無料会員募集中
.社会  投稿日:2024/1/21

とりあえず非寛容から抜け出したい 続【2024年を占う!】その6


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・日航機と海保機の衝突事故で、ペットが亡くなったことで議論。

・能登などの被災地で発生した火事場泥棒を巡りネットで論争。

・我々はいま少し冷静になる必要がある。

 

前回、紅白歌合戦や除夜の鐘の話を、そしてその前には、阪神タイガースとサッカー五輪代表について書かせていただいている。

送稿の作業をしながら、震災に遭って避難生活をしている人が大勢いるというのに、なにを悠長な……といったリアクションを示す人も、中にはいるかも知れないな、などと思った。

たしかにシリーズ第1回の冒頭で述べた通り、新年早々、大変なことが起きてしまい、被災者の苦境は察するに余りある。

この事態を受けて、2日に予定されていた皇居の一般参賀が中止となったが、同日の箱根駅伝は予定通り開催された。新春のバラエティやスペシャルドラマも、地震速報でぶつ切りになったものの、放送中止には至っていない。

これについて、ネットの一部では、

「天皇陛下が一般参賀を中止されたというのに、TVでは相変わらずのどんちゃん騒ぎ」

などと苦言を呈する向きもあったが、それは少し違うのでは、と私は思う。

娯楽と不謹慎について、考えるべき点は多々あるとは思うが、それはエンターテインメントの世界にあっては「永遠のテーマ」というべき問題であろう。むしろ、このような時であるからこそ、心が浮き立つような、そして将来に希望が持てるようなコンテンツが求められるのではないだろうか。

さらに言えば、なまじの「自粛ムード」など、国民にストレスを与えるだけだということは、少なくとも昭和から平成へと移った当時を記憶している世代には、よく理解できているはずだ。非寛容な「不謹慎狩り」など、誰の利益にもならないと思う。

そうではあるのだけれど、元日の震災と、翌2日の羽田空港における日航機と海上保安庁の小型機との衝突事故にからんで、色々な人が色々なことを発信しており、読んで気が滅入るようなことが多かったのも、また事実である。

話の順序として、羽田での事故に関わる話題から先に述べるが、2日17時45分頃、羽田空港C滑走路上において、日本航空516便(新千歳空港発の国内線)と、海上保安庁の小型機(能登半島の被災地に救援物資を運ぶ予定であったという)が衝突。

両機とも炎上し、海保機は乗員6名のうち5名が殉職したが、日航機の方は乗員・乗客合わせて379人が、14人の軽傷者を出したのみで全員脱出することができた。

乗員たちの機敏にして的確な行動のたまものだと、世界中から賞賛されたが、翌々日、すなわち4日になって、予期せぬ騒動が持ち上がった。

前述のように乗員・乗客は全員脱出できたものの、貨物室に預けられていた2頭のペットが焼死したことが明らかとなり、これを受けて女優の石田ゆり子が、

「いろいろな意見があると思いつつも家族同然の動物たちを機内に乗せる時、ケージに入れて機内に持ち込めることを許して欲しいです」

「生きている命をモノとして扱うことが私にはどうしても解せないのです」

などと投稿。これが大炎上してしまった。結局彼女は、

「言葉が足りなくてごめんなさい」

と謝罪し、自身のX(旧ツイッター)アカウントを一時閉鎖せざるを得なくなった。動物アレルギーの人だっているのだから、という主旨の批判が多かったようだが、かなり攻撃的なものもあったらしい。一度は「そんなに怒らないでください」と発信したほどだ。

私は親の遺言で美人を責めることだけはしないが、彼女が根本的なところで考え違いをしていることは否めないと思う。

たしかに海外の航空会社には、ペットの機内持ち込みを認めている例が見受けられる。アメリカン航空、大韓航空、トルコ航空などで、国内でもLCCのスターフラーヤーがTRAVEL WITH PETというキャンペーンを展開中だ。

ただしいずれの場合も、非常脱出時には他の手荷物と同様、持ち出すことは認められないし、飛行中に体調を崩すなどした場合も航空会社に責任はない、という内容の同意書に署名しなければならない。手荷物を持ったままの脱出は、自身と他の乗客を同時に危険にさらすリスクがあるわけで、これを「どうしても解せない」などと言い張る人がいることの方こそ、私には解せない。

そもそも論から言えば、ペットはモノである。法律的にそうなのだ。

たとえば犬が人を噛んだ場合を考えてみよう。大型犬が乳幼児に噛みつけば、命に関わる事態すら考えられるが、そのような場合でも法的責任を問われるのは飼い主で、犬も噛傷(こうしょう)犬と呼ばれて、専門の施設に収容されはするが、訴追されることはない。

逆に人間が犬に噛みついた場合はと言うと、暴行罪や傷害罪には問われず、器物損壊罪もしくは動物愛護法の罰則条項に抵触するだけである。

民法上の扱いも然り。ペットに財産を相続させたいと考えても、それは出来ない相談で、なぜならば遺産相続は、自然人(権利義務の主体となる個人。法人の対義語でもある)の間でしか認められないし、ペットは家族というのは飼い主の思い込みに過ぎず、法的には動産、すなわちモノとして扱われるからだ。

またしても「そうではあるのだけれど」という話になるが、私は、こうした事実があるからと言って、機内へのペット持ち込みを解禁して欲しい、と訴える人たちを排斥しようなどと考えるものではない。「ダメなものはダメ」で片付けてしまっては、緊急時の脱出方法など、技術面の進歩も期待できない。

そうかと思えば、能登などの被災地で、火事場泥棒を働く者たちがいる。住民が避難した家屋で、空き巣被害が続発しているのだ。

16日付『北國新聞』が報じたところによると、被災地の穴水町で迷彩服を着たニセ自衛官が目撃され、町役場がインターネットで注意喚起を呼びかけたという。

TVでも報じられ、陸上自衛隊のトップである幕僚長が、

「自衛隊は組織で行動するので、単身で家屋をのぞいて回るようなことはない」

などと、わざわざコメントしていた。

こうした事態を受けて、複数のインフルエンサーが、

「火事場泥棒は〇してもよい」

などと投稿し、やはり賛否両論があった。

〇してもよい、というのはYouTubeなどに特有の表記法で、殺すとかレイプするとか、不穏当な表記を用いると収益の面で不利益をこうむることから、このようになっているのだと聞く。ナレーションでも、そこは飛ばしでして読んだりピーという音が入ったりする。

「レ〇プ〇人事件」などと表記させることが、一体誰の利益になるのか、私などはどうしても解せないのだが、その話はさておき。

これこそ、ダメなものはダメなのだ。

火事場泥棒はたしかに許しがたいが、彼らを捕らえて処罰するのは警察と司法の仕事である。前に私人逮捕系YouTuberについて述べた際に説明させていただいたが、窃盗の現行犯などは私人逮捕が認められる。ただしその場合でも、限度を超えた暴力は許されない。

このように述べると、ならば、どの程度までならやってよいのか、などと言い出す人がいそうだが、これは愚問。私人逮捕として認められるか、正当防衛の範疇に入るか否かなど、実際にそうした事件が起きてから、個別具体的な司法判断を仰ぐしかないのだ。

さらに言えば、県外ナンバーの車の写真を、これが火事場泥棒の車だ、などと根拠もなく晒す行為もまた、犯罪的なのではあるまいか。濡れ衣だったら、誰がどう責任を取るのか。

同一人物が矛盾した投稿をしているわけではないにせよ(そうした例もままあるが笑)、ペットは人間と同等に扱うべきだが、火事場泥棒は〇してもよい、というのでは、それこそ「生類憐れみの令」の世界であろう。

2024年の日本を、ペットが守られて人命がないがしろにされるような社会にしたくないのであれば、我々はいま少し冷静になる必要がある。

その1その2その3その4その5

トップ写真:ペット専用航空会社「ペットエアウェイズ」(2013年に運航停止)の客室にペットを積み込む様子(2009年7月16日 アメリカ・カリフォルニア州ホーソーン)出典:Photo by David McNew/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."