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.社会  投稿日:2023/5/20

10万円のリゾートマンション 正しい(?)休暇の過ごし方 その6


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・越後湯沢のリゾートマンションが、10〜100万という信じられない価格で売り出されている。

・バブル期に投資手段となったリゾートマンションがバブル崩壊後値崩れを起こした。

・リゾート文化が定着していない日本。「よく働き、しっかり休む」という生活サイクルの確立を。

 

以前にも述べたことがあるが、スマホのニュースサイトなどに「広告が入らない」という設定はしていない。

邪魔に思えることがないわけでもないが、やはり広告もまた、最近のトレンドなどを知る手段であるし、CF動画など、見て楽しいものも少なくないからだ。

ただ、最近こんなことがあった。

今年の初めに取材活動の一環として、首都圏と地方都市とで、同じくらいの専有面積・立地(最寄り駅から後歩何分とか)なら、中古を含めた分譲マンションの価格がどれくらい違うものなのか、大づかみに知りたくて、様々な不動産業者のサイトを閲覧した。そうした相場を調べるサイトもあるが、広告の方が個別具体的な物件のコンディションが分かる。

すると、どうだろう。

毎日幾度となく、マンションの広告が現れるようになった。

どう考えても、誰がどのような広告に関心を示したか、どこかで(おそらくはAIを用いて)一元管理されているのではないか。

あまり気持ちのよい話ではないのだが、と言って、やはり広告は目障りなばかりではない。

越後湯沢の、いわゆるリゾートマンションが、にわかには信じられない価格で売り出されていることを知った。

内部が二階建てになっている立派な物件が100万円、ごくありきたりの1LDKだと、驚くなかれ10万円というのまである。

もちろん、間取り図だけで詳細なコンディションまでは分からないし、温泉付きリゾートマンションの場合(かの地はもともと、有名な温泉地であった)、使用料金か、管理費や固定資産税以外にも様々な負担が生じるのだが、それにしても……

日本がバブル景気に沸いていた1987年、ホイチョイ・プロダクション原作・製作の『私をスキーに連れてって』という映画がヒットした。

これでブームに火がつき、くだんの越後湯沢のスキー所など、1982年に開通した上越新幹線で、都心から約2時間というアクセスの良さも手伝って、週末はリフトの順番待ちが6時間ということさえあったとか。

映画に主演したのは、原田知世。

彼女が白のスキーウェアを着用していたことから、これまた人ブームに火がつき、リフト乗り場に長蛇の列を作った若い女性の大半が、白のウエアであったという話も聞いた。

私は当時、英国ロンドンにいて、日本からの(ネット時代ではなかったので、主に週刊誌とかの)報道による、要するに伝聞であったのだが、なぜか腹立たしく思えたものである。そんな軽薄な女ども、いっそ雪崩に埋まって(白いウエアなので)、当分見つからなくなってしまえ、などと暴言を吐いたほどだ。若気の至りとは言え、反省しております。

与太話はさておき、こうしたブームを背景に、駅からスキー場までの道筋にリゾートマンションが相次いで建設されることとなったのだが、ご案内の通り、程なくバブルは崩壊。多くの物件が竣工と同時に値崩れを起こすという事態となってしまった

念のため述べておくと、このような現象は、決して日本特有のものではない。

2010年に、スペイン南岸のアリカンテという街を訪れたことがある。

地中海に面した静かなリゾート地だが、駅からバスで海岸に向かう途中、鉄骨だけのビルをいくつか見かけた。1時間に満たない移動距離の中で複数目に入ったというのは、密度としては、ヨーロッパの尺度では結構なものだ。

いずれもリゾートマンションとして売り出されるはずが、2008年に起きた恐慌=世に言うリーマン・ショックのせいで工事中止の沙汰となったのだとか。現地の事情に詳しい人から、そう聞かされた。

ただ、越後湯沢の話は、問題の質が少し違うような気もする。

もともと、ロンドンなどでビジネスマンとしてある程度の成功を収め、小金を持った英国人は、スペインのリゾート地に別荘を買うことが多い。20世紀の終わり頃から、格差の問題が指摘されながらも、世界的に景気が拡大局面にあったことから、グローバル経済の中で自分は「勝ち組」だと自負するようになった英国人ビジネスマンの間で、

「私をスペインに住まわせて」

とでも言ったブームが起きたが、ブームはいつか必ず去るものなのだ。

ただ、彼らはあくまで「自家用」のリゾート物件を求めていたのに対し、越後湯沢のリゾートマンションに、バブルでつかんだ金をつぎ込んだ人たちは、どこまで行っても将来の値上がりを見込んでのことだったのではなかったか

しかも、最近では世に言うインバウンド、とりわけ雪景色が新奇であるを東南アジア諸国からの観光客が増え、スキー場の集客力が回復しつつあることから、かつて「負動産」とまで言われたリゾートマンションにも、今が底値だ、ということで、再びスポットが当てられているのだとか

早い話が、日本にはまだまだ、リゾート文化と言ったものが定着していないのである。

それなら、英国人は皆リゾートを楽しむのかと問われると、イエスと即答はしかねる。

どういうことかと言うと、私は著作の中で繰り返し指摘してきたのだが、かの国は昔も今も凝然たる階級社会なので、休暇の過ごし方ひとつとっても、リゾート地でのんびり過ごすのは中産階級、これに対して往復の航空券やホテル・食事からエンターテインメントまで料金に含まれた「パック・ツアー」を好むのは労働者階級、ということになっているのだ。

もちろんこれはステレオタイプで、実際には例外も多い。中産階級はクリケットやラグビーを好み、労働者階級はもっぱらサッカーに熱中するというのと、似たり寄ったりの話だと思えばよい。

そうではあるのだけれど、とかく階級を異にする人間をバカにする、中産階級の英国人に言わせると、彼ら(労働者階級)は仕事に精を出さないから、逆に休暇となると目一杯遊び回る、ということになるようだ。

まともなサラリーマン経験を持たない私がこのようなことを言い出すと、偏見だと責められかねないが、少なくともコロナ禍以前の日本人の「働き方」については、無闇と残業が多い割には生産性が低い、との批判が絶えなかったことも、また事実だろう

さらに言えば。これはまったくの私見であることを明記しておくが、連休が終わった途端に、学業や仕事を続ける意欲が減退してしまう「五月病」が、いつまでもなくならないのは、温泉リゾートなどで日頃の疲れを取り去る、という休暇の過ごし方が、なかなかできないからではないだろうか。

シリーズの冒頭で、私は連休中に観光地を訪れたりしない、と述べたのも、ほぼ同じ理由である。道路は渋滞、空港も鉄道駅も満員、どこへ出かけても人混みというのでは、休暇が休暇にならない。

「働き方改革」もよいけれど、もっとよいのは

「よく働き、しっかり休む」

という生活サイクルを確立することだろう。オンとオフの切り替え、と言えばよいか。

そしてこれは、政治や企業の問題ではなく、働く者一人一人が自分で考え、実践して行くべきことなのだ。

トップ写真:スキーを楽しめるカップル 出典:Jeremy Woodhouse/Getty images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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