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.社会  投稿日:2024/2/23

ちょっと待て「森保監督解任!」 失敗から学ぶことは多い その5


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

サッカーアジアカップ、日本代表は準々決勝でイランに敗れ、森保監督交代を求める声。

・次のワールドカップまで森保監督が指揮を執ることは既定路線、ここでブレない方がよい。

・アジアでの戦いもそう甘いものではない、と知らされたことが収穫では。

 

11日、サッカー・アジアカップの決勝戦が行われ、開催国カタールがヨルダンを3-1で下し優勝を飾った。前回大会に続く快挙で、連覇達成は史上5カ国目である。

我らが日本代表はと言えば、3日に行われた準々決勝でイランに敗れ、3大会ぶりの優勝は夢と消えた。ヨーロッパで活躍する選手を多数擁する今の日本代表は、史上最強と称され、優勝候補筆頭との呼び声が高かったにも関わらず、だ。

この結果、サポーターの間から森保一監督に対する批判が噴出し、メディアでも解任論が取り沙汰されるようになった。

いつか来た道、という言葉が思い出されてならない。

一昨年のワールドカップ・カタール大会を前にして、森保監督が発表した代表メンバーには異論が噴出し、大会前から解任論をとなえる人たちがいた。

しかし結果は、死の組とまで言われた1次リーグでドイツ、スペインを撃破して世界を驚かせたのである。決勝トーナメント初戦で、クロアチア相手にPK戦までもつれ込む激闘の末、苦杯をなめたが、ベスト16という史上最高タイの記録を残した。

その途端、掌返しとはこのこと、と言いたくなるような絶賛の嵐となったのである。

当時から、これは大いにあり得べきことで、嘲笑する気になどなれないと私は言い続けてきたし、今もその姿勢は変らない。

ただ、今次のアジアカップに臨んだ日本代表の場合、緒戦から雲行きが怪しかった。

相手はベトナム代表(1月14日)。

お世辞にも強豪とは見なされていない相手だが、前半11分に日本が先制したものの、ベトナムの選手たちの修正が予想外に早く、逆に日本の選手が幾度もマークを外され、ついには、前半16分、33分と立て続けにゴールを奪われ、まさかの逆転を許したのだ。

前半終間際の45分になんとか追いつき、アディショナルタイムに再逆転。後半にも1点を加えて4-2で振り切ったが、こんなことで大丈夫か、という声が早くも聞かれた。

ベトナム代表監督は、フィリップ・トルシエ

2002年ワールドカップ日韓大会に際して、日本代表の指揮を執り、ベスト16進出を実現させた人物である。つまり、日本代表のサッカー観や戦術については熟知している。

後半途中出場した久保建英も、つまり前半はベンチで戦況を見ていたわけだが、

「どんな練習をしてきたのか知りたい」

と舌を巻いたほどであったし、トルシエ監督自身、

「0-2で負けるより、2-4で負けた方が、我が方にとってははるかに意義があった」

「決勝トーナメント進出にも望みをつないだ」

と胸を張ってコメントしていた。ベトナムのメディアが絶賛したことは言うまでもない。

続く19日の第2戦、相手はイラクであったが、なんと前半2点を先行され、後半どうにか1点を返したものの、最後まで追いつけず敗戦。その後インドネシアに3-1で勝って、グループリーグを2位で通過したのである。

前にもお伝えしたが、日本代表のゴールを守るのは、ザイオンこと鈴木彩艶。

今次大会では5試合すべてに先発出場していながら、その5試合全てで失点。期待を大いに裏切ることとなってしまったのだが、度し難いのは、彼がガーナ人の父を持ち、褐色の肌であることから、人種差別的な投稿がネットにあふれたことだ。これには森保監督やサッカー協会も直ちに反応し、選手の人権をないがしろにすることは許されない、と言い切った。当然である。

ザイオンは米国生まれの埼玉県育ちで。浦和レッズのジュニアに加入し、後にトップクラブの試合に出場した最初のジュニア出身者となる。

その後も、15歳で日本代表のU17、17歳でU20に「飛び級」で選抜され、21歳にしてA代表の正ゴールキーパーになった。図抜けたポテンシャルの持ち主であることは言うを待たないが、Jリーグ時代の先輩たちが口を揃えて、

「ただでさえすごい体(身長190㎝)なのに、最後まで居残りで筋トレに励んでいた」

と証言するなど、並大抵ではない努力家の面も併せ持つ。

森保監督も語っていたが、世界を相手の厳しい試合を経験させることで、不動の守護神に育てたいという意図があったものと思われる。

もちろん、これには異論を唱える人もいて、元代表選手が自身のサイトで、

「日本代表は経験を積む場ではない」

と発信したりもしているが、私は、必ずしもそう決めつけたものではないだろうと考える。

キーパーの凡ミスで失点したという場面は見られなかったし、むしろディフェンダーとの意思統一がちゃんとできていなかった。つまり、今後の課題が明らかになったのではないだろうか。

そして、決勝トーナメントに駒を進めた日本は、バーレーンを3-1で下し、準々決勝に臨んだが、冒頭で述べた通りイランに1-2で敗れた。先制点を奪いながら追いつき追い越され、振り切られるという最悪のパターンで。

森保監督自身、敗因は「私の選手交代のミス」とコメントしていたが、確かに納得しかねる采配であった。

攻撃の起点として機能していた久保建英、さらには左ウィングで起用されたが、

「彼にはポジションという概念がないのでは」

などと揶揄されるほど、フィールド狭しと走り回って、イランの選手に脅威を与え続けた前田大然を下げ、三苫薫南野拓実を投入。その一方で、前半から相手に出し抜かれるなど、本来のコンディションではなかったのでは、と思われた板倉滉を後退させなかった。板倉はイエローカードを1枚受けており、もう1枚受けたら退場の上、次戦の出場が禁じられるので、なおさらこの采配には疑問が残った。

先取点を奪われた後のイランは、前述の二人のパフォーマンスを見て、前線(彼らにとっては自陣)および中盤でのボールの奪い合いでは不利になるだけと悟り、中盤を省略して日本陣内深くまでロングボールを蹴り込み、あとは前線の選手たちの高さと速さに賭ける、というパワー・サッカーに切り替えてきた。

日本はもう何年も、こういうサッカーをする相手との戦い方がよくないと、課題を指摘され続けてきたのではなかったか。

勝手な想像を発信して申し訳ないが、監督も中心選手たちも、ワールドカップで世界を驚かせ、その後も親善試合でドイツ、トルコを撃破した「成功体験」にとらわれてしまっていたのではないだろうか。そう考えて初めて、あの選手交代も納得が行く。

いずれにせよ、森保監督に対する批判が噴出し、監督交代を求める声がネットにあふれたが、私はあえて、ちょっと待て、と言いたい。

1990年代、具体的には98年のワールドカップ・フランス大会で惨敗した後、前述のフィリップ・トルシエが招聘されるまでの数年間だが、目まぐるしいほどに監督交代が繰り返されたし、それで少しでも強くなったのかと言えば、とても然りとは言えなかった。いつか来た道だと冒頭で述べたのは、このことも念頭にあったからである。

本連載をずっと読んで戴いている方からは、疑問の声が出るかも知れない。

カタールでのワールドカップで結果を出し、次の大会まで森保監督で行く、と発表された際に、異議を唱えたのではなかったのか、と。

たしかに私は、そのように解釈されるであろうことを述べた。ただしそれは、協会の監督人事があまりに安直ではないか、との主旨である。

もうひとつ、森保監督に対してはその手腕より、国際経験の乏しさが不安であった。

幾度も述べてきたことながら、今の日本代表は、大半がヨーロッパの名門クラブに籍を置く選手から成っている。彼らは、試合後の記者会見でも、かなり達者な英語、イタリア語、スペイン語などを操って質問に答えているのだが、監督だけが「蚊帳の外」。これからの代表監督は、こういうことでは務まりがたいのでは、と私は考えたのだ。

しかし、すでに次のワールドカップまで森保監督が指揮を執ることは既定の路線である。

ならば、ここでブレない方がよいのではないか。

一方で、専門誌筋などの見立てによれば、3月にはワールドカップのアジア予選で、北朝鮮との2連戦が控えているが、ここでひとつでも負けたなら、責任感の強い森保監督のこと、自ら辞任を申し出るかも知れない、とも言われる。

私自身、その可能性は決して小さなものではないと思うが、それ以上に日本サッカーは、

「アジア以上、世界未満」

などと言われて久しいのだが、アジアでの戦いもそう甘いものではない、と知らされたことは収穫と捉えてもよいのでは、と思うのである。

トップ写真:AFCアジアカップ準々決勝イラン対日本戦 森保一監督(2024年2月3日 カタール)出典:Photo by Etsuo Hara/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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