地域連携および環境取り組み発信拠点「TENOHA蓼科」とは
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・「東急リゾートタウン蓼科」内に地域共生施設「TENOHA蓼科」がオープン。
・地域コミュニティの創出、地域経済の活性化、地域課題の解決を目指す。
・同施設を核に、生物多様性も守りながら、茅野市「蓼科」のブランディングや人口創出などを目指す。
昭和世代なら知っているだろう。男性2人のデュエットグループ「狩人」の代表曲「あずさ2号」。その特急列車「あずさ」(JR東日本)に新宿駅から2時間ほど揺られると茅野駅(長野県)に着く。茅野市は同じ長野県にあって、軽井沢町や白馬村などに比べ、若干知名度で負けるが、八ヶ岳連峰の西側の裾野に広がる高原にあり、自然豊かなまちだ。
その茅野市にあって、北に蓼科山、東に八ヶ岳を望む自然豊かな山岳高原リゾート地が「蓼科」。避暑地としても昔から、多くの文人・著名人から愛されてきた。
茅野駅から車を北に30分ほどはしらせると、「東急リゾートタウン蓼科」(以下、リゾートタウン)に着く。東京ドーム142個分、約200万坪もの広大な敷地に、ゴルフコースをはじめ、スキー場、テニスコート、別荘、ホテル、温泉スパ、レストランなどの施設が整う通年型の複合リゾートだ。
▲図 出典:東急リゾートタウン蓼科
その歴史は古く、46年前1978年4月の別荘販売開始を皮切りに、ゴルフコース(18ホール、パブリック制)やテニスコート(30面)などのスポーツ施設を開設、1981年7月にホテルを竣工、1982年12月にはスキー場を開設して、通年型の複合リゾートとして整備された。
実は筆者がここを訪れるのは初めて。実際に中に入ってみるとその広さに驚く。様々な施設が点在しているのだが、うっそうとしたカラマツの森に囲まれ、とても歩いてまわれるものではない。移動には、循環シャトルバスか、AI乗合オンデマンド交通「東急のらざあ」(長野の方言で「乗ろうか」という意味の「乗るざあ」をもじったもの)を利用する。
▲写真 東急リゾートタウン蓼科 出典:東急不動産株式会社
そのリゾートタウンの中に、地域との共生を目指す拠点ができたというので見てきた。
■ 地域共生施設「TENOHA蓼科」とは
実は東急不動産が全国で展開する地域共生施設「TENOHA」を取材するのは初めてではない。「TENOHA(テノハ)」というネーミングは、“手のひら”と“葉”の造語として生まれた。施設を木、新しいライフスタイ ルを葉として、ものを創り出す手と手が、重なり合う葉のように広がり、新しい時代に向けて人やモノ・サービスが育っていく場所であることを表しているという。
▲写真 「TENOHA蓼科」外観 ⒸJapan In-depth編集部
これまで埼玉県東松山市、北海道松前町の再生可能エネルギー事業地を舞台にしたTENOHA、東京都渋谷区代官山のサステナブルな生活体験を提供するTENOHAを取材した。(関連記事:「東急不動産、最北の城下町に地域共生施設「TENOHA松前」を開設 」、「ソーラーシェアリングの可能性を見た!」、「渋谷最大級のランドマーク「渋谷サクラステージ」誕生 「広域渋谷圏」とは 」)
TENOHAとして6か所目となる「TENOHA蓼科」は、リゾート事業を通じた、地域とともに環境、自然と共生する施設として誕生した。
▲図 TENOHA 出典:東急不動産株式会社
■ 「TENOHA蓼科」の取り組み
2024年7月26日(金)にオープンした「TENOHA蓼科」。もともと別荘管理事務所だった建物を地域共生施設としてリニューアルした。外壁や内装、家具、什器など、リゾートタウン内の間伐材や地元の木材を使用することにこだわった。間伐材の端材をチップにして道の舗装に使うなど自然との調和を図った。
▲写真 間伐材の端材をチップにして舗装した道 ⒸJapan In-depth編集部
「TENOHA蓼科」の役割は、なんといっても「地域環境との共創」だ。中身は、①地域コミュニティの創出、②地域経済の活性化、③地域課題の解決、の3つ。
①の「地域コミュニティの創出」としては、筆者が訪れた7月26日~28日に、地域の人が気軽に遊びに来ることができる「まちびらきマルシェ」が開催された。多くの人が訪れ、ジビエのホットドッグなどに舌鼓を打った。今後もいろいろなイベントを企画し、リゾートの観光客と地域の人たちとの交流機会を増やしたいという。
▲写真 「まちびらきマルシェ」の様子(2024年7月26日)ⒸJapan In-depth編集部
②の「地域経済の活性化」では、地元企業や飲食店などのPR拠点として活用することや、森林資源を活用することで新たな産業を創出することを目指す。
これは、③の「地域課題の解決」にもつながる。茅野市関係人口創出にも貢献するからだ。新たな産業が生まれれば、雇用が増え、外部からの人口流入も期待できる。
東急不動産は2022年3月に茅野市と包括連携協定を締結しており、森林資源を核とした持続可能な地域循環の推進や、再生可能エネルギーの地産地消、交流・関係人口の創出及び移住・定住の促進などの推進を目指す。
2024年6月には、八ヶ岳ファン拡大を通じた関係人口創出事業として、茅野市とともに移住促進等に関して協議を開始した。茅野市の魅力を全国に発信する拠点として、「TENOHA蓼科」を活用していく予定だという。
■ 東急リゾートタウン蓼科における環境取り組み
今回取材した「TENOHA蓼科」の課題は、「脱炭素社会」、「循環型社会」、「生物多様性」の3つ。これらは、東急不動産ホールディングスが2025年の中期経営計画で「環境を起点とした事業機会の拡大」を掲げ、環境課題として定めたものだ。
「循環型社会」実現のためには、木材=カラマツの地産地消を目指す。リゾートタウン内の約588haの森林のうち、約3割を占めるのがカラマツだ。そのカラマツの伐採、乾燥、製材、加工を地域の事業者とともに実現した。「TENOHA蓼科」内のベンチやテーブル、内装などに使われている。
また、カラマツの間伐材を使ったオリジナル商品も開発した。シューズの消臭・乾燥剤「サシェ」、「ディフューザー」、「キャンドル」、「インセンス(お香)」、「虫除けスプレー」などがある。
▲写真 「TENOHA蓼科」内で販売されている間伐材を使ったオリジナル商品ⒸJapan In-depth編集部
食べられる植物を集めた「エディブルガーデン」も整備した。リゾートタウン内のレストランから出る食物残渣をコンポストで堆肥化、ハーブや野菜、果樹やエディブルフラワーの栽培に活用している。堆肥を地元農家に提供し、提携農家から作物を仕入れることで循環型地産地消を実現する。地道な活動だが、チャレンジングな試みだ。
▲写真 エディブルガーデンで話す、東急不動産株式会社 ウェルネス事業ユニット ホテル・リゾート開発企画本部 ホテル・リゾート第二部の石原宏基氏 ⒸJapan In-depth編集部
「脱炭素社会」実現では、「東急リゾートタウン蓼科」での間伐などの適切な森林経営により、年間約50tのCO₂吸収量が見込まることから、国の「J-クレジット制度」の認証を2022年6月30日付で受けた。
また今回の目玉として、「カーボンマイナス」を実現したことが紹介された。「カーボンマイナス」とは、CO₂排出量とCO₂吸収量が同じになるカーボンニュートラルに対し、CO₂排出量よりCO₂吸収量が多い状態を指す。
▲図 バイオマスボイラーにおけるCO₂削減の仕組み 出典:東急不動産株式会社/東急リゾーツ&ステイ株式会社
具体的には、東急リゾートタウン内にあるゴルフコースに設置しているバイオマスボイラーの排煙中のCO₂を吸収・固体化する装置を住友電気工業株式会社と共同で開発した。
▲写真 CO₂吸収・固体化装置 ⒸJapan In-depth編集部
その固体化したCO₂素材を原料として、ゴルフのティーとボトル&スリーブ(ボトルを覆うカバー)も商品化した。
▲写真 CO₂素材を原料にしたゴルフティーとボトル&スリーブを持つ、東急不動産株式会社 ウェルネス事業ユニット ホテル・リゾート開発企画本部 ホテル・リゾート第二部の桑原里奈さん 「TENOHA蓼科」が地域交流の拠点となることを発信していきたい、と話す。ⒸJapan In-depth編集部
そして重点課題の最後が「生物多様性」だ。
東急不動産ホールディングス株式会社グループサステナビリティ推進部 東急不動産株式会社 サステナビリティ推進部松本恵担当部長は、リゾートタウンの森林全体が1年あたり892tのCO₂を吸収しており、これが約241世帯分の年間排出量に相当していることを明らかにした。また、森林保全を実施した結果、森林面積は2018年以降回復傾向にあり、ネイチャーポジティブに貢献していると話した。
▲写真 東急不動産ホールディングス株式会社グループサステナビリティ推進部 東急不動産株式会社 サステナビリティ推進部 松本恵担当部長 ⒸJapan In-depth編集部
一方、森林樹木の高齢化などから生物種数は減少傾向にあるが、年間2haずつの間伐などの森林開発を続けると、生物種数の低下度合いを抑制できることが明らかになった、と松本氏は述べた。
▲図 カラマツ林における生物種数の変化 出典:(株)シンク・ネイチャー、 出典:東急不動産ホールディングス株式会社・東急不動産株式会社・東急リゾーツ&ステイ株式会社
リゾートタウンには、1,699種もの動植物が生息しており、2024年2月には、環境省の自然共生サイト認定を取得している。生態系を守るためには息の長い作業を継続することが必要だということだ。リゾートタウンを訪れた人が自然を身近に感じられるように、スマホアプリを活用し、いきものの名前を判定する取り組みなども取り入れながら、生物多様性を進めていきたいとしている。(参考:いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」)
■ 今後の取り組み
「地域連携」と「環境配慮」の価値創出の拠点として誕生したばかりの「TENOHA蓼科」。具体的な活動はこれからだ。
東急不動産株式会社ウェルネス事業ユニット事業戦略部の石原宏基氏は将来的に、林業の6次産業化や、地域通貨などによる価値創造に取り組む考えを示した。また、現在、茅野市のAI交通システムをリゾートタウン内に取り入れているが、相互乗り入れも視野に入れる。
株式会社ヤソの石橋鉄志社長は、地元の企業としてカラマツなどの森林資源を使ったフレグランス商品などを開発製造しているほか、「TENOHA蓼科」内で、信州ポークやジビエを使った自家製ソーセージと高原野菜のホットドッグカフェ「EMMA’S HOTDOG」をオープンした。石橋氏は、今後地元産の資源を使った商品の企画開発、製造、販売などのサプライチェーン構築を手がける人材を雇用する未来を描いている。茅野市の人口創出に貢献する可能性を秘めていると感じた。
▲写真 株式会社ヤソ 石橋鉄志社長 ⒸJapan In-depth編集部
そして、地元の茅野市の地域創生課長の久保山貴博氏は、地域の観光資源は多いとしながら、「軽井沢に比べると知名度が低いのが一番問題だと思っています。プロモーション活動を東京や横浜中心に今進めているところです」と話す。まずは、茅野市にある蓼科という高原リゾートを「知ってもらい来てもらうことが最初のスタート」だと強調した。
▲写真 茅野市企画部 地域創生課長 兼 移住・交流推進室長 久保山貴弘氏ⒸJapan In-depth編集部
地域との交流促進、林業の6次産業化とそれによる人口創出、蓼科のブランディングと観光客の誘引。やるべきことは多い。しかも同時に、生物多様性を守るという大きな課題もある。
簡単な道のりではないが、今回話を聞いたプレイヤーの方々の熱量を振り返ると、決して不可能なことではない、と感じる。2年後、3年後がどうなっているか、楽しみだ。また蓼科を訪れたい。そう思い、かの地を後にした。
(了)
トップ写真:「TENOHA蓼科」外観 ⒸJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。