経験がある。
そうかと思えば、これはフランスで少林寺拳法の指導に当たっている日本人からの又聞きだが、ある企業駐在員が、
「バカンスというのは、あれは地獄ですなあ」
と語った、と聞かされたこともある。
早い話が、のんびりできるのは最初の2日間くらいで、3日目あたりからは、会社のことが気になって仕方がない、ということらしい。
自分がいないと仕事がうまく回らないのではないか、という心配なのか、自分がいなくても仕事はちゃんと回るということが知れ渡るのは困る、という心配なのか、なにしろ又聞きなので判然としなかったが笑。
とは言え、私も、他人のことばかり言ってはいられない。
もう20年ほども前の話にはなるが、ハワイに1週間ほど出向いたことがある。
その時も、ビーチで終日寝転んで過ごすということはできず、真珠湾軍港を見物しに行ったり、拳銃の実弾射撃をしたり、果ては現地で発行されている日本語新聞の編集部にアポイントメントを取って話を聞きに行く、ということまでした。
それはそれで、まあ色々と面白かったので、帰国後に『あなたはハワイに住めますか』(ミスターパートナー刊)という1冊までものしたほどである。
この本の冒頭でも述べたことだが、小学生の頃、将来の夢というテーマで作文を書かされた際、なんとなく真面目に書くのがバカバカしく思えたので、
「ハワイで寝たきり老人になる」
と書いて、担任に怒られたことがある。
もちろん与太話だが、自身が高齢者と呼ばれる年代に足を踏み入れてみると、日本にはまだまだ、リゾート文化というものが定着していないのではないか、という思いも沸く。
その問題は項をあらためてもう一度見るが、やはり私も「生涯現役」が一番美しいと考える、典型的な日本人の一人であるらしい。
(続く)
トップ写真:連休中に混雑する高速 出典:Ryouchin/GettyImages
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。