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.社会  投稿日:2024/2/14

「危険な犬に関する法律」の思い出 失敗から学ぶことは多い その4


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・伊勢崎市で、小学生9人を含む計12人が四国犬に噛まれて負傷。

・日本ではペットの飼育を規制すべきだとの声は聞かれない。

・ペットと人間、どちらも大切にしている点で英国の方が先進的。

 

誰が最初に言いだしたものか、ジャーナリズムの世界では昔から、

「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースになる」

と言われてきた。

わが国では、雑誌ジャーナリズムの泰斗と称された大宅壮一が、こう補足している。

「犬が人を噛んでもニュースになり得る。その犬は狂犬病かも知れないから」

まさにその通り……などと言っている場合ではないニュースが飛び込んできた。

7日、群馬県伊勢崎市の公園で、小学生9人を含む計12人が四国犬に噛まれて負傷した他、散歩中だったトイプードルも襲われ、こちらは絶命したという。

近所に住む63歳の男性が、自宅で7頭の四国犬を飼育しており、うち1頭が「脱走」して事に及んだものと判明した。

「まさか逃げ出すとは思わなかった」

というのが、当人のコメントである。

翌8日には、神奈川県南足柄市で散歩中の四国犬が脱走。警察が出動したが、こちらは昼寝しているところを捕獲されたという笑。

四国犬は1937年に天然記念物に指定されており、ペットにしている例はごく少ないので、耳慣れなかったという読者もおられるだろうか。

もともとは土佐犬と呼ばれており、読んで字のごとく高知県が原産とされている。

この土佐犬と、マスチーフなど大型の洋犬をかけあわせた交配種が土佐闘犬だが、今では単に土佐犬と呼んだ場合は、こちらの方を指す。むしろ、土佐闘犬と区別しやすいように四国犬と呼ばれるようになったものであるらしい。

土佐犬の原型で、もともと闘犬や猟犬として飼われていたと聞いたならば、それはさぞや気の荒い犬種に違いない、と納得された読者もおられよう。

しかも問題の飼い主は、7頭のうち3頭しか保健所への届け出をしておらず、狂犬病の予防接種も過去10年ほど怠っていたという。

これだと狂犬病予防法違反に問われるが、現行法では20万円以下の罰金が科せられるに過ぎない。けがをした人や、噛み殺されたトイプードルの飼い主からは賠償を請求される可能性が高いが、それで済まされる話であろうか。

無免許運転で人身事故を起こしたら、刑事・民事で訴追され、かなりの長期間、あらためて免許を取ることも難しくなるだろう。それと同程度のペナルティーが課せられて然るべきケースではないのかと、私は思うが。

1991年に英国でペットに関する法律の一部が改正され、ピットブルと土佐犬の飼育が禁止された時のことを思い出した。

その名も「危険な犬に関する法律」が施行されたことに伴うもので、その法律を審議する議会の録画中継も見たが、ジョン・メージャー首相(当時)が、

「英国の家庭に、こうした犬の居場所はない」

と強い調子で演説し、野党労働党のニール・キノック党首(同)も、

「(法案を)全面的に支持したい」

などと応じていた。挙国一致で危険な犬の飼育を禁じたのである。

禁止令に伴って、自主的に手放さない飼い主に対しては、強制執行も行われた。

これもTVニュースで、飼い主であろう高齢女性が泣き叫んで抗議するのを尻目に、警官だか保険局の職員だかが、ピットブルを「連行」する様子を見たこともある。高齢者と犬にはとにかく優しい国だと思っていたが……などと、妙な感想を抱いたものだ。

2023年末にはまた、アメリカンブリーXLという犬種が新たに飼育禁止とされた。

これ以外にも、かの国ではペットに関する様々な法律がある。

たとえば、日本のようなペットショップが存在しないことをご存じだろうか。

商店で生体を販売することが法律で規制されているからで、子犬を売買するに際しては、ブリーダーと購入希望者が対面方式で商談を行い、ブリーダーの側は、子犬と母犬を同時に見せる義務を負う反面、飼育環境について細かく質問する権限を付与されている。また、生後8週間未満の子犬や子猫の売買は認められない。さらには業者以外の「第三者」が販売することも禁じられているので、友人知人から譲り受けるというのも、厳密には違法となる。

また、2024年6月10日までに、全ての猫にマイクロチップを装着することが義務づけられ、未装着の猫はすべて野良猫と見なされることとなった。

1991年の「危険な犬に関する法律」に話を戻すと、当時ロンドンで働いていた私は、英国人ジャーナリストから、土佐犬の問題について質問を受けたことも覚えている。

どうせ公式なインタビューでもなんでもないからと、

「サッカー場で暴れるイングリッシュ(いわゆるフーリガン)より、ジャパニーズ・トサの方がむしろインテリジェントじゃないかと思うけどね」

と言ってやったところ、その場はかなりウケたが、もちろん印刷も放送もされなかった笑。

要は飼育環境の問題で、犬に無用なストレスを与えるような飼い方をしない限り、土佐犬と言えど見境なく暴れるわけではあるまい、というのが、私の真意と言うか、与太話の中にも少しは本音の部分があったわけなのだが。

基本的にこの考えを変えるつもりはないのだが、今次の問題があって、少し気になって調べたところ、日本でも土佐犬による傷害事案は結構あって、飼い主が重過失傷害に問われ逮捕されたケースまであることが分かった。

とは言え今のところ、ペットの飼育それ自体を規制すべきだとの声は聞かれない。

ただでさえ評判の悪い現政権が、猛犬規制法案のごときものを上程したら、どんな騒ぎになることやら、と心配になる。

私が心配しても始まらないのだが、野生の熊を駆除したら役所に抗議の電話が殺到した、というのも未だ記憶に新しいところであるから、大型犬の飼育を禁ずるなどと言い出したら、どう考えてもただでは済まされそうにない。

それでまたまた思い出したのだが、私が生活の拠点を東京に戻した1993年頃、シベリアン・ハスキーという犬種が大流行していた。

『動物のお医者さん』(佐々木倫子・著 白泉社)という漫画の影響らしいのだが、実家の近所で、ゆうに体長1メートルを超すハスキー犬が、身体の幅一杯くらいの裏庭(というよりガレージ脇の路地)で飼われていたのを見て、なんとも犬が哀れに思えたこともある。これでは身体の向きを変えることもままならない。いくら温厚な犬種でも、生半可なストレスではあるまい。

くだんの漫画の舞台は札幌で、北大獣医学部に通う学生の家で飼われ、チョビと名づけられたハスキー犬(ちなみに雌)は犬ぞりの大会に出場したり、縦横無尽の活躍ぶり。やはり犬種によって、ふさわしい環境というものは、厳然とあるのではないか。

私はいわゆる「イギリスびいき」とは、一線を画する立場を一貫してとってきた者だが、ペットと人間、どちらも大切にしているという点では、やはりかの国の方が先進的であると考えざるを得ないのだ。

トップ写真:四国犬 出典:Terje Håheim/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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