ストが多発する国、見られない国(上)ポスト・コロナの「働き方」についてその6
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・イギリスで公共交通機関や教育、医療現場で「山猫スト」が多発。
・フランスでも100万人規模のデモが発生、パリは混乱。
・英仏のストライキは「働く者の権利」。
ゴールデンウィーク、それも新型コロナ禍による行動規制もなくなったとあって、海外旅行を計画している人も、少なからずおられると思う。
水を差すようなことはあまり言いたくないのだが、ヨーロッパ旅行の起点としてなじみ深いロンドンとパリについては、注意した方がよい。
目下ストライキやデモが頻発しており、とりわけパリでは一部で暴動化しているからだ。公平を期すために、本当にごく一部であることは明記しておくが。
まず英国から見て行くと、3月頃から、旅行会社や邦人向けメディアなどが「ストライキ情報」をしきりに発信するようになった。公共交通機関のストライキは旅行スケジュールを直撃するからだが、問題はこうした「情報」がしばしば役に立たないことだ。
これは情報を発した側の落ち度ではなく、英国では労働組合の組織決定を経ることなく、支部や地域単位、鉄道の場合だと特定の路線だけで行われる「山猫スト」がむしろ一般的だからである。
早い話が、駅まで出向いてはじめて電車が止まっていることを知った、ということにもなりかねない。
前々からある問題なのだが、今年に入って特に顕著になったのは、新型コロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻により、物価が急激に高騰して生活が苦しくなっているのに、それに見合うだけの賃上げがなされていないからだとされている。
公共交通機関ばかりではなく、教員や医療関係者までがストライキを構え、多くの学校が休校になるなど、観光客のみならず市民生活に与える影響もきわめて大きい。
彼らの場合は、新型コロナ禍に立ち向かうべく、過酷な労働環境に耐えてきたにもかかわらず、それに見合う報酬(具体的には賃上げ)が得られていない、といった大義名分があるので、むしろ同情的な市民も少なくないと言われている。
例によって余談にわたるが、山猫ストという言葉自体、今の日本では死語となっているのではないだろうか。ストライキ自体、ニュースを聞かなくなって久しいので。
wildcat strikeの和訳で、語源については「諸説あり」なのだが、広く信じられているのは、1930年代、大恐慌下の米国で言い出された、というものだ。
株価の大暴落によって、銀行業界も大打撃を受けたが、ミシガン州のある銀行に対してだけは、まったく同情が集まらなかった。その銀行の資金運用は、もともと過度に投機的なものだったからで、その銀行の通帳に山猫(本当は豹ではないかと思えるが、画像を見たことはないので笑)が描かれていたことから、適正な手続きを踏まずに利益を得ようとする行為を、山猫と呼ぶようになったのだという。
話を戻して、物価上昇率に見合う賃上げを求める今次のストライキには、前述のように同情的な市民も多く、保守党スナク政権が対応を誤るようだと、次の総選挙で労働党に追い落とされる可能性が大である、とまで言われている。
話題をフランスに転じて、デモ隊の一部が暴徒化までした事態は、マクロン政権による年金改革を発端とするものだ。
公的年金の受給開始年齢を、従来の62歳から64歳に引き上げることを柱とするもので、法案は1月19日に提出された。
これに反発した労働組合がストライキを実行すれば、政府与党は3月に国民議会で法案を強行採決するといった具合に、対立がエスカレートしたのである。
公共交通機関はもとよりゴミの収集作業員までがストに参加して、街にはゴミが山積みとなり、デモには全国で100万人以上が参加。首都パリの混乱状態を受け、英国王チャールズ3世のフランス訪問も延期の沙汰となった。
英国のメディアは、自国のストライキ問題と並んで、連日大きく報じているが、おおむね、
「平均寿命が延びているのだから、より長く働く必要がある」
として、フランス政府の改革案を支持する論調が優勢だと見受けられる。日本のメディアでは、フランス国民の7割が反対しているとして、マクロン大統領の求心力が低下した、というように報じられているが。
もともと、年金制度の改革は今世紀に入ってから繰り返し取り沙汰されてきたことで、マクロン大統領自身も3月にインタビューを受けた際、
「私が働き始めた頃、フランスの年金受給者は1000万人ほどであったが、今や1700万人を超えている」
として、早急に対策を講じなければ、予算不足によって年金制度そのものが不安定になりかねない、との危機感を表明している。
政府としてはもっと早く着手すべきだったのだが、新型コロナ禍でやむを得ず後ろ倒しにしなければならなったとも述べているが、事実、2019年にも年金改革の構想が浮上した途端に大規模なデモが繰り返されており、この時は法案の上程を断念せざるを得なくなった経緯がある。
もともとフランスの年金制度は、業種などによって42ものパターンが存在するという複雑なもので、ざっくり述べると、エネルギー関連や公共交通機関における現業労働など、体力的な負担が大きいとされる職種の年金は、非常に手厚い。
その財源としては、労働者と雇用者の双方が原資となる税金を負担するというもので、この結果、生活苦に直面する年金生活者が世界で最も少ない、とまで言われる国になった。
このシステムは、1980年代の左翼政権時代におおむね完成を見たもので、1977年生まれのマクロン大統領が「働き始める」前の話であり、当時は年金生活者1人を支える現役の納税者が2.2人以上いたため、年金のみならず労働時間も週35時間に制限される「労働者天国」を歓迎する風潮が強かったのである。
しかしながら、フランスも先進国の多くの実例に漏れず少子高齢化の傾向にあって、今や現役の納税者1.7人でもって1人の年金生活者を支えているのが事実だ。
本誌の読者の中には、ここで2009年のギリシャ危機が想起された、という方もおられるのではないだろうか。
これまた左翼連合政権の下、労働人口の4分の1が公務員という体制となり、年金も55歳から受給できた。その結果、膨大な財政赤字が生じていたのだが、2009年に政権交代が起きるまで、なんと隠蔽されていたのである。
その後の騒ぎについては、よく知られる通りであるが、客観的に見て、マクロン政権がその轍を踏むまいとしているのだとすれば、私などにも理解できる。
一方では、見直すべき公共支出は他にも沢山あるとされるのに、まずは年金改革というのはいかにも拙速ではなかったか、とも思う。
いずれにせよ、英仏において、ストライキは「働く者の権利」だという考え方は、そう簡単に覆ることはないと思われる。
ならば日本では、どうしてストライキのニュースを聞かなくなって久しいのか。次回、この問題を考察する。
トップ写真:若手医師が賃金回復を求めてストライキを実行 2023年4月14日 イギリス・ロンドン 出典:Photo by Guy Smallman/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。