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.国際  投稿日:2022/5/31

「人が死なない戦争」は幻想に過ぎない 気になるプーチン政権の「余命」最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・プーチン大統領の核兵器を使用する可能性を排除できないのは、ロシア軍がその段階まで追い詰められているからである。

・遠隔操作で偵察から攻撃まで行える「ドローン」が世界の耳目を集めている。

・戦場では敵味方の兵士がドローンの脅威にさらされているのが実情であり、ドローンのおかげで「人が死なない戦争」が現実になりつつあるというのは幻想に過ぎない。

 

ウクライナの情勢は、まだまだ先行き不透明だ。

電撃戦で数日のうちにキーウ(キエフ)を占領し、親ロシア派政権を樹立する、というプーチン大統領の戦略は頓挫したが、一方、もともと親ロシア派武装勢力が実効支配していた東部から、ロシアの軍事的プレゼンスを排除しようというウクライナの作戦も、5月末の段階では未だ功を奏していない。

もっとも懸念されるのは、たとえ威嚇の目的でも(海に投下するとか)核兵器が使われる事態であるが、日本時間の29日にBBCが配信したニュース動画によれば、駐英ロシア大使が同局のキャスターの取材に応じ、今次の事態は戦争ではなく、あくまで限定的な軍事行動であるとして、

「核の使用はあり得ない」

と明言した。とは言え、これでひとまず安心、などと考える人が、どれほどいるだろうか。

昨年暮れからウクライナとの国境にロシア軍の大部隊が展開していたが、プーチン大統領は土壇場まで

「先制攻撃の意図はない」

と繰り返し明言していたではないか。鎌倉時代の合戦ではあるまいし、鏑矢(かぶらや)を射て、名乗りを上げてから斬り込む、という時代はとっくに終わっているのだ。

ただ、プーチン大統領が核のボタンに手をかける可能性を排除できない理由は、ロシア軍がそこまで追い詰められているから、ということも見ておかねばならない。

ロシア陸軍が、40年も前に開発されたT-72戦車を前線に繰り出して、米国が供与した最新の対戦車ミサイルの前に惨敗を喫したこと、最新型のT-14は、2014年のクリミア併合に対す経済制裁の結果、量産化が不可能で前線に投入できないことは、すでに述べた。戦車というのは、ある程度まとまった数を投入して、はじめて有効な戦力たり得るのだ。

▲写真 ロシア占領後のベリカディメルカ。破壊され錆びたロシア軍のT‐72戦車(2022年4月21日、ベリカディメルカ) 出典:Photo by Taras Podolian/Gazeta.ua/Global Images Ukraine via Getty Images

この事態にロシア側がどのように対応したのかと言えば、なんとT-72よりさらに一世代古い、つまりは半世紀以上前に開発されたT-62が前線に送り込まれつつあるという。

装甲が強化されたり、電子的な照準器が追加装備されたりしているようだが、それにしても理解を絶する。ちなみにオリジナルのT-62の照準器とは、対象がどのくらいの大きさに見えるかという「縮小率」から距離を割り出すというもので、1970年代ですら骨董品呼ばわりされていた。

まあ、大日本帝国もその末期の姿は、核武装した敵軍を竹槍で迎え撃とうとしていたわけだから、今のロシアを笑いものにすることには躊躇してしまうが、この連載で繰り返し述べた通り、身の丈に合わない軍事大国化を目指した国家の末路とは、こういうものなのだ。

もうひとつ、遠隔操作で偵察から攻撃まで行える兵器が、世界の耳目を集めた。言うまでもなくドローンである。

4月13日には、ロシア黒海艦隊の旗艦「モスクワ」にウクライナがミサイルを命中させ、大打撃を与えたが(その後、沈没)、この時も、まずはドローンが敵艦の正確な位置と進路、毒度などを捕らえ、ミサイルの誘導に一役買ったのでは、と見る向きがあった。もちろん、機密の壁があって詳細までは分からないのだが。

さらには、発見した敵戦車や艦艇に、自ら体当たり攻撃を加える「カミカゼ・ドローン」も、やはり世界の耳目を集めつつある

言うまでもなく、アジア太平洋戦争において、日本軍が繰り出した神風特別攻撃隊(正しくは〈しんぷう〉と読む。念のため)からの連想だが、アジア太平洋戦争について多少は学んできた者としては、この名称には異を唱えたくなる。

特攻作戦が発動されたのは、1944(昭和19)年のフィリピン攻防戦が最初であったが、要は、相次ぐ海上・航空戦闘の敗北により、もはや尋常の戦法では戦局の挽回は望めない、という判断がなされたのであった。

今の日本にも、特攻を決死の勇気と愛国心の象徴として賞賛する不思議な人たちがいるが、ひとつ事実を知っていただきたい。

戦闘機に爆弾を搭載して体当たりするという戦法だけでなく、あらかじめ特攻のために開発された兵器も登場したが、そのひとつに「桜花(おうか)」がある。ロケット推進式の自爆兵器で、米軍将兵は当初、日本が今で言うミサイルを開発したのかと驚愕した。

ところが、実は人間が操縦して体当たりする兵器だということが明るみに出るや、これをBAKAという渾名で呼んだのである。特攻隊自体についても「カミカゼ・ボーイズ」などと呼んでいた。ちなみに命中率は6%、戦局に与えた影響など皆無に近かった。

要するに、人命の犠牲をまったく斟酌しない軍隊だったからできただけのことで、過去にここまで無茶苦茶をやる軍隊を持ってしまった歴史を、誇りに思え、と声高に言う人たちの気持ちが、私には本当に分からない。

ドローンという兵器は、これとは対極の発想に立つものなのである

現在、こうした軍用無人航空機の開発・配備の分野でトップランナーの地位にあるのはイスラエルだが、この国はよく知られる通り、人口・総兵力において圧倒的なアラブ諸国に周囲を囲まれて、常に多数の滴と戦争になる危険を背負っていた。

仮に5倍の敵と戦った場合、このような計算は気が進まないが、しかしながら現実問題として、味方1名の死傷は敵兵5名のそれに相当する。必然的に兵士の生存性を追求した兵器開発が行われ、その帰結が無人兵器だったのである。

その一方で、無人兵器は「戦争を決意するハードルを下げる」効果をもたらすのではないか、と心配する声もあった。

前述のミサイル巡洋艦「モスクワ」は、排水量1万2490トン。起工から竣工まで約6年を費やしている。乗員は510名と資料にあるが、このクラスの艦の指揮を執れる左官クラスの海軍軍人を養成するには、ゆうに20年はかかるのである。

他にもこういった例を持ち出すときりがなくなるが、そもそも近代戦は物量の戦いで、戦争すべきか否かの判断は「リスクとコスト」の要素を抜きに考えられない。ウクライナ侵攻を決意したプーチン大統領の最大の過ちは、この判断が甘すぎたことだと、今や衆目が一致している

しかしそれでは、米国などから大量のドローンを供与されて、ロシアの大兵力に立ち向かったウクライナ軍の損害は果たして小さかったのか。

ロシア軍の動きを察知し、効果的な待ち伏せができたことは事実で、味方の損害を減らす効果は間違いなくあったが、一般市民の犠牲も含め、決して小さくはない犠牲を出してきたこともまた事実なのである。

そもそもロシアもまた多数のドローンを実戦に投入している。

イスラエルが開発したものをライセンス生産し、さらに独自の改良を加えた機体が主力だとされるが、撃墜された偵察用ドローンを調べたところ、エンジンもカメラも日本製であった、との報道もあった。

今や敵味方の兵士がドローンの脅威にさらされるというのが戦場の実情なのであり、ドローンのおかげで「人が死なない戦争」が現実のものとなりつつあるなどということは、まったくの幻想に過ぎなかったのだ

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トップ写真:航空・宇宙・テクノロジーフェスティバルで発表されたトルコ製の無人戦闘機「バイラクタルTB2」(2022年5月27日、アゼルバイジャン) 出典:Photo by Aziz Karimov/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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